第37話 圧倒的力

 生徒達は私の勝利宣言による安堵のためか、地面に座り込んでしまっていた。

 さて、生徒達がミッションをクリアした以上、今度は私の番だ。この森の脅威を取り除くとしよう。

 ではまず、奴らの強さだが――。


「スパイ、いるか?」

「御身の傍に」


 私の傍で片膝をついている黒装束の男。


「敵の勢力分析は?」

「ボス猿が、ステータス平均C+。最高幹部クラスがC-、他の幹部猿が、平均D-からD。先ほど、プルート達が戦った雑魚猿がF-からE-です」


 ほう。要するに私達にとって取るに足らない雑魚ってわけだ。

 

「ちょ、ちょっとまってくれ、ステータスC+って、そのボス猿、どのくらいのレベルがあるのさ!?」


 クリフが濃厚な恐怖を顔一面に、張り付かせながら、尋ねてくる。

 

「レベル50付近だろうな」

「ご、50……」


 急速に血の気が引いていく生徒達。

 

「それ、ヤバいって! そんなの手に負えねぇよ。直ぐにストラヘイムへ戻ってギルドに報告しようぜ!」

「不要だ。私達が処理する」


 仮にも生徒達を危険な目に合わせたのだ。私が動かないでどうする?


「そんなバケモノ、先生なら勝てるってのかよ!?」


 プルートの悲鳴のような必死な言葉に、


「もちろんだとも。なあ、お前達?」


 私は首を左から右へと動かし、彼らに問いかける。


「御意に!」


 佇む数人の男女――クラマに、ハッチ、アクイド、テオにカロジェロ。私の商会が誇る戦闘のエキスパート達。


「聖霊王様、この方々は?」


 大猿を見ても、眉一つ動かなかったシロヒメの顔には、濃厚な恐怖がまるで汚点のごとく張り付いていた。


「本日の猿狩りショーのキャスト達さ」

「猿狩りのキャスト……」


 小刻みに身を震わせているシロヒメから、私はアクイド達に視線を移し、


「さあ、お前達、始めよう。祭りの時間だ。我らの敵を粉々に砕いてやれ」


 指示を出す。


「「「「「おうっ!!!」」」」」」


 私のオーダーのもと、猿刈りは開始される。


            ◇◆◇◆◇◆


「キキ?」


 狒々ひひたちの間を縫うように黄金の光が過ぎ去っていく。


「ハレ?」


 ただそれだけで、狒々たちの身体に無数の基線が走り、粉々の破片へと分解されてしまう。

 悪魔の黄金の光は、無慈悲に狒々たちを細かな肉片へと変えていく。


 

 向こうからただゆっくりと歩いてくる赤髪に隻眼の人間。 


「ナメテル!」

「ナマイキ!」


 その不遜な人間を食い殺さんと、殺到する狒々たちの全身が一瞬で真っ白な炎に包まれ、炭化してしまう。

 人間は詠唱もしなければ、動作をするわけでもない。ただ悠然と歩き、近づくだけ。たったそれだけで、白色の炎が狒々たちの身体を塵も残さず蒸発させてしまう。



 ドレッド頭の二メートルを優に超える巨漢の男が無造作に繰り出した拳は、狒々数匹の身体を粉々に破壊し、真っ赤な雨となってぼとぼとと地面へと舞い落ちる。


「コイツ、ツヨイ、カコンデ、コロセ」


 わらわらと群がる狒々たちに、男は大きなため息を吐くと、拳骨げんこつを大地に振り下ろす。拳は大地を深く穿ち、吹き飛ばす。

 まるで巨人の一撃のごとく大地には巨大なクレータが出現し、吹き飛ばされた岩石により、狒々たちの肉体は破砕し、ぐしゃぐしゃに潰された。

 ドレッド頭は敵を殲滅すべく再び歩き出す。



「アレ、ナンダ?」


 茫然と空を見上げている狒々の頭上を高速で滑空する無数の光の帯。

 その光たちは地上へ落下し、正確にその頭部を穿ち、ザクロのように破裂させる。 


「ニ、ニゲ――!」


 頭部を失いバタバタと倒れていく仲間達に、狒々たちは必死の逃亡を図るが、無情な光が土砂降りのように降り注ぎ、その命を刈り取っていく。


            ◇◆◇◆◇◆



 突如、現れた正体不明の襲撃者により、狒々王ひひおうの軍は、現在混乱の極致にあった。


「ナニ、オキテル!?」


 次々に狒々軍団長の耳に入ってくる斥候の狒々共の到底信じられぬ報告。

 曰く、黄金の線が走り、狒々の兵隊がバラバラの破片へと分解してしまう。

 曰く、人型の炎の化身が出現し、部隊は全滅必至である。

 曰く、大地を割る小さな巨人が現れた。

 曰く、空を飛ぶ光の帯により、兵隊たちが抹殺されている。


「オウヲマモル。ゼングン、コノバニモドレ!!」


 命を受けた斥候の狒々は樹木の枝に跳躍しようとするが、糸の切れた人形のように脱力し、地面へ落下してしまう。


「ナンダ!?」


 声を張り上げて、状況確認を行うが、見張りの部下達の誰も答えない。代わりに、二匹の人間が佇んでいた。

 一匹は髭を生やした人間の男、もう一匹も同じく人間の餓鬼。


「ボス猿はそのつるの構造物の中かい?」

 

 金髪の餓鬼が尋ねると、


「スパイの報告です。お間違いはないかと」


 隣の髭の男は、両手にべったり付着した血液を鬱陶しそうに払いながらも返答する。


「それもそうか。だとすると、そいつの存在は不要かな?」

「そのようで」


 とるに足らないはずの人間二匹に視線を向けられる。その節足動物のような無感情な視線を向けられただけで、全身の被毛が逆立ち、血液が逆流するほどの恐怖がのた打ち回る。

 ここで、狒々軍団長は野生の本能で理解してしまった。斥候達はおろか、護衛兵達すらも、誰もこの場にいないことの理由を!

 もはや狒々軍団長に戦意など微塵もあるはずもなく、後退り退路を確保しようとするが、


「どこへ行くのかね?」


 背後からの声、そして凄まじい力で頭部が掴まれ、狒々軍団長の身体は持ち上げられていく。

 必死の抗うも、びくともしない。


「苦しませず送ってやれ」

「御意!」


 その言葉を最後に、軍団長の視界は弾け、意識はプツンと切断される。



            ◇◆◇◆◇◆


 制圧はあっと言う間だった。元より、この程度の相手に苦戦するとは思っていなかったが、予想以上にあっさり運び過ぎだ。その理由は、ステータスの差というよりは、【覚者】が有する【破邪顕正はじゃけんしょう】と固有の特殊能力にあるのだろう。

 大猿の魔物と対面し、【破邪顕正はじゃけんしょう】により著しく能力が向上し、おまけにほぼノーリスクであんなふざけた力を使用できるのだ。もはや、アクイド達にとって幹部猿も雑魚猿も大した違いなどなく、圧倒的な力で粉砕していく結果となる。

 

 今、私とクラマは奴らの最後の砦たる蔓で造られた構造体へ足を踏み入れている。

 

「またか……胸糞の悪い」


 つるで造られた左側の区画には、食料とされたと思しき人型の生物の死体が山積みとなっていた。白色の髪に耳が長いことからも、案外シロヒメと同じ種族なのかもしれんな。もう片方の隅の区画は、大猿共に散々嬲られたと思われる数人の白髪で耳の長い女達が、死んだように横たわっていた。

 どこまでも私をイラつかせてくれる奴らだ。ゴブリン王といい、大猿といい、この世界の魔物ってのは、こんな前頭葉が未発達な屑ばかりなのか? まあ、だからこそ、冒険者なる職業に需要があるともいえるわけだが。

 ともあれ、人食い類似の魔物など害悪以外なにものでもない。私は人類の敵まで愛する博愛主義者ではない。駆逐すべきだろうさ。


「クラマ、生存者を頼む。私はこの奥のゴミを片付ける」

「御心のままに」


 胸に手をあてて一礼してくるクラマを尻目に私は奥のボス猿のもとへと歩を進める。

 

 丁度、蔓が球状に形成され、その中心の蔓でできた椅子の上に灰色の大猿がふんぞり返っていた。

 他の大猿とは被毛の色も違うし、一回り大きい。何より、ステータスが段違いに高い。こいつがボス猿だろう。


「オマエ、ダレダ?」


 身を乗り出し、目を細めて、私を観察してくる。


「私か? 人間だな」

「ニンゲン? クガッ! クキキキッ!!」

「ほう、なぜ笑う?」


 堰を切ったように笑いだすボス猿に、私は冷静に尋ねる。


「ニンゲン、チカラナキヤツラ。クッテ、オカス!」


 なんだ、やっぱりただの獣か。こうも予想通りの返答をされると、奴に対する興味が一気に消失していくな。もはや、私にとって、奴は回りをぶんぶん鬱陶しく飛び回る蠅ほどの価値すらない。


『マスター、儂が――』

「不要だ」


 らしくもなく厳粛した声で処理を名乗りでてくるムラを制し、私は【爆糸】を透明化して辺りに張り巡らせる。

 これで奴は逃げられん。さて、このゴミ、どうしようかね。


「うん、そうだな。C+の雑魚だが、最低限の知能くらいあるようだし、意外なものがドロップできるやもしれん」

「オマエ、ウマソウ、クラウ!」


 私の呟きなど意にも介さず、奴は咆哮を上げて、私に向けて跳躍してくる。


「残念だったな」


 【爆糸】の糸により、忽ち雁字搦めに拘束されてしまう。


「ナンダ、コレハ?」


 焦燥たっぷりの声を上げて、必死で束縛から逃れようともがくが、無論、こんな雑魚に私の【爆糸】の糸が切れるわけもない。


「教えてやろう。こういうことさ」


 パチンと私が指を鳴らすと、絡みついた【爆糸】の糸により、奴の両腕がゆっくりと捻じれていく。


「グギッ!? グガ、グガガっ!! グギャアアアァツ!!」


 両腕が捩じ切れて、肩から鮮血を撒き散らしながら、絶叫を上げるボス猿は、ようやく自分の立ち位置を理解したのか、ドラ猫を前にしたどぶ鼠のように、怯え切った眼つきで私を見下ろしてきた。


「理解したな?」


 不自然に口角が上がるのを自覚する。


「オマエ、オレヨリツヨイ。オレタチノボスデイイ――」


 奴の両脚を起爆し、その薄汚い口を絶叫へと変える。


「悪いが、私はお前のような下品な野獣けだものを部下にするほど、人材に困っちゃいないんだ。正直、話すことすら不愉快極まりない」


 奴の情けない悲鳴をコーラスに、私はムラを鞘から引き抜くと、奴に近づいていく。


『やはり、こうなりはったか』

 

 ムラのそんなどこか、諦めの入った言葉が私の頭に反響していた。



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