第29話 高貴な人物との会食 ミア
シラベ先生が立ち去っても、誰も口を開かず、重苦しい雰囲気が支配していた。
ミア個人としては、貴族制度云々に大した興味はない。むしろ、母やミアをあれほど苦しめてきた貴族という制度など綺麗さっぱりなくなればいいのにとすら考えている。
しかし、それはミアという極めて特殊な境遇に置かれた者だからできる思考であり、他の人達には当てはまらない。
「ねぇ、貴族ってなくなっちゃうの?」
テレサがぽつりと呟く。
「なくなるわけないだろうっ!」
「怒鳴るなよ。俺も帝国軍人の息子だ。貴族制がなくなるとは思っちゃいねぇよ。だが、確かに興味はあるな。仮に貴族制がなくなったら一体どうなるんだ?」
プルートが小指で耳をほじりながらも、素朴な疑問を口にする。
「多分、今までの先生の発言から考察すると、とりあえずは中央集権体制。そして、最終的には議会制民主主義に移行すべきだと考えているんだと思う」
エイトが両腕を組みつつ、即答する。
「ぎかいせい……えーと、何それ?」
テレサがキョトンと小首を傾げて、エイトに尋ねた。
「重大な政治的最終決定を国民の選んだ代表者達が、皆で相談して決めていく制度だよ」
「国民とは、平民もかっ!?」
クリフが席を立ち上がり、顔一面を嫌悪に染めて叫ぶ。
「うん。先生は貴族のみでの国政の運営を否定していたろう? 政治的観点からは少なくとも平民と貴族の区別を認めない社会を想定しているじゃないかな」
「そんな社会、あり得るわけがないっ!」
怒号を上げるクリフに、プルートは顔を顰めて、
「あのな、仮想の制度の検証をしているだけだろうが! あり得る、あり得ないの議論などしていねぇよ」
強く、言い放つ。
「ぐっ!」
クリフは椅子に腰を下ろすとそっぽを向く。
(少し驚いたの……)
少し前のクリフなら、怒って教室出て行ってしまうところだし、そうすると思っていたから。
「はいはーい。皆さーん、昼ご飯の時間だよぉ」
そんなとき、白髪の美しい女性が、黒服のスパイと一緒に料理を持って姿を現した。
「ルチアさん、毎日、どうもありがとうございます」
プルートが直立不動で立ち上がると、僅かに頬を赤らめながらも頭を下げる。
「育ち盛りなんだからちゃんと食べなきゃね」
とびっきりの笑顔を浮かべると、ルチアは魔法の鞄を開けて、テーブルに料理を並べていく。
ルチアとスパイが姿を消し、ミア達は昼食を食べ始める。
「本日は、サンドイッチにミルクか。このチーズってやつ、相変わらず、すげぇ美味いのな」
しみじみと感想を述べるプルートに、
「このカツサンドとやらも美味だぞ! 肉汁とこのタレが絶妙に……」
恍惚の表情でクリフが頬張る。
「美味しいねぇ。美味しいねぇ」
「うん美味しいの」
幸せそうにはぐはぐと、大きく口を開けて豪快に齧るテレサに軽く頷き、ミアもいつものようにサンドイッチを啄んだ。
口の中に広がる独特の酸味と口解けの柔らかな食感。それがパリッとした野菜と殊の外調和していた。それに、この白パンもふわふわで薄っすらとした甘さがある。
「それにしても、このレベルの料理が毎日食べられるとは思わなかったな」
「それには、僕も同意するね。この料理が、僕の領地でも領民に振舞えるようになればいいんだけど……」
「……」
一瞬ピクッとテレサの形の良い眉が僅かに跳ね上がる。
(テレサ?)
何事もなかったように食べ続けているテレサの姿から察するに、ミアの気のせいだったのかもしれない。
気を取り直して、ミアもサンドイッチを口に含むのを再開した。
◇◆◇◆◇◆
「明日には私同伴のクエストを受けてもらう。ちなみに、戦闘型クエストとなるからそのつもりでいるように」
「よしっ!」
プルートがガッツポーズを取り、テレサがぴょんぴょん飛び上がってはしゃぐ。
クリフも両腕を組んでいつもの不機嫌な面構えをしているが、どこか嬉しそうだった。
「これが、本日のクエストだ。各自励むように」
ギルドからの受託書に軽く目を通すと、【サーモンパイ8人前を求む!】だった。ただし、依頼人の名前は案の定、空欄となっている。
どうりで、本日の授業が水系魔法だったわけだ。なんとなく予想はしていたし、毎回無茶なクエストばかりで、依頼人の名前が伏せられていることも含め、意外性はあまりない。ただ、一つ言えば――。
「あのさ、俺達、サーモンパイなんて作ったことねぇぞ?」
プルートの言に皆、うんうんと頷く。
「うむ、魚を持参し、ストラヘイムの食堂――【銀のナイフ】に行け」
「なるほど、パイを作ってもらうんですね」
エイトが左手に右拳を当てて、大きく頷いた。
「今日のクエストは驚くほど真面だな」
その通りだ。昨日なんてボロボロの屋敷の修繕改築だった。しかも、全てガラス張りしろとの条件まで付いている。
結局、夜の10時になってようやく完了した。これって、どう考えても冒険者の仕事の範疇を超えていると思うのだが……。
「むろん、パイはお前達自身に作ってもらう。サーモン以外の材料は全て市場で調達せよ。かかった金額は、全てクライアント持ちだから安心して欲しい」
「当たり前だっ!!」
ああ、やはりこうなったか……。
諦めムードが立ち込める中、先生はパイのレシピを、【銀のナイフ】の料理長から聞くようにと一方的に告げ、ミア達をストラヘイムのいつもの広場まで移動させると、姿を消してしまう。
ストラヘイムの北東端の河川敷。
川の水面に浮かぶ球状の水分が、上空へゆっくり持ち上がっていく。
「と、とれたぁっ!」
エイトが歓喜の声を上げる。球状の水分の中には、一匹の魚が閉じ込められていた。これは、中位の水魔法――【水風船】。水を球状に操作して、水ごと魚を捕獲したのだ。
エイトが魚を手にとり、それを魔法の鞄に収納した。
「エイトちゃんも魔法、使えるようになったねぇ」
テレサの感心したような呟きに、
「そうなの」
ミアも相槌を打つ。
「へへ……」
「まっ、僕ほどじゃないけどね」
クリフが頷きつつも、自慢げに言葉を吐く。
「あのな、お前、何はりあってんだよ?」
「うるさいな!」
口を尖らせるクリフに、プルートは肩を竦め、全員を見渡す。
「よし、それで30匹目だ。数的には十分だし、他の材料を購入してから、【銀のナイフ】へ戻ろう」
提案に全員が頷き、ストラヘイムの市場へ向けて歩き出す。
「全然ダメだっ! こんなんで客に出せるかっ! 作り直せっ!!」
【銀のナイフ】の総料理長から、もう五回目の駄目だしをくらってしまう。
「おい、やるぞ!」
「「「「……」」」」
プルートの言葉に皆、無言で頷く。これが、クエスト開始の頃ならば、クリフあたりが怒り狂っていただろうし、ミア達も直ぐに匙をなげてしまっていたのかもしれない。
でも、この三週間の毎日のクエストで、先生がただの気紛れで選択してはいない。それがよく分かっていた。
現に、信じられないレベルで、ミア達の能力は向上している。魔法だけではない。今日の政治の授業もそうだが、日々様々な分野の技術や知識を習得している。そして、ぼんやりとだが気付いたのだ。真に国のためになりたいなら、魔法だけをいくら学んでも意味がない事に。
それから、三回失敗し、
「いいだろう。まだ全然だめだが、食べられるサーモンパイにはなった」
ようやく総料理長から合格をもらう。
「ありがとうございました!」
全員で頭を下げると、
「頑張れよ!」
総料理長は、快活な笑顔を浮かべ、ミア達を激励すると、仕事に戻っていった。
パイを受け取り、指定されたクライアントの屋敷へ向かう。
◇◆◇◆◇◆
指定されたのは、丁度、ストラヘイムの北端の四階建ての大きな屋敷だった。
「おい、ここって……」
クリフが絢爛な建物を見上げつつも、頬をヒク付かせる。
「うん、確か皇族の別荘だった気がするの」
ストラヘイムへの三週間のクエストで、この町はほとんど歩き回った。その際に、この屋敷がストラヘイムでの皇族の滞在場所だと聞いたことがあったのだ。
「そうだよなぁ。まさか、今日のクエストの依頼人って……」
プルートが、ボソリと口にすると、
「いやいや、まさか、それはあり得ないだろう」
慌ててクリフが顔を左右に振る。
「そ、そうだよねぇ」
いつも能天気なテレサまでも、明らかに困惑していた。
「ともかく、冷めないうちにパイを届けようよ」
「ああ……」
意外にも一番引っ込み思案のエイトに促され、プルートは屋敷の守衛に近づくと、クエストのパイを持参したことにつき告げる。
「こちらでお待ちください」
てっきり、印を押してあっさり解放されるのかと思っていたが、屋敷の客室に通される。
胃がキリキリ痛くなるような時間が過ぎ、二人の人物が入ってくる。
二メートルを超す体躯に、
「へ、陛下っ!!」
自然にバネ仕掛けのように席を立ち上がっていた。そしてそれはプルート達も同じ。唯一、エイトだけが、席に座ったままキョロキョロとミア達と陛下を相互に見上げている。
「楽にしてくれ。まずは、そなた達が持参してくれたパイを食べよう」
なんとか頷き、席につく。
「うん! いけるな、これ! 美味いぞ!」
皇帝――ゲオルグの称賛の言葉は確かに光栄ではあったが、正直、緊張しすぎて味など全く感じられやしなかった。
「わたくしも美味しいですわ」
まるで御伽噺に出てくる女神をそのままこの地に顕現させたかのように美しい銀髪の少女が上品にパイを口に含み、頬を緩ませていた。
彼女もとんでもなく有名だ。リリノア・ローズ・アーカイブ――老若男女問わず、圧倒的な人気を誇る帝国の聖女であり、ロナルドの姉。
「ミア、お久しぶりですわ。いつもロナルドがお世話になっています」
ロナルドは皇族としての特別扱いされることが、殊の外嫌いだったから、ミア達親しい者達にも、家族を積極的に紹介などしなかった。それでも、一度だけ紹介されたのが、実姉であるリリノア殿下なのだ。
「は、はい!」
上品に会釈してくるリリノア殿下に、ミアは慌てて深く頭を下げた。
「あのー、皇帝陛下、それで本日は僕らにどんな御用なのですか?」
ガチガチに緊張している皆を代表してエイトが、ミア達が一番知りたかったことを尋ねてくれた。
「サーモンパイを食べたかった――というのはあくまで建前で、あいつの秘蔵っ子がどんな者達か一度目にして置きたかったからかな」
「先生と陛下はお知り合いなのですか!?」
身を乗り出して尋ねるクリフの質問に、
「まあな。そなたたちの働きいかんでは、あいつにお義父さんとか、お義兄さんとか言われるかもしれない程度にはな」
皮肉気な乾いた笑みを浮かべ、パイを口に放り込む皇帝ゲオルグと、紅色に染めた頬に両手を当ててくねくねと悶えているリリノア殿下。
「それってどういう……」
「いんや、くだらん大人の策の話さ。それより、今は充実しているか?」
「「「「「はい!」」」」」
その返答だけが、見事に重なった。
そんなミア達の様子を皇帝ゲオルグは目を細めて眺めていたが、
「頑張れよ。そなたたちがこの苦難を無事、乗り切れることを切に願っている」
激励の言葉を口にした。
「わたくしも、すごーく応援していますわ! 是非、文句なしの合格を勝ち取ってくださいねっ!!」
両手を組み、まるで運命と取り組むように真剣に励ましてくれるリリノア殿下の姿に、感動に震えているプルートとクリフ達男性陣。
「一所懸命頑張りますっ!!」
リリノア殿下に見惚れているプルートの代わりに、エイトが頭を丁重に下げたので、ミア達もそれに倣う。
皇帝ゲオルグは、口角を上げると、
「さあ、食べよう」
再開を促したのだった。
◇◆◇◆◇◆
屋敷の前まで丁重に送られ、現在帰路についている途中だ。
「陛下と知り合いって、先生ってほんと、何者なんだろうな?」
プルートのこの疑問は、一同が今、共通に抱いているものといえる。
「先生は先生だよ。きっと、それ以外の答えはないと思う」
神妙な顔で断言するエイトの言葉には、妙な説得力があった。
「それもそうだな。あの人について一々考えるだけ時間の無駄か……」
「かもしれないね」
頷くプルートとクリフに、
「ねぇねぇ、寮についたら、今日も鞄のバトルモードで勝負しよう?」
「ああ、いいぜ。最近テレサに負けっぱなしだからな。今度は勝つ!」
「うんうん、でも負けないよぉ!!」
先生から改良版の魔法の鞄が与えられた。前の鞄との違いは、バトルモードと呼ばれる0~100点の間で皆と点数を競うモードが追加されたこと。
「まったく君達は……」
呆れたようにクリフが首を左右に振り、エイトがクスリと笑う。
この雰囲気がなぜかとても嬉しくて、
「ミア、お前ももちろん参加するよなっ!?」
「うんなの!」
ミアは元気よく同意の言葉を口にしたのだった。
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