第11話 魂魄
『君たちは力のことを『超能力』と呼んでいるみたいだけど、僕たちはこの力のことを『
「こん、ぱく……?」
『そう。そしてまたの名を『ソウル』という』
「そりゃ一体何なんだ?」
『『魂魄』とは生物の持つ潜在的な力のことさ』
心の疑問に答えるアレン。
『潜在的、と言っても生物はこの力を常に使いながら生きている。手足を動かしたり、脳で物事を考えるにも『魂魄』が必要なんだ。つまり『魂魄』は生きていくためになくてはならない力なんだよ』
「その魂魄がなくなってしまった場合、生物はどうなってしまうんですか?」
『心配しなくていい。魂魄が尽きることは、基本的に無い。なぜなら、全ての生物は、魂魄を自ら作り出すことが出来る。そして、それを微量ながら周囲に放出しているのさ。つまり、世界には大量の魂魄が漂っているという訳だ。更に無意識下でそれを吸収している。まるで呼吸のようにね』
「……なるほど、循環が成り立っているんですね」
納得したように茉菜が言う。
『そうさ。しかし、それを過信してはいけない』
「どういうことですか?」
『分かりやすく、呼吸で例えてみようか。生物には、大体息を吸える限度があるだろう? それは限界を超えて息を吸う器が無いからさ。──でも、もしその限界が途方無く大きければどうなると思う?』
「それだけ吸える、ってことだよな」
心が言う。
『そう、大量に息を吸えるのさ。それこそ、周囲の空気が薄くなってしまうくらいに』
その言葉にハッとする日和。
「つまり、魂魄も同じなんですか?」
『そういうこと。魂魄が枯渇しないのはそこにいる生物が、大量にある魂魄を扱う器が無いから。しかし、その器がある者が際限なく力を使えば、当然周囲の魂魄は底を尽きてしまう』
「……もし、そうなったら……?」
実辰は恐る恐るアレンに訊く。
『勿論、ただでは済まない。周囲の生物や環境、そしてその力を行使した本人も』
「……何が起こるんですか?」
『魂魄は命を保つために必要不可欠なエネルギー源。それが絶えれば、周囲一帯は死の地と化す。それによって、周囲から得られる魂魄は無くなってしまう。つまり、力を使い魂魄が尽きてしまった者も、周囲から魂魄を得る事は出来ない状況に陥る。もし、わずかに回復した魂魄で意識を繋いでいたとしても、体は動かず、息をすることさえままならないはずだ。そして、周囲の魂魄の回復を待つ間もなく、死に至る』
その言葉に絶句する実辰たち。
そんな実辰たちを安心させるかのようにアレンは続けた。
『まあ、君たちにはまだそんな力を操る器は無いから、そこまで怖がる必要は無いよ。……でも、もしそんな力を持ってしまったときは、気をつけなければいけない。でないと──』
アレンはそこで言葉を切り、息を吐いた。
そして、声音を和らげ言った。
『ま、後は言わなくても大丈夫だろう。これ以上怖がらせても仕方が無いしね』
アレンはそう言ったが、既に実辰たちの顔はかなり引き攣っていた。
心でさえもいつに無く黙り込んでいる。
『それと、この『地球』って世界は僕達の世界よりも魂魄の濃度が低い』
「それは、どういう事ですか?」
続くアレンの言葉に反応したのは茉菜だった。
『うーん、簡単に例えると『少し空気が薄い感覚』って言うのかな』
「どうして差があるんですか?」
『魂魄の生成量と放出量は、魂魄を操れる器に比例するんだ。この世界にはそんな器を持った生物があまりいないから自然と魂魄も薄くなるって訳だ』
「なるほど……」
「え、つ、つまり、どういうこと……?」
話がどんどん専門的な方向へ向かっていくのに着いて行けず、目を白黒させながら日和が訊く。
「要するに、強いやつがいればいるほど、魂魄は濃くなるってことだろ」
その問いに答えたのは意外にも心だった。
『まあ、簡単に言えばそういうことになるのかな』
「へ、へぇ……」
答えを貰ったのにどこか釈然としない顔の日和。
恐らく、話を聞いてもいなさそうな心がきちんと話を理解していたからだろう。
心は少し険しい顔をして続けた。
「だけど、そうなるとここで能力を使うのは危険、ってことだよな」
『その通りだよ。魂魄の枯渇化を起こしやすいからね』
「つまり、ここに居るのは安全でもあり危険でもあるってことだな」
心の言葉に傾げる実辰たち。
何が安全で何が危険であるのか、意味を図り切れなかったからだ。
しかしアレンだけは静かに感嘆の溜め息を吐いていた。
『へぇ──さすがだね。よくあれだけの情報からその答えを導き出せたね』
それに対し、心は困ったように頭を掻いて呟いた。
「別に……昔から危険かどうかに敏感ってだけだ」
『へぇ……?』
アレンの声には興味深そうな響きがあった。
「あの、どういうことですか? 危険と安全って言うのがよく分からないんですけど……」
日和が不安そうに疑問を口にする。
『重要なのは『魂魄の薄さ』だ。危険なのは、君たちの目覚めたての能力が暴発して、魂魄の枯渇を起こすことだ。安全って言ったのは、魂魄の薄さを危険視して〈黒の使徒〉も迂闊に手を出せないってことさ』
アレンは日和の疑問に答える。
『でも、この『安全』って言うのは、絶対的な物じゃない。言ったろう? 〈黒の使徒〉は、目的遂行のためなら手段を選ばない。今日の襲撃は君たちの力を量るためのもの。次にどんな手を打ってくるかは分からないんだ』
アレンのその言葉に実辰たちは押し黙る。
「なあ」
静寂を破ったのは心だった。
「さっき襲ってきたあの人形、ドールって言ったか? 最後に来た奴だけ強かった。何でだ?」
『ドールには階級がある。下からEドール、Dドール、Cドールっていう風に、EからAまでいる。その上にはSドール、Gドールっていうのがいて、更に最上位であるマスタードール、Mドールがいる』
「最初に戦った奴の階級は?」
『Eドールだ。一般人程度の力しか持たない』
「──次に来た奴は?」
心のその問いにアレンは少し躊躇うかのように間を空けてから言った。
『Cドールだ。身体能力が一般人より大幅に強化されている』
その言葉にガタンッ、と音を立てて日和が座っていた立ち上がった。
「──そんな、あの強さで……下から三番目……?」
日和の言葉で場は重苦しい空気に包まれた。
不思議な力を手に入れた。
強くなった気がした。
特別な存在になったような気がしていたのかもしれない。
しかし、それは思い込みに過ぎなかった。
今、現実を叩きつけられた。
自分達がとても『弱い』という現実を。
「──勝てなかった」
心が呟いた。
「なあ、俺達はこれからどうすればいい?」
心はアレンに向かって問い掛ける。
『君達は強くならなくてはいけない』
アレンは静かに答えた。
『〈黒の使徒〉の襲撃は頻繁になるだろう。僕達だけでいつまで防げるかは分からない。だから、最低限自身を守れるくらいには強くなるんだ』
「どうすれば強くなれる?」
『この世界から出ることだ』
心の問いにアレンは答えた。
その言葉に実辰たちは息を呑む。
「いくつか訊いてもいいですか?」
茉菜はアレンに向けて言った。
『なんだい?』
「まず、この世界から出るというのは、異世界に行くという事ですよね? そうすることにどんな意味があるんですか?」
『理由は二つある。一つ目の理由はさっき言った通り、この世界の魂魄の薄さだ。魂魄が薄いっていうのは満足に力を発揮できない環境にあるってことだ。そんな状況で強くなるのは難しい』
「もう一つは何ですか?」
『この世界の君達の居場所は、既に〈黒の使徒〉に割れている。これ以上、ここに居るのは危険だ。それに比べ、異世界は広い上にいくつも存在する。世界中を逃げ回れば、捕まる可能性は限りなく低くなる』
「もし異世界に行ったとして、私達の行くあてはあるんですか?」
『それについては心配要らない。もう既に準備は整ってる』
「そうですか……では最後の質問をいいですか?」
『ああ、勿論さ』
アレンのその言葉を受けて、茉菜は少し間を空けた。
そして何かを決心したかの様に顔を上げ、言った。
「私達の──家族はどうなるんですか?」
実辰たちが最も訊きたかったことを茉菜はアレンに訊ねた。
アレンは少し逡巡した後、答えた。
『──残念ながら、連れて行くことは出来ない。危険すぎる』
予想はしていたが、いざ言われると受け入れがたいものがある。
更にアレンは続けた。
『そして、もし君達が異世界に行く決断をした時は、家族の記憶から君達を消させてもらう』
「そんな! どうして……!」
日和が悲痛な叫びを上げる。
『記憶を残していると危険だ。〈黒の使徒〉に利用価値を見出されてしまったら、君達にも危険が及ぶ。最悪の場合、〈黒の使徒〉に口封じとして、この世界ごと滅ぼされてしまうかもしれない』
「──っ!」
日和は悔しそうに唇を噛んだ。
体の両脇で握り締められた拳はブルブルと震えていた。
悔しいのは皆同じだった。
黙り込んでしまった一同を見兼ねたのかアレンは言った。
『決断は今すぐじゃなくてもいい。幸いまだ時間はある。みんなで話し合って決めてくれよ』
先延ばしになっただけ。
いつか、決断しなければならない。
それでも、実辰の気持ちは少し軽くなった。
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