第2話-8

 1学期の中間試験と期末試験は近い。謹慎が明けると、もう期末試験が目前に迫っていた。

 俺と景は、せめて素行をよくしようと、期末試験で赤点をとらないように部室で勉強することにした。

 俺は海野先輩を試験勉強に誘った。

 部室に向かう道すがら、俺は海野先輩に謝った。

「このあいだはすみませんでした。結局、面倒をかけるだけになってしまって」

「それは別にいいよ。ただ、デートだと思っていたのに、小浜さんも一緒だったのはね」

 海野先輩は歩きながら、前を見たまま話していた。そこで言葉をとめる。

「何か?」

「やっぱりいい」

 海野先輩は平然とした表情のまま、唇だけを突きだしていた。その顔からは、何を考えているかは分からなかった。俺は聞きだすことを諦めた。

 まさかとは思うが、俺と景の仲を疑っているのなら、酷い誤解だ…

 俺に獣姦趣味はない。

 部室の扉を開ける。景はすでに、パソコンの置かれた長机に教科書とノートを広げていた。片手を上げて俺たちを迎える。

 俺と海野先輩も適当な椅子に腰を下ろした。

 椅子を近づけ、中間試験の答案を見せあう。

「海野先輩、成績いいんですね」

 高得点が記された答案の束を見て、景は感心したように言った。

 海野先輩はフンと鼻を鳴らした。

「進級するのに単位が必要だからね。休学してても、成績がよければ追試と補習で単位を認めてもらえる。けど、はじめから成績は悪ければ、そういう措置もしてもらえないから」

 平静な表情のまま、肩をすくめる。

「2、3学期は休学することになるだろうけど、それでも来年、高校を卒業したい」

「夏休みはどうですか」

 景はまっすぐに海野先輩を見た。

「大丈夫だと思うけど」

「それならここで会いましょうよ。ここの鍵は、部活動の名目で夏川先輩が借りられます。それで、ここから海に行ったり、遊びに行ったりしましょう」

 勝手に、と思ったが、俺は口を挟まなかった。

 海野先輩は片方の口端を上げた。

「楽しそう」

 俺たちは息をついた。景が俺の答案に手を伸ばす。

「それにしても、夏川先輩は意外と勉強ができませんね。理系科目はいいですけど、文系は全滅じゃないですか」

「現国の評論の読解で、《この文における作者の意見を述べよ》という記述問題があったから、《考えなければ意味が分からないような文章を書くヤツはバカだ》と書いたら、0点にされた」

「バカはあなたです」

 景は真顔で言った。

 俺は日本史の答案を手にした。

「だいたい、こんな知識、社会に出てもなんの役にも立たないだろ。《足利尊氏が持明院統の光明天皇を擁立して、大覚寺統の後醍醐天皇と対立した》? こんなこと、南朝の復活をたくらむ陰謀論者でもないかぎり、知ってても意味ないだろ」

「バカな高校生みたいなことを言わないでください」

 俺は景の答案を引きよせた。見事に全科目が赤点だった。

「それを言うなら、お前はどうなんだ」

「学校で教わる勉強なんて、社会に出てもなんの役にも立ちませんよ」

「バカな高校生だ!」

「持明院統と大覚寺統のいきさつだけ知っていれば十分です」

「しかも、南朝の復活をたくらんでるし…」

 椅子を引きずる音がした。

 海野先輩が立ちあがっていた。荷物を鞄にまとめる。

「あたし、今日は帰る」

「なにか用事でも?」

「別に。夏川君と小浜さんが楽しそうだから邪魔かなー、とか思ってないし。それから、夏休みの話、やっぱり考えさせてもらっていい?」

 そう言うと、海野先輩はさっさと部屋を出ていった。俺たちは座ったまま、立ちあがることもできなかった。

 景が俺にささやく。

「ここの部室では不足だったんじゃないですか」

「そうだったとして、どうするんだ」

「私に考えがあります」

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