第7話 神様!!!!!!!

「私ね。私……、マスク美人なんだ」

(━━は? え?)


 強張っていた俺の肩からふっと力が抜けた。


「マスクするようになって、よく男の子に声かけられるようになったの。だけど、マスクを取るとみんなガッカリって顔になる。失敗したって残念がってるのがわかる。だから、いつの間にか私、マスクを外せなくなっちゃった」


 彼女は「でも、マスクでごまかした自分で告白したくなかったから」と言った。自分自身に言い聞かせるような口調だった。

 まだどこかためらいを感じさせる指がマスクの紐にかかるのを見た時、俺の身体に再び力が戻ってきた。

 自然と両手が拳を作る。

 俺は自分が彼女になったような気持ちになっていた。

 彼女がマスクを外した。

 俺はハッと息をつめた。

 確かに想像していたより鼻が少し丸いかもしれない。唇も腫れぼったいかもしれない。誰もが可愛い度は下がったと、残念がるのかもしれない。よく見ると、彼女の右頰にはうっすら丸く青くなったところがあった。たとえどんなに薄かろうと女の子なら気にならないわけがない、痣があった。

 二度と俯こうとしない彼女は、俺の返事をじっと待っている。


(うっ、うっ、ううう)


 俺の声はいまだ塞がれた喉の向こうで、出してくれと暴れている。


「……そうだよね……」


 振り絞った勇気でいっぱいに張りつめていた彼女の、いつもより大きくなった瞳がふわりと潤んだ。俺が答えないのを、彼女は返事と受け取ったのだ。


「ごめん……ね」


 走って行こうとする彼女の腕を、俺はとっさに掴んでいた。

 俺も告白したかった。ありのままの自分になって。彼女のようにごまかしたりも逃げたりもせずに。

 

 彼女に好きだって言いたい! 言いたい! 言いたい!


 その思いは俺のなかで、さっきまでとは桁違いの大きさに膨らんでいた。今にも心臓をぶち破って溢れだしそうだと思った時、俺はマスクを毟り取っていた。驚いて振り向いた彼女の前に、汗と涙と鼻水で汚れた、今の精いっぱいの自分らしい顔をさらした。


 ポン!


 喉の奥でシャンパンの栓が抜けるような音がしたのと、


「好きだ!!!」


 俺の口から言葉が飛び出したのが同時だった。それまで言えずに溜まりに溜まった感情が、花火になって打ち上がったような大きな声だった。土手を歩いていた人たちが一斉に足を止め、俺たちの方を見た。


「俺も好きです! 彼女になってください!」


 また性懲りもなく鼻水が垂れてきたけれど、彼女の俺を見る目は変わらずに真っ直ぐだった。


「ありがとう」


 涙を滲ませ恥ずかしそうに頷く彼女を見て、


「神様!!!!!!!」


 俺は思わず天を仰いだ。

 俺の視界の端で、また白い衣が翻った。今日の神様は青空の舞台でタタンとステップを踏み、踊っているようだった。

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マスクの神様 美鶏あお @jiguzagu

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