第5話 朝の団欒 ミア

 瞼を開けるとそこは見知った天井の木目が視界に入る。

首だけ動かし、丁度授業で作った手作りの置時計を確認する。


(まだ6時なの。最後のお休みだったのに……)


 いつもの習慣とは恐ろしいもので、定時に目が覚めてしまっていた。

布団をかぶり、瞼を固く閉じるも一向に眠くならない。


「あーもう!」


眠れないなら仕方ない。ベッドから飛び起きて、着替えると一階へと向かう。


「あーおはよう」


 のんびりとした声でテーブルについていたテレサがブンブンと両手を振っていた。

 厨房からは漂う肉の焼けるいい匂い。今日の朝食の当番はクリフとエイト。この独特なショウガとショウユの香ばしい匂い。今朝はクリフの得意料理――一角猪のショウガ焼きだ。

 ちなみに、サガミ商会の食材や香辛料は毎朝午前6時にミア達の寮まで届けられ、その日の当番が受け取り、料理を作ることとなっている。

 このショウガとショウユはサガミ商会が独自に開発した香辛料であり、一角猪のショウガ焼きは、あるクエストで【銀のナイフ】の総料理長から散々、叩きこまれた料理の一つ。

 特にGクラスの中でも、クリフの作った一角猪のショウガ焼きは頬が落ちるほど美味しいのだ。


「おはようなの」


 既に席に座っているプルートとテレサに挨拶し、ミアも椅子に腰を下ろす。

 

「結局、休日なのに、毎朝みんなこの時間に集まるのな」

「そうなの」


 頬杖をつきながらのプルートの呟きに同意し、ぼーと本日の休暇について考えていた。


 

 現在、食卓に完成した料理が運ばれ、皆で朝食を食べている。


「で? これが最後の休みとなるわけなんだが、皆はどうするんだ?」


 プルートの何気ない問いに、一同は暫し考え込んでいたが、


「言われてみると、別にすることないんだよな」


 クリフが器用に箸で料理を口に運びながらも、返答する。


「うん、私もぉ」

「僕もかな」

「ミアは母ちゃんのとこか?」

「ううん。お母さんはもういいの」


 ミアの母は、今や完璧に病気は治癒しており、もう命に別状はないだろうと、担当のお医者様が断言してくれた。

 しかも最近、いい人ができたらしく、帝都の中央区で一緒に暮らしているらしい。あんな最低男を忘れられたのだ。良い傾向だと思うし、これ以上ミアが母の幸せを邪魔したくはない。だから当分は会わないことにしたのだ。


「なんだぁ、とすると、結局、全員予定がないってわけかよ」


 呆れたように、プルートは肩を竦める。


「それはお前も同じだろう」


 クリフのつっこみに、


「違いない」


 自嘲気味に軽く頷いた。


「じゃあさ、例の件今日進めておかない?試験まであと一か月だし、今のペースだと時間が足りなくなりそうよ」

「うーん、確かになぁ。どうせやることないしいいんじゃねぇか。お前らはどうだ?」


 テレサの言葉にプルートがグルリと皆の意思を確認してきたので、


「ミアも賛成なの」


 即座に同意する。

 そう。ミア達の計画のタイムリミットは試験終了まで。もう時間は僅かしかないのだ。


「僕も基本賛成だけど、ストラヘイムへはどうやっていく? 今日、先生いないよ」


 エイトの言う通り。ストラヘイムへはシラベ先生やそのお弟子さん達の摩訶不思議な力がなければ不可能だ。

 そして、本日先生はこの帝都にはいない。お弟子さん達は数人いるが、先生の許可のない転移など絶対にしてくれやしないだろう。


「その点なら、心配するな。ストラヘイムで欲しいものがあって、どうせ行く予定だったんだ」

「まさに、その行く手段が問題となっているわけなんだけどね」


 クリフの至極全うな意見に、


「俺に考えがある」


 プルートは悪戯っ子が最高のトラップを成功させたかのような笑みを浮かべる。


「君、またろくでもないこと考えてるね」


 クリフがスープを掬うスプーンを止め、半眼で呆れたような声を上げる。


「とんでもない。正当な取引ってやつだぜぇ」

  

 まあ、大体予想はつくけど。この第四区ライゼにいるサガミ商会の職員の中で、取引に応じてくれそうな人物など一人だけだし。


「じゃあ、早く食べて迷宮に行こうよ! わたくし、試したい魔法があるのっ!」

「オマエ結局、それが目的かよ……」


 心底うんざりしたように大きな溜息を吐くプルートを視界に入れ、ミアの口から自然と笑みが漏れる。


「ミア、何が可笑しいんだい?」

「ん……なんか嬉しいの」

「相変わらず、変な奴」


 いつもの毒舌を吐くとクリフもスプーンを動かし始める。

 和気藹々と食べる食卓。そして、皆で改装した建物の窓ガラスから差し込む朝日の優しい感覚。ミアがずっと失ってしまったものを取り戻したようで、このときミアは確かな幸せを感じていたのだ。


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