第34話 実践クエスト(1)
「本日のクエストは、ストラヘイムの近隣の村に出没する魔物の駆除だ。基本だが、気は抜かぬように」
昨日中に冒険者ギルドで本日のクエストを受託しておいたのだ。
おそらく迷宮探索だと思っていたのだろう。皆、微妙な顔をしている。
「お前達のために拵えた武器だ。好きに使っていいぞ」
先ほど作った
玩具だが、半人前の生徒達にとってはこれで十分だろう。むしろ、下手に高度な武器を持たせると、彼らの成長を阻害しかねない。
「おい、この武器、
槍を持ったプルートが、刀身に刻まれた
「ホ、ホントだ……」
皆が、次々に武器を持ち歓声を上げる。
「使用の仕方は、単純。魔法の鞄でいう【1】以上の魔力を籠めるだけだ。それで、勝手に魔法が発動する仕組みとなっている」
一応魔力の少ないものにも発動できるような親切設定にしておいた。
「この武器……」
「いったはずだ。それはもうお前達の武器だ。心配するな。修行が進めばもっとよい武器を作ってやる」
もっとも、あくまで私が開発に成功すればの話だがね。
「心配するなって……」
どうにもおかしな反応をする生徒達だ。
まあいい。時間も押している。とっとと、クエストの街――【アコード】に向かうとしよう。
生徒達を促し、ストラヘイムへ転移した。
◇◆◇◆◇◆
「なあ、あれって前なかったよな?」
プルートの素朴な疑問の言葉に、
「う、うん。ないはずだよ」
エイトがどこか自信なげに返答する。
「もしかして、あれも先生のせいなの?」
ジト目で私を見つつも、ミアがそんな人聞きの悪いことを言ってきやがった。
「いや、流石にまさか……」
クリフの否定の言葉は最後まで続かず、
「そうだよねぇ。こんな魔法の武器作っちゃうくらいだしぃ」
テレサが何度もうんうん頷く。
生徒達のいう
実を言うと私もあんなものがあるとは今知ったばかりなわけだが。
「なあ、先生、あれって先生のせいか?」
「んなわけあるか! 私を何だと思ってる!」
まあ、実際ところ、あの塔は第二試練だろうし、私の行為が原因とも言えなくはないわけだが。
「そうだよなぁ。いくら先生が非常識つっても、そこまでじゃないよな」
「うん、そうだよ。先生は奇人そのものだけど、そこまで変じゃないよ」
「君達の評価も大概だけど、僕も同感だね」
こいつら、言いたい放題だな。ホント、いい生徒をもったよ、私は! もちろんこれは皮肉だぞ。
「馬鹿なこと言ってないで、今日は戦闘になるんだ。今のうちしっかり休んどけ」
無理やり話題を変えると、馬車にごろりと横になる。
約5時間後の午後1時にようやくクエストの街――【アコード】に到着した。
「まず、宿に行って荷物を置く。其の後、町長宅へいき、クエストの詳細を聞くぞ。さっさと全部終わらせられれば、後は自由行動だ。観光するなり、休むなり、好きにしろ」
この【アコード】は人口1500の小規模都市だが、自然も多いし観光にはもってこいだろう。まあ、あくまでスムーズに終わればだがね。
「わかったぜ」
プルートが同意をし、馬車から飛び降りると生徒達は荷物を下ろし始めた。
◇◆◇◆◇◆
現在は、町長宅で依頼主である町長からクエストについて聞いているところだ。
「ほう、家畜が襲われるか。お前達はどう思う?」
情報を整理しよう。
郊外の牧場において、最近、朝になると頻繁に農家の家畜である一角猪や走鳥が数匹襲われているのに気づく。
【アコード】の西側は、深い森となり、魔物の群生地帯となっていた。だから、この様な異常事態が魔物の手によってなされていると判断するのは、彼らの境遇からすれば当たり前の発想だ。
「一度に犠牲になる家畜の数は1~2匹に過ぎないし、その場で食い荒らした跡もないようだ。魔物というより、野盗や窃盗の類なのかも」
クリフは顎に手を当てて、返答する。中々いい所をつくじゃないか。
「そうだな。魔物なら、おそらく一匹、二匹じゃすまないだろうし、毎日盗むのも変な話だ」
プルートもクリフの意見に賛同する。
「だとすると、まずは、聞き込みだよね」
「じゃあ、行ってみよう♬」
まるで遠足にでもいくかのようなテレサの言葉に、皆、席から腰を上げる。
「あのぉー」
私に不安そうな眼差しを向けてくる町長に、
「心配いりませんよ。彼ら、見かけは大層残念ですが、それなりに使えますから」
語気を強めて保障してやる。
『外見は、マスターにだけは言われたくはないと思いまっせ』
そんなムラのしょうもない突込みをガン無視し、生徒達を促し、町長に挨拶をすると、私達は初めての野外クエストを開始した。
「毎晩、ここの牧場から家畜がいなくなっているの?」
「んだ。数日に一回、朝数匹いなくなっているのに気づくんだべ」
ミアの聞き取りに、牧場主の中年男性は神妙な顔で大きく頷いた。
「でも、ざっとみたところ、柵もどこも壊れていなかったぞ」
柵周辺の調査を完了したプルートが、こちらへくると、報告してくる。
「だとすると、野犬の類ではないよね。野犬なら、この柵の一か所を破壊して侵入しているだろうし」
「じゃあ、やっぱり、窃盗の類か?」
「いや、そうとは限らないよ。第一、ただの盗人に、巨体の一角猪を担いであの高い柵を登れると思う?」
「うーん、確かにな」
犯人の条件はいくつかある。
一つ目、取り囲んでいる柵を壊さずに入れるような存在であること。言い換えれば、あの高い柵を乗り越えられるような者ってわけだ。知的レベルの高い魔物や飛行系の能力のある魔物ならこれは可能だ。
二つ目、毎回、夜間を狙ってしかも、1~2匹のみ襲われていること。
理性の弱い魔物ならば、まず十数匹一度に狙われているはず。
これらからいくつかの推測は成り立つが、此度、私はただの傍観者。可能な限り、口を出すべきではあるまい。
「このままでは推測の域を出ないし、今晩ここで実際に見てみるのが一番と思うんだけど、どうかな?」
エイトは皆をグルリと見回し、提案をする。エイトも随分と自分の意見を言えるようになったな。それだけ、Gクラスに馴染んでいるということだろう。
「まあ、そうするしかないだろうね」
クリフが相槌を打ち、
「私も賛成~」
「俺もだ」
「ミアもなの」
エイトは軽く顎を引くと、
「牧場主さん。今晩、僕らこの場所に滞在し調査してもよろしいですか?」
牧場主に求める。
「も、もちろんだべ! このままでは、夜も恐ろしくて眠れん。どうかよろしゅうお願いするだ!」
その目の下にできた隈からして事件発生時から禄に眠れていないのだろう。
「じゃあ、今晩の作戦を立てよう」
「おう!」
全員が頷き、議論は開始される。
◇◆◇◆◇◆
夜もすっかり深まった。既に時計は、午後の10時を回っている。私達は、物陰に潜み夜の牧場の様子を窺っていた。
「本当に、今晩、来るのかなぁ?」
大きな欠伸をしながら、テレサは今、皆が頭の中に抱いている疑問を呟く。
「この二日間は被害がないし、タイミング的には今晩のはずなんだけど……」
口ごもるエイト。確かに、生徒達の疲れもピークだ。
「うむ、全員で起きていても仕方あるまい。数人交代で睡眠をとることにしよう」
「じゃあ、わたくし、最初がいい! 皆、先に寝ていいよぉ」
テレサが元気よく右手を上げて皆大きく息を吐く。もちろん彼女が一度言い出したら聞かないことを知っているからだ。
相変わらず、我儘な娘だ。最近は大分、なりを潜めていたんだがな。
「ねえ、先生……」
「ん?」
皆が寝静まった頃、隣に座るテレサが突然、彼女にしては珍しく神妙な顔で声を掛けてきた。
もしかして彼女、私に相談でもあるのだろうか。
「わたくし、お見合いすることになりそうなの」
お見合いね。テレサは現在、16歳、貴族が早々にお見合で婚約することくらいよくあることだ。
「うむ、おめでとうといえば……いいようには見えぬな」
開けっぴろげな性格の彼女からすれば、もしお見合いを肯定的にとらえているならそれを公言していることだろうし。
「うん、それも全部、あいつのせいなんだけどね」
「あいつ?」
「うん。お父様に一度紹介されたことがあったの。多分、あれが私の初めてのお見合いだったんだと思う」
大方、お見合いで、無礼な態度でも取られて嫌な想いでもしたか。だとすると、竹を割ったような性格の彼女からすれば、笑って我慢するのは相当難しいだろう。険悪な態度になっても何ら不思議ではないか。
「ふむ、それで?」
「ホント、年下のくせに大人ぶってるし、色々世話を焼こうとするし、お父様と同じで女心なんて少しもわかってそうにもないし……」
「その者が、気に入らなかったのだな?」
「ううん」
意外にも、テレサは首を大きく左右に振る。
「では、断られでもしたのか?」
「うーん。それも少し違うかも。仕方ないから、結婚してやる的なことを言われて、それで――」
「怒ったと?」
「うん。頬をひっぱたいた」
あらまあ。それは致命的だな。聞くところによると、テレサもそのお見合い相手にまんざらでもないらしい。だが、相手から嫌われたか。確かにこれは根深いな。
「謝らなかったのか?」
「うん、だって自分の気持ちに気付いたの、お父様からお見合いの話を持ってこられた時だったから。それまでは、二度と顔を見たくないって思ってた」
それはまあ、なんとも、発言に困る状況ではあるな。
『はぁー、まったくもぉ、このお人は……』
ムラが柄を左右に振り、呆れ切った声を上げる。
(なんだよ? 何か言いたいことでもあるのか?)
ムラに語り掛けるも、
『特にあらへん』
そうそっけなく答えると珍しく口を閉じる。
「で? 結局、テレサ、お前はどうしたいんだ?」
「うん、お見合いは嫌かな」
「だったら断ればいいさ」
「でも、相手はお父様がいつも世話になっている人らしいし」
「あのな、あの伯爵殿が、お見合い一つ断わったくらいで、怒るわけないだろ」
「婚約に乗り気なのは、お父様ではなく、お母様だから」
あー、なるほどな。母親としては確かに、このお転婆娘の手綱を握れる相手と添い遂げてもらいたいのだろう。
「まあ、奥方殿も交えて、伯爵殿と一度よく話し合うがいい。彼なら、きっとテレサの最適解を出してくれるはずさ」
テレサの性格からして、己を殺してまで嫌な相手と添い遂げることはできないだろうし、伯爵もそれを許すまい。
ならば、あとはテレサ達の家族の問題で、これ以上、私が口を出すことではない。
「ねえ、先生はお父様と顔見知りなの?」
意外そうに、テレサは私にとって殊の外、都合の悪い事実を聞いてくる。
まずいな。少し話し過ぎた。
「まあな」
しばし、私を凝視していたが、
「先生! あそこ!」
テレサは高い柵の向こうに指を差す。
「どうやら、おでましだ。皆を起こせ!」
柵の向こうに人影が見える。十中八九、窃盗犯だろう。賊の姿は暗がりでよく見えないが、シルエットからすると、大人の背丈ではないな。
小人は高い柵を器用にも登り始める。そして、柵を上り終えると、地面に軽快に着地する。
(まだだ。少しまて)
踏み出そうとするプルートの袖を引っ張り抑える。
住居侵入は間違いないが、捕縛するのは実際に窃盗に着手してからだ。
小人は近くの比較的小柄な一角猪に近づくと、その頭部を右手一本でへし折る。
悲鳴一つ上げずに、横たわる一角猪を背負うと、腰に括り付けたいた
なるほど、ああやって運んでいたわけか。
それにしても、右手一本で一角猪の首を捻り潰した腕力といい、80㎏近くある豚を容易に背負う
だが、一応、高度な知能はあるようだし、人間の窃盗犯として対応するがベストか。
(OK、行け!)
私の指示に、プルート達は一斉に、武器をもって小人を取り囲む。
「はわわ……」
小人はペタンと地面に腰をつけ、私達を見上げていたが、
「ひっぐ! えっぐ! びえええ!!!」
大声上げて泣き始めたのだった。
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