第131話 裏切りの代償

 私は知らぬ間に眠っていたのか王国軍と遭遇した直後から記憶がなく、現在体を揺らされて目を覚ましたのだった。

 目を開けるとそこにはバベッチが膝を曲げて座る様な姿勢で私を覗き込んでいた。


「おっ、目を覚ましたか。声掛けても起きないから心配したぞ」

「……ここは……」


 何度か瞬きしつつ、周囲を見回すと洞窟内を人工的に綺麗にした一室になっており、天井が高く周囲に明りが灯されており今までのどこよりも明るい所であった。

 私は動こうとしたがその時に、両手が後ろで拘束されそれを地面の器具にくっ付けられていると知った。


「そう言えば、さっきの話の続きを言っていなかったね」

「さっきの話?」

「どうして俺が君の名前を知っているかと言う事だよ」


 バベッチに言われて私は、そこで思い出した。

 そうだ、どうしてこいつが私の本当の名前を知っているのか何故か話してくれようとしていたんだった。

 今考えても目の前のコイツとはここが初対面であり、どこかで会っている記憶もなかったので不思議で仕方なない。

 そもそもこんな奴に私が男装して学院に居た事を知られた時点で、非情にマズイ状態である。

 私自身も家の立場も何もかも全て失う事に繋がりかねない事であると分かっていたからだ。

 どうにかしないといけないとは分かっているものの、対処のしようがなく私はかなり焦っていた。


「男装して学院に通っていた事がバレて、内心物凄く焦っている様な表情だな。真っ青だぞ顔が」

「っ……」

「安心しなよ。誰にもバラしやしないよ。どうせ、君の体はボスの物になるんだからバラしたら余計に面倒だろ……あっ、また話がそれたね」


 バベッチはそう言って立ち上がり、私を見下ろす形で再び話し始めた。


「それで理由だけど、この体の未練なのさ。この男はね、君のお母さんに学生の頃惚れていたんだよ。だけど、告白するも振られてしまってね。でも、それ以降も諦めず何度か告白し続けたんだよ」


 思いもしない話が始まり私は少しあっけにとられていた。

 え? お母様に恋していた? 何でそれが私の名前を知る理由になるの? と言うか未練って……

 私が少し首を傾げていたがバベッチは続けて話した。


「俺がこの体を貰った時に、このままじゃ彼が報われなさすぎると思ったんだ。そこで、彼の恋していた女性を密かに調べていたら君を知ったという事さ。ちょうどその時ボスの器探しもしていてね、君は能力も学力も申し分なかったから提案したのさ、ボスの次の器としてね」


 そこまで聞いて私はやっと話が繋がって来たと思った。

 元々私を攫う計画はあったものの、今日学院に忍び込んだのはあくまでオービンであったが、そこにちょうど私も巻き込まれる形で遭遇してしまったから攫われたのだと考えた。

 それをバベッチに言うと、バベッチは「まぁ、だいたい合っているよ」と返してきた。


「たまたま偶然近くに器の予備として使えそうなのが君だったと言うだけで、別に今日攫おうと思ってた訳じゃないんだ。でも、俺たちは運がいいよね~欲しかった物が2つ手に入ったし……まぁ、いらないおまけもついて来て台無しだけど」


 最後の方は少し呆れた様に話し、バベッチは小さくため息をついた。


「シーベルト。そいつが、次の私の器となる奴か?」


 突然部屋の奥に現れて声を掛けて来たのは、白髪で眼鏡を掛けた40代程の男性であった。

 目はきりっとしており、体格もすらっとしており雰囲気的には王国軍で一部隊を任されるであろうと言うオーラが出ているように見えた。

 バベッチは振り返り片膝を付いた。


「ボス、いらっしゃったんですね。そうです、この者が次のボスの器になる存在です」

「ほう。なかなかの力を持つ奴だな」


 ボスと呼ばれる人物は、両手を後ろで組み私の方へと近づいて来る。

 するとバベッチは立ち上がり口を開く。


「ボス、俺の名前は今バベッチなので、出来れば昔の名前で呼ばないで下さい」

「そんなの知るか。お前が勝手に乗り換える様な魔法を使うからだろ。私はそんな力が使えるなど知らなかったぞ」

「そりゃ、奥の手ですし例えボスでもそれは明かせないと言うものですよ。その代り、ボスに使ってあげますと言いましたでしょ」


 ボスと呼ばれる人物はバベッチの言葉を聞き、鋭い眼光で睨んでいるとそれを突然私の方に向けて来た。


「お前、名前は?」

「……」

「名前は?」


 二度目の問いかけにも私は黙って無視をした直後、私の右頬にボスと呼ばれた人物の左足の蹴りが飛んで来て蹴られる。

 私は思っていなかった事に動揺し、暫く蹴られた状態から顔を動かす事が出来ずにいた。

 そんな私を見下ろしながらボスと呼ばれた人物は舌打ちをした。


「名前も言えないガキが……まぁいいだろ」


 するとボスと呼ばれた人物は、私の目の前で腰を下ろして来て私の顔を片手で掴み、正面を向かせてきた。

 そのままじっと私の目を見つめていると、口を開いた。


「私の名前はロバート・ベンズ。お前が誰だが私にとってはどうでもいいが、この先お前として生きて行く為にお前を知らなければならい」

「っ……」

「もし話す気がないと言うなら、こうなるぞ」


 と言った直後ロバートは立ち上がり、その場で突然回し蹴りをバベッチの横っ腹へと叩き込み壁へと蹴り飛ばした。

 その衝撃は凄まじく、バベッチが壁に少しめり込んでおり部屋も少し揺れた感じがしていた。

 それよりも私はどうして突然バベッチを蹴り飛ばしたのか理解出来ずにいて、目を見開いていた。


「ぐっはぁぁ……ボス……どうじで……ごんなごとを……」


 先程の攻撃で骨が折れたのかバベッチの話し方がおかしくなっており、口からも吐血して地面を這いつくばりロバートへ片手を伸ばしていた。

 それをロバートは冷たい目線で見下ろしていた。

 私は完全に言葉を失ってしまい、ただ見ている事しか出来ずにいた。


「シーベルト。貴様、私を裏切ろうとここ最近裏で色々と動いていたな」

「っ!」

「私には筒抜けだぞ。しかも、王国軍に情報を売ったな貴様」


 ロバートはそう言いながら、地面へと倒れているバベッチへと向かって行く。


「ば、ばっでくだざい! 俺じゃ、俺じゃないでず! ボズ!」

「言い訳をしても無駄だ。証拠も証言も取れてるんだ。まさかお前が私を裏切ろうとするとはな、残念だよシーベルト……」


 そしてロバートはバベッチの顎に足を入れ勢いよく蹴り上げ、壁へと打ち付けそのまま貼り付ける様に腹部に片足を叩き込むロバート。


「ボズ……違うんででず……」

「何が違うんだ?」


 そう言ってロバートはバベッチの腹部へと捻じり込んだ足にさらに体重を乗せる。

 バベッチはその痛みで更に口から血を垂らし、何も話さずにいた。


「私が間違っていた事があるか? ないだろ、シーベルト……本当に残念だよ」


 直後ロバートはバベッチから足を離し、こちらに倒れて来る所をロバートは回し蹴りで吹き飛ばす。

 蹴り飛ばされたバベッチは完全に虫の息状態であったが、ロバートは更にそこへ追い打ちを掛けようと体を向け顔の前に片手を近付ける。


「私の前から失せろ」


 そう言ってロバートが指を鳴らすとバベッチの地面が四肢を貫く様に変化し、バベッチの悲痛な声がかすれる様に聞こえ渡る。

 再度ロバートが指を鳴らすと地面は元に戻った。


「この場で死ぬな。さっさと私の目の前から消えろ!」


 ロバートが高圧的に声を荒上げると、バベッチは地面を這いながら部屋の奥へと消えて行く。

 その道には血の跡が出来ていた。

 そして動き始めたのを見届けたロバートは、私の方に戻って来た。


「分かったかな。私に逆らえば、次は君がああなると言う事だよ。ちなみに、あいつが居なくなろうとも器への魂の移し方は把握済みだ」


 私の体は完全に萎縮し恐怖に支配されてしまい震えていた。

 何……何なのこいつは……やばい、やばすぎる……

 するとロバートは何故か私から視線を外し、私の後方へと視線を向け始めた。

 私も何とか首を曲げて後ろを向くと、奥の通路から誰かが走って近づいて来る足音が小さく聞こえた。

 その音は徐々に近付いて来て、私とロバートの前に姿を現した。

 私は現れた人物を見て、驚きの声が出てしまった。


「どうして……どうしてここにいるんだ、ルーク! トウマ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る