第47話 覚者 アクイド

 凄まじい衝撃をもって、アクイドは緑色の床に投げ出された。


「無茶苦茶する人だ」


 シルフィへの悪態をつきつつも、腰をさすり、立ち上がり辺りを確認する。

 足元は緑色の床が広がっている。これは何か植物を縫い合わせたものだろうか。柱は木製、いくつもの奇妙な扉でおおわれた部屋。


「これは引き戸か?」


 扉を開けると、永遠とも思える木の廊下が続いていた。

 まったく見たこともない建築様式だな。

 

(ここに飛ばされたのは、俺とカマーか)

 

 カマーは緑色の床に両膝を付き、両手の掌で己の頭を鷲掴わしづかみにしていた。


「カマー?」

たたみふすま……ぐぅ」


 アクイドの呼びかけが耳に入らないのか、滝のような汗を流しながら、カマーは苦悶くもんの声を上げる。


「カマー?」


 カマーは顔を数回左右に振ると、


「いや、何でもない。それより、来るでござるよ」


 立ち上がり重心を低くし、廊下付近へ剣を構える。


「ぐるるる……」


 唸り声を上げながら迫る大きな物体の引きずる摩擦音まさつおんが鼓膜を震わせてくる。


『おう、聞こえるか。シルフィだ』


 次第に近づくうなり声を打ち消すような妙に軽いテンションの声が頭の中に反響する。


「シルフィさん、あんた――」

『なお、これは一方通行だから、返答はできねぇわ。要件だけ伝えるぞ。

 今お前らには主殿あるじどのからある能力が与えられている。お前らはその能力を駆使くしし、この城内のバケモノ共を殲滅せんめつしつつも【青髭】の元まで到達しなければならねぇ。

 心配するな。与えられたのはドン引きするくらいチートなとびっきりだ。今からその情報を視覚情報として伝える』


「っ!?」


 眼前に浮かび上がる文字列。


――――――――――――――――

〇【覚者――火炎公】

〇説明:人の魂を持つものが、炎の悟りを開き、生命の真意に辿り着き会得する称号。

常時発型パッシブ効果エフィクト――【破邪顕正はじゃけんしょう】:魔物、幽鬼、あらゆる邪に対する優位性シューペリオリティーを獲得する。また、破邪の結果、成長速度は著しく向上する。

〇特殊効果――【火炎支配】:炎に対する支配権の獲得。

――――――――――――――――――――――――――――――――


 【覚者――火炎公】? 【破邪顕正はじゃけんしょう】? 【火炎支配】? 全て意味不明だ。


『【覚者】の内容はおそらく、各個人によって微妙に異なるらしい。まあ、気張って使いこなせよ。あとよぉ、どうやらこの城に住まう四体のボスモンスターを殺さねぇと目的の【青髭】の元までいけねぇようだな。われが一体殺しとくからお前らで他の三体は潰しな』


 それを最後にぷっつりと通信は途絶とぜつする。まったくどこまでも勝手な人だ。

 外見上は青色の長い髪に、透き通るような真っ白な肌、まさに女神のごとき美女の呼称がふさわしい。現に旅団内でも憧れている者は多いくらいだ。

 しかし、それはあくまで外見だけ。毎日飲んだくれているかと思えば、この度の恫喝どうかつ同然の一方的なやり方。おまけを言えば、いつも上から目線だし、お世辞にも好感の持てる内面ではない。まあ半面、実力は圧倒的ではあるわけだが。


 そうしている間に、けものの唸り声とともに扉をぶち破り、ところどころドロドロに溶解した真っ赤な生物が姿を現す。一言で表現すれば、巨大なスライムということころか。

 

(なんだ、あれ?)


 巨大な口と鋭い牙。目は十数個も張り付いていた。あんな魔物、見たことはもちろん、聞いたことすらない。


「ボサッとするな。来るでござるぞっ!」


 その瞬間、怪物から無数の棘が体表に生じると、アクイド達に向けて一斉に高速で放たれる。


「うおっ!?」


 間の抜けた声を上げつつも、右手の剣で受けようと横薙よこなぎにする。


 ゴオオッ!!


 視界が真っ白に埋め尽くされ、凄まじい熱風が吹き荒れる。

 眼前には、丁度同心円状に綺麗にえぐられグツグツと燃えたぎっている床。当然、怪物の姿は跡形も見当たらなかった。


「アクイド、お主、拙者まで殺す気かっ!!」


 カマーが涙目でわめき散らすが、


「すまん……」


 正直、それどころじゃなかった。

 

(まさかな……)


 試しに扉の一つを燃やすイメージを構築する。直後、白色の火柱が上がり、木製の扉をちりも残さず焼却しょうきゃくする。


「はは……」


 次は右のてのひらの上に小さな炎を思い描く。


「マジかぁ」


 掌の上で燃え盛る白炎を認識し、アクイドは心の底からその言葉を振り絞って言葉にしたのだった。


     ◇◆◇◆◇◆

 

「どうしたでござる!? その程度でござるかぁっ!?」


 カマーの手首がブレると化け物共の全身に無数の基線が生じ、バラバラの破片となり床に落下する。

 絶対届かない距離の化け物もブロック状に分解されていることからも、あれがカマーの新たに得た能力なのだろう。


「ぬはっ! ぬはっ! ぬははっ!!」


 カマーの奴、ノリノリだ。さっきからヘンテコな言葉遣いで化け物共を細切れの肉片へと変えている。

血肉が真っ赤な花びらのように舞う中で、めった刺しにするカマー。どう控えめに見ても、快楽殺人者が暴れまわっているようにしか見えない。


「カマー、グレイが心配だ。先に進むぞ!」

「んむ! わかっているっ!!」


 そういうアクイドもこの全能感ぜんのうかんに抑えが効かぬほどの興奮を覚えていた。

 アクイドがただ願うだけで、温度、範囲、出現位置等、炎を自在に操作できる。しかも、この炎、アクイドと視覚を始めとする五感さえも共有しており、炎を同心円状に展開しておけば、探知系の能力にも早変わり。もしかしたら、この炎は魔法のような現象ではなく、アクイド自身なのかもしれない。


「なあ、こいつらって何なんだろうな」


 頭部から角の生えた人型の怪物が姿を現すと思えば、くまわにのような野生動物の化け物もいた。すべてに共通しているのは、頭部の角と鋭い牙と、通常の魔物とは比較にならない強力さ。

 アクイド達がグレイから得た【覚者】とかいう反則的な力がなければ、今頃、奴らの臭い胃袋の中に納まっていたのは疑いない。


「鬼であろうな」


 アクイドの問に、即答するカマー。


「鬼とは、大鬼オーガーのようなものか?」

「いや、少し違うな。異なる世界の怪物だ」


 いつもの仰々ぎょうぎょうしくも奇怪きっかいな口調のカマーとはまるで別人のようだった。


「異なる世界? お前、この黒幕について知っているのか?」


 そういえばこの世界に飛ばされた当初、カマーはこの風景を目にして著しく動揺どうようしていたようだった。


「……いんや、知らん。忘れるでござる」


 再び、いつものノリの良いカマーに回帰すると、床の疾駆を再開してしまった。

 大きく息を吐き出し、アクイドも火炎を展開し、鬼という名の怪物の撃滅を開始する。


     ◇◆◇◆◇◆

 

 大した時間もかからず、アクイド達は大広間へと到着した。

 大広間の奥は一段高くなっており、そこで胡坐あぐらをかいて偉そうにふんぞり返って座る前頭部から頭頂部にかけての、頭髪とうはつりあげた男。男の衣服は、この世界でのどの衣服とも異なっており、どこかカマーの着衣物と似ているように思えた。

 十中八九、こいつがシルフィのいう【青髭】へと続くこの城を管理する四体のボスの鬼だろう。


「随分と不味そうな人間が転がりこんできたものだ。オレは女が好物だと言ってんだろうが!【青髭】め、己の務めくらい果たせねぇのか!」


 悪態あくたいをつきながらも、変な髪型の男が立ち上がる。


「お前、【青髭】の部下ではないのか?」


 テオの説明を総合的に考察すると、ここは【青髭】の作った領域のはず。ならば、こいつらは【青髭】の部下、ないしは傀儡くぐつなのではないのか?

 それにしては先ほどの【青髭】を口にする際に垣間見た感情からは敬意けいいのようなものが一切感じられなかった。むしろ、嫌悪けんお侮蔑ぶべつといったものの方が近いと思う。


「このオレが、あの出来損ないの部下ぁ? くくっ! ガハハハッ!」


 散々さんざん哄笑こうしょうすると、ピタリと笑みの一切を消し、その顔を憤怒ふんぬの形相に変える。


「小僧共、よく言った! それはこのオレに対する最大級の侮辱だぞ? ただで死ぬると思うな」


 濃密のうみつな黒色のきりが吹きだし、全身をくまなくおおい尽くす。

 ボコボコと筋肉が盛り上がり、肌が真っ赤に染まっていく。額から出る二つの角と鋭く長い牙。そして、二つの目が引き寄せられ、真ん中で融合されてしまう。その姿は一つ目の人型の怪物。


「オレは羅生門第四番旗頭――目一鬼まひとつおに! この名をその貧相な魂に刻み、オレの食料となれぃ!!」

「その体の持ち主は?」


 隣のカマーの質問に、目一鬼まひとつおにはニタリと笑みを浮かべ、


「ああこれかぁ? オレが受肉した際に、魂レベルで滅びているさ」


 無常な断言をした。


「そうか……同じ……か」


 温かみの一切を欠落した声色で軽く何度か頷くと、カマーは横目でアクイドを一瞥いちべつし、

 

「あれはがやる。手を出すな」


 一方的な言葉を吐き出す。


「たかが人間が、このオレとたった一人で相対あいたいすると? その傲慢ごうまん、あの世で後悔こうかいするがいい!」


 目一鬼まひとつおには、近くに立てかけてあった巨大な鉄の斧を手に取る。それを合図に、奴の周囲に赤色のきりまとわりついていく。


「……」


 対して、カマーは一歩踏み出し、ただ静かに、右手に持っていた長剣を正中に構えて、まぶたを閉じる。


(どうしたってんだ?)


 カマーの様相は、数分前とは明らかに一変していた。


「なんだ、無謀むぼうにもオレに単身で挑むから、よほどの有無惚うぬぼれかと思ったが、ただの自殺志願者だったか」


 相変わらず、カマーはピクリとも動かず、長剣を構えるのみ。


「まあ、いい。下等生物人間にして殊勝しゅしょうなこと。そう思うことにするか」


 目一鬼まひとつおには戦斧を振りかぶり、カマーに突進を開始する。


「おい、カマー!」

「死ねぇ!!」


 射程内にはいった目一鬼まひとつおには、カマーの頭頂部に爆風をまとった戦斧を渾身こんしんの力で振り下ろす。


「はひ?」


 目一鬼まひとつおに頓狂とんきょうな声と、空を舞う奴の右腕。

 しばし、奴は自身の失った右腕を眺めていたが、顔を驚愕に染め、


「ぐぎゃああっ!!」


 絶叫を上げる。

 間髪入れずに、目一鬼まひとつおにの両足が切断される。


「オ、オレの足が――」


 それがこの鬼の最後の言葉となった。無数に走る基線。そして、ゆっくりバラバラの破片となって崩れ落ちていく。

 剣を正中に構えたまま、微動だにせずカマーは佇んでいた。


「カ、カマー?」

「悪いが拙者は人間ではない。主様に生み出された虫人でござる」


 剣をさやに戻すと陽気な笑みを浮かべ勝利の宣言をするカマー。よかった。普段のどこか抜けているカマーだ。


「この気色悪いのが鍵ってやつか」


 目一鬼まひとつおにの肉片の飛び散る血だまりの中から、赤色の脈動する鍵を手に取る。

 鍵があるということは、これにより開く扉があるということ。ならば、先に進むべきだな。

目一鬼まひとつおにが陣取っていた背後にある扉の先に、この鍵に対応する錠前が存在しているはずだ。

 今も『武士道』とかいう思想を説いているカマーをうながし、アクイド達も先へと進む。


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