第20話 試験

 


「おお、すげぇ! これがBスタジアムか!」

 隼人が目の前の巨大なスタジアムを見上げて喚声を上げる。


 今、瑠香たちは『異能使用制限特殊免除資格試験』を受けに、ここBスタジアムに来ている。

 スタジアムの周囲は、試験を受けに来た大勢の人で賑わっていた。


「受付は……、あっちだな」

 珠輝が一際賑わっている一角を指す。


「よーし、絶対受かってやるぜー!」

 気合を入れる隼人。


「一華、それは?」

 瑠香は、一華が背負っている物が気になり声を掛けた。

「これ? これは木刀だよ。家から持ってきたんだ」

 背中の細長い筒を揺らし、一華が言う。

「ぼ、木刀? なんで持ってきたの……」

「何かの役に立つかなと思って」

 しれっと言う一華。


「一華、瑠香ちゃん、こっちだよ」

 少し離れたところから瑠香たちを呼ぶ凜の声に瑠香は我に返る。

 慌てて凜を追いかけ、受験者たちの列に並ぶ瑠香。




「はぁ、異世界に来てまでテストやらされるとは思わなかったぜ」

 珍しく疲れた顔をして、隼人が言った。

 資格取得のための筆記試験がついさっきまで行われていた部屋を出ながら瑠香たちは言葉を交わす。


「まあ、でも簡単だったじゃない。私たちでもわかるような問題ばかりだったし」

 凛が言う。

 テストの内容について話しながら、次の集合場所であるスタジアムのコートに向かう瑠香たち。


 コートに着くと、既に瑠香たちと同じ受験者たちが大勢集まっていた。


 これから何が始まるのかとざわつく群衆。

 そのとき、スタジアムの上空に巨大なパネルが出現する。

 そこに、映し出された顔を見て群衆のざわめきが更に大きくなる。


「お、おい、あれって……!」

「すげぇ、SランクNo.1のジャスティスだ!」


「有名な人なのかな……?」

 瑠香は隣の凜に話しかける。


「よく広告とかに載ってる人だよ」

「この国のヒーローのトップだ」

 充が画面を見ながら言う。

「この国で最強の存在ってことさ」


 画面に映し出されたその男は、一見そのような肩書きを持つような人物には見えない。

 見た目は平凡そのもので、そこら辺ですれ違っても気が付かなそうな外見だ。


 だが、その体から滲み出る覇気に、画面越しながら瑠香は圧倒された。


「やあ、みんな。元気かい? 僕はジャスティス。ヒーローだ」

 静かながらも力がある声。

 その声に受験者たちは歓声を上げて沸き立つ。


「さて、君たちはたった今、試験を受けてきたばかりだろう。そこで、試験お疲れ様、と言いたいところだが──」

 画面の向こうの男は笑う。

「残念ながら、試験はまだ始まったばかりだ。という訳で、さっそく次の試験会場へ案内しよう」


「次の会場? ここじゃないのか?」

 眉を顰める珠輝。


「次の試験会場はここから五キロ離れたAスタジアムだ。君たちにはそこまで自力で向かってもらう。この際、異能の使用を許可する」

 受験者たちの中でどよめきが起きる。

「決められたコースを使ってAスタジアムに辿り着いた先着五百名を、二次試験の合格者とする」

「異能ありのマラソン大会ってことか」

 隼人が不敵に笑う。

「説明は以上だ。三分後にスタジアムのゲートが開く。それがスタートの合図だ。諸君の健闘を祈っているよ」

 そう締めくくり、放送は終わった。


「瑠香」

 充が顔を顰めながら歩いてくる。


「思ったより早く異能が必要になった。行けそうか?」

「うん。大丈夫そう」


 この世界に渡ってから、瑠香は充と共に異能を目覚めさせる特訓をしていた。

 充によれば素質は十分にあるため、何かのきっかけで目覚めるはずだそうだ。


「もっと、特訓しておくべきだったな」

 溜め息を吐く充。

「大丈夫だよ。何とかして見せるから」

 瑠香はぐっと手を握って言う。


「──世界軸」

 瑠香は小声で腕輪に変形している世界軸に話しかける。

『なんだ。俺の出番か?』

「うん。ちょっとだけ、力を貸して?」

『いいぜ。目閉じろ』


 その言葉に素直に従う瑠香。

『ちょっと荒っぽいが、お前の魂魄をこじ開ける。我慢しろよ』

「うん」


 意識の中に沈んでいく瑠香。

 周囲の喧騒が、水の中にいるかのように遠くに感じる。


 深く、さらに深く。

 ふいに胸の奥が痛んだ。

 それと同時に胸の奥から何かが流れ出すような感覚が瑠香を襲う。

 『それ』は胸から全身に向かって広がっていく。


 遠くでブザーが鳴り響く。

 スタートの合図だ。

 瑠香はゆっくりと目を開く。


 既に走り出している群衆。

 これまでとは違い、全てが鮮明に見える。

 そして、体に宿るこれまでにはない力。


『さあ、力はやったぜ。存分に暴れてやれ』

「うん、ありがと」


 大きく息を吸うと、瑠香は勢い良く地を蹴る。


 人の波を避けながら走る瑠香。

 ほぼ最後尾だったはずなのにあっという間に中間辺りの集団に混ざる。


 とんでもない力だ。

 息さえ切れていない。

 ゲートを抜けると車道が規制されており、マラソン用のコースが出来上がっていた。


 瑠香は前を見据える。

 先頭までは、まだ遠い。


 瑠香は更に力を入れて走る。

 するすると人を避け走り抜ける瑠香。


「うお!?」

「なんだ!?」

 瑠香に追い抜かれた人々が驚愕の声を上げる。

 それさえも置き去りにして瑠香は駆け抜ける。


 中間辺りを抜けると先頭集団が見えてくる。


「瑠香ちゃん!」

 集団の中の凜が走ってくる瑠香に気が付く。


「おう、瑠香! 来ると思ってたぜ!!」

 余裕そうに言いながらも、かなりのスピードで走っている隼人。

「みんな、お待たせ!」

 駆け寄る瑠香。

「まさか、こんなにうまくいくとは思わなかった」

 充が驚いたように言った。


「よし、このまま全員ゴールするぞ!」

 そう言うと更にスピードを上げる隼人。


 瑠香は胸の中で少し安堵していた。


 やっと。


 やっと、みんなに追いつけた。

 そんな気がしたのだ。


 瑠香は笑い声を上げると、少し足を速めた。


 

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