第22話 戦友会遇

 ストラヘイムの丁度中央へと向かうと、荘厳にそびえ立つ巨大な建造物が視界に入る。

 あの建造物の中に、ストラヘイムの迷宮――クリカラの入り口があるらしい。

クリカラ――いわゆる、世界に現存する数少ない古代遺跡の一つであり、いつ、誰が何の目的で作成したかが不明なダンジョン。

 考古学者には涎が出そうな未知の遺跡だが、内部環境は相当険しいらしく、実際に探索が済んでいるのは、地下50階までに過ぎないらしい。

 個人的にはどこまで地下に潜れるのか試してみるのもいいのかもしれんな。このダンジョン内でも転移が使えるのなら、生徒達の授業終了後にでも地道に潜っていけばいいし。

 石造りのドーム状の建物の入り口の冒険者ギルドの職員にカードを示しつつも、中に入る。中は両端に屋台が立ち並ぶ一本道であった。


「わぁっ!」


 両目を爛々と輝かせ歓声を上げるテレサに、興味なさそうに辺りを見渡しているプルートとミア、クリフ。真剣に取り組んでいるのはエイトくらいか。

 まったくこいつらはどうしてこうも私の予想を裏切らないのだろう。


「一つ伝えておくことがある」


 グルリと振り返りプルートとミア、クリフを眺める。


「な、なんだよ?」


 プルートが躊躇いがちに尋ねてきた。


「これからのお前達の道は、安楽な道ばかりではない。むしろ、苦難の方が遥かに多かろう」

「そんなのはわかってらぁ」


 不貞腐れたように、地面を蹴るプルートに、肩を竦める。


「ならば、この状況を存分に楽しめよ。己の今を楽しめない奴は、結局、どこに行っても不満だけを垂れ流し、何も為せずに惨めに老いていくだけだ」

「「「……」」」


 三人とも苦虫を嚙み潰したような顔をするのみ。多分、私の言いたい事は一割すらも伝わってはおるまい。だが、それでいいのだ。これは、そう簡単に理解できる性質のものではない。ゆっくり、着実に実感していけばいい。彼らにはその時間が与えられているのだから。


「ではいくぞ」


 それだけ告げると、私は歩き出す。



「ここがダンジョンの入り口か」


 入口も人一人ようやく通れるものにすぎず、正直、薄汚れた祠にしか見えん。もっとゲームのような壮大な世界観を想像していたから、この鍾乳洞のような外観には落胆しているのも事実。

 ともあれ入ってみることにしよう。


「ほう、これはすごいな」


 鍾乳洞なのは入り口だけで、直ぐに幅と高さが共に5、6mにもなる青色の石で囲まれた空間へと出る。

 なるほど、確かにこれはダンジョンだな。当初イメージしていたのとピッタリだ。

ではさっそく、ここに生息しているはずのアルミラージの狩りを開始しよう。



「よし、そっち行ったぞっ!!」


 ミアとプルートがアルミラージを【風刃ウインドカッター】の魔法で罠を仕掛けた場所まで追い込んでいく。


「キキ?」


 アルミラージが遂に、クリフが床に付着させておいた【強化水ボンド】を踏みつけ、身動き一つ出来なくなっているところに、【肉体強化】により強化されたテレサがその頭部を右拳で殴りつけ、その首は明後日の方にへし折れる。


「ひぃ!」


 アルミラージの壮絶な最期を見て、エイトは尻餅をついてしまった。そのアルミラージの屍を凝視する彼の顔は真っ青に血の気が引いている。

 意外だな。この世界では、あくまで魔物は害獣的な存在にすぎない。人々は、その死に一々嫌悪感を覚えたりはしない。何か感情を覚えるとしたら美味そう。その程度だろう。

 どうにもこのエイトとかいう少年、少々、いや、かなりこの世界で浮いているな。少し話を聞く必要があるかもしれない。

 ともあれ、これでアルミラージ8匹は確保した。ミッションクリアだ。


「クエストはクリアしたようだし、一度戻るぞ」

「えーもう?」

「折角、身体が温まってきたところなにのよぉ」

「もう少し闘いたいの」

「まったく、勝手な教師だ!」


 先ほどまであれほどブー垂れていたとは思えぬ変わり身の早さだ。


「帰るぞ」


 私はまず最低限の魔法や科学等でデスクワークを為してから、フィールドワークでの修行を行おうと考えている。そうしなければ、少なくとも今のエイトは危険だ。それにもかかわらず、今回、私が実践的なクエストを受けようと思った理由は次の二つ。

 一つが、今後の生徒達の教育の指標のため、ギルドにおけるクエストというシステムを把握しておきたかったから。もっとも、それだけなら、私が一人で行えばいい。つまり、これはあくまで付録的な目的。

ここに生徒達を連れてきた最も大きな理由は、あの【伝説の教師】の効果を試すため。

 即ち、ギルドのクエストをクリアすることにより、この称号の『クリア報酬が得られる』という効果が発動するのではないかと私は考えている。

 目的を達した以上、わざわざ危険を犯してまでこれ以上、この場で修業する意義などない。現在の能力を超えてできないことを強いるほど私は愚かではないのだから。

 生徒達の不満の言葉を背中に浴びながらも、冒険者ギルドへ帰還する。



「アルミラージ8匹ですね。クエストクリアを確認いたしました。これが、証明書と800Gになります」


 相変わらず怯えの表情を顔一面に張り付かせている受付嬢から、800Gとギルドの判子を押された羊皮紙を受け取る。


「ビンゴ!」


 私は視界の右端に生じたテロップに指を鳴らした。


「は?」


 いきなりの私の奇行に目を点にする受付嬢。いかんいかん、少々、おっさん臭かったな。

 すかさずテロップを確認する。


――――――――――――――――

〇【伝説の教師】が解放されました。以下の個別のスキルを獲得します。

・ミッション指定:教授がミッションを生徒に与える事ができる。

・クリア報酬:ミッションをクリアすることにより得られる恩恵。得られる報酬は、ミッションの難易度により変化する。

――――――――――――――


 指でスクロールすると、さらに続きがあった。


――――――――――――――――

〇ミッション名:アルミラージ狩り――クリア!

・クリア報酬:ステータスの一つを僅かに向上。

・ランクG

――――――――――――――


 なるほどな。どうやら、このミッションクリアにより、生徒達のステータスが僅かに上昇するらしい。

 一応、プルートを解析してみるが、僅かに筋力が、G-(33%)からG-(84%)まで上昇していた。他の生徒も同じようだ。

 私の生徒である以上、強さの取得は必須。これは中々都合の良い能力だ。

 当面は一定の魔法の授業をこなしつつも、ギルドの低ランクの雑務クエストを受けるのがベストか。


「やけに、嬉しそうなの?」


 ミアが私の仮面をのぞき込んでそう尋ねてくる。


「まあ、道筋が見えたからな」


 あとは教え、鍛え上げるだけ。

 端的にそう返答し、ギルド会館を出ようと出口に向けて歩きだすが、複数の人物が入ってくる。その中の幾人かは、私がよく知る人物たち。


「よう、久しぶりだな」


 無精髭を生やした眼つきの悪い赤髪の男が私を視界に入れ、右手を上げる。


「はあ? シーザー、シルフィ、お前ら何やってんだよ?」


 二人の背後には十数人の子供達。その中の三人は私の関係者だ。その他も全員、魔導騎士学院の受験の際に目にしたことがあった。

 ここはストラヘイム。帝都からかなりの距離がある場所。つまり――。


「おい、シルフィ!」


 批難の言葉を口にするが、シルフィは右手を上げてプラプラ振り、


「違うって、転移を使ったのは我じゃなく、シーザー。これもおそらく主殿のせいだぞ?」


 そんな馬鹿げたことを言いやがった。

 すかさず、シーザーに解析をかけるが――。


「マジか……」


――――――――――――――――

〇シーザー・カルロス

ステータス

・HP:A-(12/100%)

・MP:E-(34/100%)

・筋力:A-(55/100%)

・耐久力:B+(5/100%)

・魔力:E(65/100%)

・魔力耐久力:B-(78/100%)

・俊敏力:A-(4/100%)

・運:E-(8/100%)

・ドロップ:D-(1/100%)

・知力:C(19/100%)

・成長率:A(99/100%)


〇称号:

・――――の戦友

・【覚者――勇者】

――――――――――――――――


 私の称号を得たのに加え、【覚者】も獲得し人外と化したか。シーザーの奴、いつの間に人間止めてたんだ?


「積もる話もあるが、とりあえず、まあ、そういうことだ」

「いやいや、まったくわからんのだがな」


 私は改めて二人の背後の者達に視線を向ける。

 サテラは不機嫌そうにそっぽを向き、アリアは気まずそうに頬をカリカリと掻く。そして、サテラの隣で、緊張気味に私を観察する金色の長い髪の少女。私の姉――アクア・ミラードだ。


『うほっ! 別嬪さんやないかいっ!』


 駄剣が叫ぶ。あのな。まだ彼女、未成年だぞ。本当にこの剣、無節操だな。


「アクア! サテラまでっ!!」


 私の背後で、クリフが割れ鐘をつくような大声を上げる。

 

「ごめん、兄様、私、絶対に負けるわけにはいかないの」


 姉アクアは、クリフに力のある眼差しを向け、断言した。


「そうさ。お前らなんぞに俺達が負けるわけにはいかねぇんだ」


 クリフなど歯牙にもかけず、燃えるような赤髪の少年がクリフ達を睨みつけ、言い放つ。


「アラン、ロナルド――」

 

 ミアが二人に駆け寄ろうとするが、ロナルドに右手で制されてしまう。


「ミア、悪いけど、僕らは君に絶対に負けられない理由ができたんだ。行きましょう、先生方!」


 シーザーとシルフィの二人を促し、ギルドのカウンターまで進んでいってしまう。


「まっ、事情はおいおい話すさ」


 再度、右手を挙げると生徒達を引き連れて、シーザーはカウンターまで行ってしまう。

 

「すまん、主殿、でも俺も今回は譲れねぇんだ」


 シルフィも軽く頭を下げると、小走りにカウンターまで走っていってしまう。


(ん? あの鳥? どこかで……)


 あのシーザーの右肩に乗る黒色の鳥、奇妙な既視感を覚えるな。それに見ただけで撲殺したくなるこの虫唾が走る感じ、これって嫌悪感か? 反吐が吐きそうな感情を無理やり噛み潰すべく、首を左右に振る。

 ともあれ、サテラとアリアがいたことからも、あのクラスはSクラス。とすると、シーザーとシルフィがSクラスの担任? 益々意味不明な事態になったな。まあいい。二人がSクラスの担任になったからといって、別に私に殊更デメリットがあるわけでもない。

 

「行くぞ!」

 

 生徒達を促し、歩き出そうとするが、クリフが泣きそうな顔で私の袖を掴み、カウンターにいる少年少女に指を差し、


「これ、どういうことだよ! アクアはともかく、サテラは僕の家のメイドだぞ?」

「さあな、彼女達がどこの誰だろうと、私達のやることは変わらない」


 突き放すように、クリフに言葉をぶつけると、サガミ商館の裏の空き地へ向けて私は歩き出した。

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