第41話 捕虜として生活 カイ・ローダス

 要塞都市――シルケ――集合施設


(この生活がいつまで続くんだろうな……)


 アムルゼス王国北方遠征軍元参謀――カイ・ローダスはもう何度目かになる深いため息を吐く。

 アンデッドの襲撃で疲弊ひへいしたラドア領を奪還だっかんし、帝国侵略の拠点とする。その火事場泥棒のような中央政府のたてた計画により、カイ達は北方遠征軍として北端の地へ派遣はけんされた。

 奪還と銘打めいうってはいるが、このラドアの地は本来、王国のものでも帝国のものでもなく山の民ラドル人のもの。これも王国がかつて支配していたという信憑性しんぴょうせい皆無かいむ御伽噺おとぎばなしを根拠にした出鱈目でたらめに過ぎない。

 その滑稽こっけいな理由による占領下での王国軍の振舞ふるまいは、カイに人というみにくい生き物の本性を否が応でも理解させた。

 ラドル民から土地を奪い、食料を奪い、自由すらも奪った。

 ラドル人の保管してきた書物を焼き、金品を強奪し、生きていくために必要な食料すらも奪い、本国へ輸送してしまう。

 秩序を失った軍ほど厄介なものはない。だから、カイは幾度となく軍内部での規律きりつの引き締めと反した者の厳罰化を己の上司であったウィンプに進言したが、まったく聞き入れられることはなかった。

 結果、ラドル人に対する殺人、強盗、強姦など様々な重罪がまるで取り締まりもされず、許容される。

 この王国軍の敗北はある意味、天の与えた罰のようなもの。いわば自業自得じごうじとくだ。特に、上司ウィンプの外道っぷりには愛想が尽きていたから、戦死したと聞かされても別になんの感慨も受けなかった。

 もっとも、同僚、部下達が殺されたことについては別だ。本心を包み隠さず独白すれば、少なからずラドルに対しては思うところがある。

 だが、カイも軍人。戦になれば人は死ぬ。その事実を嫌というほど知っている。

 だからこそ戦争で殺されたこと自体に恨みは抱かない。少なくともそう努力しようとちかっている。

 要するに、カイの使命は一つだけ。将の誇りにかけて、非道とは無縁であった兵士達を一人でも多く本国へ帰す。それだけなのだ。

 もっとも――。


(難しいだろうな)


 国家間の争いで、それがどれほど難解であるか想像するに容易い。特にあれほどの非道を犯した後で、本国に無事帰れると考える方がどうかしている。

 そして、そんなことはこの屋敷に収容された一兵卒でも理解している事実。

 にもかかわらず、皆の顔に絶望がないのにも理由がある。


 ボーン! ボーン!  ボーン……


 突如、柱に掛けれらた時計が正午をその音で知らせてくる。この時を刻む機器は王国でも導入されているのは行政府等の上級公的機関のみ。こんな捕虜の収容所に置くなど正気を疑う事態だ。

 だから、時計に馴染なじみのない王国兵は当初、特段気にも留めなかった。珍しいものがある。その程度の認識だったと思う。

 それが変わったのは、もうじきくるあれの存在だ。

 時計が鳴って以来、皆ソワソワして扉を眺めている。

 扉が開き、


「配給です」


 真っ白な作業服を着た男女十数人が多量の鍋やバスケット、器やらを持って現れる。

兵士達の喉や腹が鳴る音がまばらに聞こえてきた。

そういうカイも同じ。本日の献立がさっきから気になって仕方がなかったのだから。


(今日はパンにサラダとスープか)


 扉の前の列に並ぶこと30分後、食料を受け取り、部屋の隅のテーブルが多数設置してある場所へと移動する。

 カイ達の収容されている場所は、1000人もの捕虜を収容してもまだ余剰があるほどのとんでもない広さの二階建ての建物だった。

 収容施設といっても、部屋内は食事をするための多数のテーブルが置いてある食堂と、捕虜が寝るための区画、複数の便所まで置いてある。一階が男性用、二階が女性用だ。

 もっとも、一階と二階は自由に行き来が可能であり、特に交通も制限されていない。

 施設が広いせいか、室内は本来かなり寒いはずなのだが、各人に与えられた毛布や衣服、周囲に熱が放出される暖房装置により非常に快適に暮らしていた。

 カイの特等席である奥の角のテーブルへと足を運ぶと、元同僚だった色黒の女性が屈託くったくのない笑顔で右手を上げていた。

 彼女はロゼ、遠征軍第二軍唯一の女性士官だ。

 過去に第二軍との合同作戦で顔を合わせて以来、頻繁に酒盛りをし、軍の愚痴ぐちを言い合っている。

 ロゼの正面の席に着くとさっそく本日の料理の調査に入った。


「お前、またやってるのか……」


 心底呆れたようなロゼの言葉を無視し、カイはパンを開く。


「こんがりと焼いたパンを二つに切り、そこに食材を挟んであるのか」


 肉の燻製くんせいのようなものと、野菜、そして不思議な黄色の塊が出てきた。


「これはなんだろう?」


 黄色の塊をちぎり口の中にいれ、咀嚼そしゃくする。


「っ!?」


 口の中に広がる酸味と口解けの柔らかな感触に、思わず声を上げそうになるのをどうにか抑えきる。

震える手でパンを閉じ、一口齧り、頬張る。


「美~~味いっ!!!」


 こらえ切れず立ち上がり、ガッツポーズで吠えていた。

 周囲からカイに向けられる奇異と非難の視線におずおずと座り、姿勢をただすとパンを口に入れ始める。



「奴さん達、どういうつもりだと思う?」


 至福の時が終わり、スプーンをトレイに置くと、ロゼが神妙な顔で尋ねてくる。


「捕虜の引き渡しまでの臨時的な措置。そう言っていたな」


 ラドル民の代表者らしき男が、ご丁寧にもそう宣言していった。

 当初、皆、臨時的な措置の内容につき、まことしやかにささやかれていたが、連日三食運ばれる食事により、次第に話題にすら上らなくなる。


「臨時的にしては豪勢ごうせいすぎるだろ。この食事だってどこぞの貴族様が食べるような代物だ」

「俺の本来の希望進路を忘れたか? お前以上に実感しているよ」


 毎日出される料理は同じメニューはなく、いつも異なっていたのだ。しかも、どれも頬が落ちるほど美味だった。


「それだけじゃないさ。飲水も自由だし、トイレも完備。おまけに、男女別とすら来た」


 部屋内にトイレがついている建物など少数だ。捕虜収容所ともなれば皆無に等しかろう。糞尿は垂れ流しであり、匂いと不潔さに顔を顰めて生活しなければならないのが通常なのだ。それを収容所の部屋に複数のトイレを付け、おまけに部屋同様男女別とまでくれば、奇異なんてもんじゃない。相手の狙いを勘繰かんぐりたくなる気持ちもわからないではない。


「想像もつかないが、もしかしたら大した理由などないのかもな」

「はあ?」


 眉を顰め、頓狂な声を上げるロゼ。


「考えてもみろ。ある意味今回、とばっちりを受けた商人達ならともかく、侵略者である一般兵達にも厚遇にする意義が奴らにあるか?」


 虐待でもしなければ、捕虜の扱いに国際的な非難は集まらない。上級士官だけならともかく、一般兵にまで厚遇しても奇異な目で見られるだけで大したメリットはない。


「つまり?」


 ロゼは両腕を組むと私に答えを促してくる。


「少なくともこの地の新たな領主にとっては、捕虜はそうするのが当然ってことだ」

「新たな領主……たしか、山賢王だったか?」

「ああ、ラドル人の兵士達がそう言っていたな」


 山賢王……この地でラドル人を導くとされる伝説の山の王。アークロイの砦で虐げられながらも、ラドル人は例外なくその事実を信じていた。人は苦境に立たされたときほど何かにすがりたくなる。占領地ではさほど珍しいことではないし、カイもこの度、遠征軍が全滅するまで全く考慮にすらいれていなかった。


「丁度千年前に予言されたラドルを導く伝説の英雄王ね。馬鹿馬鹿しい。奴さん達、そんな御伽噺おとぎばなし真に受けているってのか?」

「御伽噺と笑ってばかりもいられんさ。何より、今回は不可思議ふかしぎなことが多すぎるからな」

「あの非常識なマテリアルか……」


 あの兵器につき、直に目にしたことがあるのだろう。たちまちロゼの顔色が土気色に染まっていく。

 しかし、ロゼは実際にあれを向けられてはいない。だから、その絶望的なまでの恐ろしさは実感できまい。

 弓の数倍にも及ぶ射程距離と、鉄の鎧すらも貫通する凄まじい威力。何より煙と破裂音が鳴り響くと、同胞達の命が失われていく。その事実は、あれの前で武器をとる勇気を失わせる。

 あれはきっと遺跡から発掘されたマテリアル。そしてあの人数がマテリアルを標準装備しているなどありえない。

これから導かれる事実は一つだけ。遺跡から発掘されたマテリアルを彼らは独自に開発し、兵器と成した。

 遺跡から発掘されたマテリアルはまさに神の遺産。自ら作り出そうという発想は王国人にはない。無理に決まっているからだ。

 生きるか死ぬかの占領下の状況で、ラドル人にそんな真似ができるわけがない。

ほら、それを成した第三者の可能性が浮上してくるだろう?


「それに俺達は負けたんだ。あとはなるようにしかならない」


 皆殺しにされても反論できないことを我らは既に彼らにしているのだから。


「それもそうだな。まっ、短い間、ゆっくり身体を休めるとするか」


 口端を上げ、ロゼもトレイを持って立ち上がる。


「そうしろ。否が応でも間もなく御達おたっしは来るさ」


 カイも重い腰を上げた。

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