第58話 バケモノ
「くはははっ!! ようやくだ。ようやく、受肉を果たしたぞぉぉ!!」
突き上げるような喜びが胸を貫き、酒呑童子は歓喜の言葉をぶちまける。
「これで人界での俺様の活動が保証された。もう、あの人間共の組織に従う必要もない!」
この魔力と肉体の強度は、鬼界での酒呑童子のものに匹敵する。
酒呑童子は鬼神。鬼神は鬼界でも十指に入る鬼に与えられる称号。人界に現界した以上、その意思一つで世界を火の海にできるから。
「一時はまたダメかとも思ったが、最高の器を手に入れることができた。ここまで我慢したかいがあったというものだな」
過去に酒呑童子を召喚した
酒呑童子にとって人間など食料以上の価値などない。同胞になるなど屈辱以外の何物でもない。
当然に身の程知らずの召喚者を殺し、鬼界へ帰還しようとするが、
鬼界と人界は相互に肉体は移動し得ず、鬼は魂の状態でしか行動し得ない。魂だけといっても、魔力により仮の肉体を生成することは可能だから当分、不自由はない。
もっとも、生成した肉体はあくまで魂に補完された魔力により生成したもの。数日と持たずに蓄えている魔力は枯渇しこの人界には存在し得なくなり、鬼界へ強制帰還せざるを得なくなる。
だから、この提案が仮に実現し得るものならば、ある意味全ての鬼にとっての渇望といっても過言ではないことなのだ。
しかし、そんな都合の良い話があるなら世話はない。その鬼の魂が定着し受肉できる肉体には、それなりの強度が要求されるのだ。
低級の鬼なら一般の人間の肉体へと憑依が可能かもしれないが、高位の鬼に相応しい肉体など人間にいるとは思えない。特に鬼神クラスならばなおさらだ。
その
酒呑童子の召喚の現場を目撃した不運な人間の娘を【羅生門】により鬼化した上、憑依するよう指示してきた。いくら鬼化したとはいえ、本来こんな貧弱な器など、酒呑童子が触れただけで、消滅する。だが、この【羅生門】という異能の作り出す領域の中ならば話は変わってくる。人界に長期滞在が可能となるのだ。
それから、
異能を他者に与える能力など鬼界でも聞いたこともない。警戒するに越したことはないが、仮に実現すれば、人界で念願の受肉ができる。この欲求に抗えぬほど、鬼界での生活は退屈過ぎたのだ。
故に酒呑童子は、提案を受け入れ、【青髭】とともに
当初の【青髭】は、泣き言ばかりで心底使えぬ奴だった。
だから、時には優しく、時には厳しく奴の妹である黒髪の娘の解放とこの世界の住人は【青髭】の知る人間ではないことを子守歌のように根気強く説得し続けた。
酒呑童子から滲み出る魔力は、人間の精神にとっては毒そのもの。案の定、初めて人間を鬼化し殺害したとき【青髭】は酒呑童子の傀儡へと変貌した。
【青髭】に提案という名の命令を出し、次々に人間を鬼化していく。ただ、一向に酒呑童子が受肉する肉体には巡り合えなかった。
そんなときだった。【英雄楽土】の主要活動領域であるアムルゼス王国の最北端であの小僧を見つけたのだ。
【青髭】の傀儡の肉体をあっさり滅ぼした甚大な魔力と強力な術に、驚異的な身体能力。全てが条件に合致していた。
だから、【青髭】を煽り【羅生門】に奴を引き入れた。
幸運なことに、奴は既に弱っていたし、失敗は絶対にない。そう高を括ってもいた。
その予想は見事に裏切られ、中々奴の鬼化はできず、遂に精神が深層世界へと潜り込み手が出せなくなってしまう。
生きたままでなくては、最高の鬼の器は作れない。故に奴を殺すこともできず八方塞がりになったとき、あの不可思議な現象が起きた。
即ち、あの黒髪の娘――カンナの肉体が急に器に足るものとなったのである。
原因は見当もつかないが、受肉が完了したのは間違いない。ならば、後のことなどうでもいい。好きにやるだけだ。
酒呑童子が完璧に受肉したせいだろう。その魔力により、【羅生門】の異能が消えかかっている。
あの異能にはまだ利用価値がある。【青髭】はのちに回収すべきだろう。こちらには奴の妹の肉体があるのだ。奴は絶対に逆らえん。
「【英雄楽土】の奴らを皆殺しにするか? いや、その前にここに忍び込んだ薄汚い鼠の駆除が先か」
【英雄楽土】の奴らを屠るための丁度いい準備運動になることだろう。
侵入者へ向けて歩きだす。
侵入者共は想定していたよりも、ずっと美味そうだった。
中でも三体は明らかに人間とは異なっていた。特に青髪の女からは、極上に美味そうな肉の匂いがしたのだ。
だから、酒呑童子の異能――【
【
女の左腕を己の右腕に転移させた上で、噛みちぎり、咀嚼する。
「美味ぃぃぃぃっ!!」
喉の奥が震える美味さに、思わず絶叫していた。こいつはいい。最高だ! あの人間達も魔力がたっぷり肉に浸み込んでそうで、この上なく美味そう。
酒呑童子は元来の鬼の血が濃い。即ち、鬼とは他者を喰らい魔力の上限値が上昇するという特異体質の種族。特に人間はその食材としては最高レベルなのだ。言い方を変えれば腹に馴染むと言えばいいか。食した人間の細胞に含有した魔力は効率よく鬼の魂へと蓄積され、肉体と精神を一段上のレベルまで引き上げる。
あの青髪の女は、肉体が人間、魂がそれ以外という超レアものだ。一口食べただけで、力が濁流のごとく湧き出し、全身に巡るのを感じる。あの肉を喰らい尽くしたあとの上昇値は見当すらつかない。
(ついている。俺様は本当についている)
突如、青色の炎の柱が巻き上がり、青髪の女の姿が一回り小さくなる。その一方で、女の纏う魔力は先ほどとは比較にならないほど著しく上昇していた。
しかも、あの腕、既に全快している。どうやら、驚異的な回復能力もあるらしいな。
「うん、そうだな。再生能力もあるようだし、お前だけは、俺の弁当用に生かしておいてやるよ」
美味な肉を喰い放題。しかも、完全な受肉を果たした今。あの小僧を生かしておく理由もさほどない。ならば喰らって糧としてやる。酒呑童子は、このときその結末に僅かな疑いも抱いてはいなかった。
ブンブン、煩い青髪の女の全身を殴打し、その頸部を握り、ゆっくりと締め上げたとき、
(ん?)
地上の方から尋常ではない魔力の上昇を感知した。
目を凝らして地上を見下ろすと、恐ろしく人相の悪い黒髪の男と視線がぶつかる。
喜怒哀楽が著しく欠如したやる気のない瞳に貫かれ、戦慄が電光のように頭に閃く。
(誰だ? 侵入者にあんな奴はいなかったはずだ)
何の前触れもなく突如、目と鼻の先に出現する黒髪の男。
「んなっ!?」
驚愕の言葉が口から滑り出したとき、奴に右手首を掴まれてしまう。
「返してもらうぞ」
次の瞬間、酒呑童子の身体は巨大な手でたたき落とされたかのように、地上へ高速で落下し、地面に深く付き刺さる。
「ぐお……」
右手首から吹き上げる真っ赤な鮮血。久しく忘れていた全身をめぐる鋭い痛みに顔を顰めながらも、立ち上がると、眼前には奴が佇んでいた。
鬼と人間の身体能力には絶望的なほどの差がある。その弱者たる人間が、鬼の神とも称される酒呑童子を超える俊敏性を持つ。それは天地がひっくり返ってもありえぬこと。
しかし、酒呑童子が傷つけられたのも事実。奴の異能だろうか? 鬼神すらも傷をつける異能など聞いたこともない。
「
混乱する頭の中で、どうにかその言葉を絞りだす。
「諦めろ。お前はもう逃げられん」
奴のその返答の意味を脳が認識したとき、内臓が震えるほどの激しい怒りが沸き上がる。
「逃げる!? この俺様が逃げるだとぉ!!」
この美味そうな匂い。目の前にいるのはただの人間。人間とは鬼にとって力を与える最高の食材。それ以上でもなければそれ以下でもない。いわば家畜なのだ。その家畜からの最大級の侮辱。許せる訳がない。
だから、本性を見せることにしたのだ。
それは鬼神としての酒呑童子の本来の姿。
この山のような大岩をも一撃で砕く剛腕に、颯のごとく疾駆するこの脚力。それだけでも人間など失禁して逃げ惑うのが道理。加えて、その剛力により、振われるこの妖刀【鬼霧丸】を目にすれば、どんな鬼大将だろうと、竦み上がり、許しを置こう。
【鬼霧丸】を丁度右脇にあった人間共の建物を一刀両断にする。
「どうだ?」
この威力、我ながらぞっとする。人間ごとき矮小な存在ならば、なおさらだろう。
「どうっていわれてもな……」
やはり黒髪の男は一切の感情の欠片すら見せず酒呑童子をその闇色の瞳で見つめるのみ。
別にこの反応は奇異なものではない。概して巨大な説明不能な存在に出会ったとき、無感情になるものだ。それは今までの鬼界での経験からも明らかだ。
「一撃で切り裂く
今、この人間の精神はとびっきりの恐怖で占有され、必死にこの場からの逃亡する機を伺っていることだろう。
「はいはい、相手してやるからさっさとかかって来い」
さも呆れたように黒髪の男は手招きをしてくる。この挑発的な人間の言葉に、一瞬火のような怒りが吹き上がるが、直ぐに抑え付ける。
同族の鬼の中には危機感というものが欠如した奴が稀にいる。経験則上、それらは力の差が大きいほど数多く存在した。この黒髪の男も同じ。奴の力の物差しでは、この酒呑童子の力を測れず、従って恐怖も呼び起こせない。そういうことに違いない。
だから、奴に実力差を思い知らせるべく、地面を蹴り奴に肉薄し、その右肩を切り落とすべく【鬼霧丸】を振り下ろす。
(なに!?)
奴の右肩を切断したと思った【鬼霧丸】は、あっさりと空を切り、次いで金属の破砕音が鼓膜を震わせた。
顎を引くと腹部に突き立てられた刀身のない短剣。攻撃を受けた? この認識できぬ動きは、奴の異能だろうか。
ともあれ、奴の攻撃手段は限られていることが判明したことは大きい。これで万が一の不安要素が払拭された。
「なら、泣き叫べぇっ!」
酒呑童子は【鬼霧丸】を握り直し、黒髪の男に猛追を開始する。
(なぜだ!?)
――奴の右手首を切断しようと振り下ろす刀も、その小賢しい両足を切断しようと横薙ぎにする斬撃も全て薄皮一枚で避けられる。
(くそぉっ!)
奴の頭に放った渾身の一撃を避けた奴は、酒呑童子から距離をとると右手から一振りの長剣を取り出す。
何の装飾も為されていない思わず失笑が漏れるほど武骨な剣。
「
所詮、人間の作る武器。強度には著しい難があるはず。この【鬼霧丸】ならばその剣ごと切断し得る。
「死ねぇ!!」
黒髪の男を一刀両断にしようと袈裟懸けに放った斬撃。それは奴の肉はおろか地面さえも綺麗に切り裂いた――はずだった。
「は?」
酒呑童子の口から洩れたのは驚愕の声。
当然だ。切断したと思っていたその鈍ら剣により、酒呑童子のとびっきりの一撃が防がれたのだから。
次の瞬間、腹部に生じる衝撃と高速で移り変わる地面と天。
「おぉ……」
気が付くと酒呑童子は無様にも地面に両膝を突いていた。
食料たる人間に殴られた。その初めての屈辱の中での鈍い痛みは、酒呑童子に何度も嘔吐を引き起こさせた。
(っ!?)
すぐそばに生じた気配に、全身が棒のように硬く強張る。
「反射神経、筋力、耐久力、技術、全て未熟。悪いが、お前程度ならこの世にはゴロゴロいるのだよ」
顎に生じる強い衝撃に、視界に火花が散る。そして、空に浮き上がる己の肉体が落下しているのを認識したとき、再度、視界が歪む。全身を叩きつけられ、バラバラになるような痛みが走った。
食料に一方的に嬲られる? こんな屈辱は絶対にあり得ないし、認めるわけにもいかない。
「貴様ぁっ!!!」
めり込んだ絶壁から身体を起こし、【鬼霧丸】を弓の様に弾き、奴に向けて全力で跳躍する。
(これで、終わりだっ!)
奴の射程に入り、首をはねるべく【鬼霧丸】を放つ。標的を斬り殺そうと、限界まで引き上げられた膂力によって振り下ろされた【鬼霧丸】はまたしても空を切り、代わりに顔面に生じる衝撃と焼け付くような痛み。
「お前はあらゆる意味でお粗末すぎる。考えなしに行動しても、私を殺すのは不可能だ」
その能面のような奴の顔に初めて浮かんだ感情。それは滑稽な道化に対する憐憫の情。
「殺す……殺す! 殺す! ぶっ殺すぅ!!」
「その言葉は実現する前に口にするもんじゃない」
無造作に向けられた武骨な剣の剣先に、己の意思に反し、冷や水を浴びたように体がすくむ。
その気が狂いそうになるほどの屈辱感に顔が全身の血液が沸騰していくのがわかる。
「もう、遊びは止めだっ!」
どの道、とっておきの異能――【
この怒りと恥辱はこの愚物を殺してから、この世界の人間共で
男は火炙り、いや、酸の窯に投げ込むのも一興か。女は全員、低俗な魔物に死ぬまで犯させてやる。
(こいつに、その光景を見せつけられないのはやや口惜しいがな)
そう思いながらも、奴の頭部に、【
酒呑童子が垣間見た勝利の未来は――。
「ぐがあああぁぁっ!!」
右腕に生じる七転八倒の痛みにより粉々に打ち砕かれる。
痛みに霞む視界に左手に転移したものを見ると、そこには――。
(ひっ!?)
丁度球状に抉り取られ肉片となった酒呑童子の右腕があった。
(これ……は俺様の【
状況からすればそれ以外にあり得ない。
「お、お、お前、一体、どうやって?」
混乱の極致にある頭で、ようやくその疑問を口にする。
「ああ、私の異能のことか?」
「ぐぎいぃぃっ!」
刹那、生じる激痛と左腕の根元から生じる噴水の様に撒き散らされる鮮血。
(そ、そ、そんなバカなっ!!)
何をされたのだ? 奴の動作が微塵も把握できなかった。
そう。気が付くと奴の手の中にこの両腕が握られていたのだ。
ここにきてようやく酒呑童子にもこの目の前の生物がただの人間ではないことに気が付いた。
――英雄クラスの領域にある人間共であっても、あんなふざけた身体能力など持たない。
――鬼界でも数本と無い名刀たる【鬼霧丸】を防ぐ宝刀など人間が持てるはずがない。
――何より、この酒呑童子があんな把握どころか認識すらもできぬ能力など人間という種に持ちうるはずがない。
「うぁ……」
背後に飛び退(の)き、奴から距離を取ろうとするが、その距離が消滅し、奴が眼前に現れる。
「やあ」
「ひぃ!」
瀕死の豚のような悲鳴を上げて、カクンと両膝の力が抜ける。
奴は肩を竦めると一振りの紅の刀剣を取り出す。
その瞬きをする僅かの間で、世界は変貌を遂げる。
(なんだ……あれは?)
紅の刀身からは今も濃厚で悪質な紅のオーラが噴き出しており、その刀身の上をルーンがまるで生き物のように変化しつつも蠢いていた。
あの刀剣を目にしただけで、酒吞童子はストンと理解してしまっていた。あの剣は酒呑童子の肉体と精神をも、粉々に砕く力を有しているというその事実を。
(嫌だっ!)
「すまんな、お前のような人食いの鬼を野放しにしておくわけにはいかんのだよ」
奴のこの言葉が最後だった。その恐怖に突き動かされるかのように、奴に背を向け必死で足を動かす。
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!」
情けなくも、涙と鼻水を垂れ流し、必死で逃げようとするが、紅の光が走り、酒吞童子の意識はプツリと切断される。
◇◆◇◆◇◆
????――酒呑童子
酒呑童子が意識を取り戻したのは、四方を赤色のタイルに囲まれた回廊だった。
「ど、どこだここは?」
周囲を見渡すが、人っ子一人いない。ただ、血の様に真っ赤なタイルだけが、奈落の底へ落ちたように心細さを助長させる。
「何なんだ、あのバケモノは!!?」
あんな出鱈目な生物が人間のはずがない。あれは完璧にこの世の摂理に反していた。
誓ってもいい。あんなのと真面にドンパチやれるとしたら鬼界最強の鬼神――天神公くらいのものだろう。
「早く鬼界に戻りたい……」
はっきりとあのバケモノの姿が網膜にしっかり焼き付いており、思い起こすだけで強烈な恐怖が、嘔吐のように何度も襲ってくるのだ。あんな怪物が跳梁している世界など御免被る。早く、安全で秩序ある鬼界に戻らねばならない。
「戻れませんよ」
振り返ると、そこには見知った無精髭を生やした青年が佇んでいた。
「貴様、青髭っ! ここはどこだっ! 答えろ!」
青髭は首を左右に振ると、哀れなものでも見るかのような表情を向けてくる。
「ここはワタシ達、世界の定める重大規則に抵触したものの行き着く先。もう二度と安穏で愛しい故郷には戻れない」
「世界の重大規則? 訳の分からんことを言いやがってっ! 話したくないなら無理矢理にでも口を開かせてやろうっ!」
指を鳴らし、青髭を滅せんと近づこうとしたとき――。
「ふーん、随分と威勢のいい子だねぇ」
「っ!?」
眼前に忽然と現れる白色の人型の生き物に、口から微かな悲鳴が上がる。
それは、あたかもこの世の悪をより集めたような存在に見えたのだ。
「だけど、愚かだ。あまりに愚かすぎる。僕の姿を見ただけで怯えるくらいなら、端からあんなバケモノに喧嘩など売らなきゃいい。そうすれば、束の間の悦楽と快楽は享受し得ただろうに」
「うぁ……」
無限に近い井戸へ落ちるような激しい恐れに
「さーて、これから君には向かってもらうよ」
白色の塊の底意地の悪い弾むのような声。
「ど、どこへだっ!?」
「おんや、そこの彼が言ってたろう? 世界のルールを破った身の程知らず共が行き着く始まりにして、終着点」
白色の塊はパチンと両手を合わせる。
「ぐごぉっ!」
突然、背骨に杭が打ち込まれるがごとき激痛が走る。
視線を下へ向けると、酒呑童子の腹部には、三又の
「そろそろお別れだ。じゃあ、頼んだよ」
背後の存在に、白色の塊は指示を出す。自然に振り向いてしまう首。その視線の先には――。
「あ……ああぁあぁぁぁぁぁっ!!」
喉から出る涙と絶叫。たっぷりの恐怖を楽しむかのように、それは顔を狂喜に染め、酒呑童子をゆっくりと部屋の奥へと引きずっていく。
◇◆◇◆◇◆
???? シアン
「兄ちゃんと一緒にしてください」
「
シアンの焦燥たっぷりの声にも、カンナは表情一つ変えず白色の塊に頭を深く下げていた。
「できないことはない。だけどいいの? 君はこの世界でのルールに抵触していない。直ぐにでも新たな生を受けることができるんだよ?」
「そうです! カンナ、頼むから聞き分けてください!」
カンナは首を大きく左右に振り、
「カンナはずっと兄ちゃんと一緒。今までも、そしてこれからも」
「駄目だ! 駄目ですよっ!! それだけはダメなのです!」
それでは、何のために今までシアンが歯を食いしばってきたのかわからない。
「悪いけど僕は水先案内人。君らの運命に深く関わるつもりは毛頭ない。だからよーく考えて決めなよ」
カンナはシアンに抱き着くその胸に顔を押し付ける。
「兄ちゃん、一緒に行こう! 二人ならどこでもやっていけるよ」
カンナは頑固だ。どうやっても、己の決意を曲げないだろう。
「お前はホントに大馬鹿ですね……」
「うん、兄ちゃんもね」
それにもう考えるのも我慢するのにも疲れた。
カンナを抱きしめたまま、
「やってください」
水先案内人にそう頼む。
「ああ、そうさせてもらうよ」
パチンと水先案内人が指を鳴らす。
カンナの温もりを確かめながら、シアンの意識は真っ白に塗り変えられていく。
◇◆◇◆◇◆
二人の姿が消失した直後、白色の塊は大きな背伸びをする。
「とりあえず、二人については一時凍結。あくまで君の今後の行動次第になるね。
さあーて、面白くなってきた。この絶望と狂気に彩られた真っ黒な物語。
両手を広げて、ケタケタと笑う白色の塊の薄気味の悪い声だけが、真っ赤なタイルの回廊中にシュールに響き渡っていた。
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