第59話 見つめる者

 タツミ先生は、吸った煙を口から吐いた直後むせてしまう。


「ごほっごほっ……はぁ~始めてみたはいいが、やっぱり俺には合わないな。こう、煙というかモヤモヤしたもんが喉に溜まるっていうか、何と言うか」


 するとタツミ先生は、吸っていたたばこを地面へと捨て足で踏みつけた。


「はっ! 急に話し掛けられて驚いたが、何だ、ただの学院お付きの医者じゃねか。死にたくなかったら、さっさとそこをどけ!」

「それはできないな。俺は学院お付きの医者だから、怪我した奴は見過ごせないんだよ」

「はぁ?」


 タツミ先生の訳の分からない返しに、イラついた王国軍の兵士は、巨大な狼の魔物を前へと出した。

 王国軍の兵士はタツミ先生を見下した態度で、最後の忠告だと言って死にたくないなら、今すぐそこをどけと言うが、タツミ先生はそれには従わず、うんざりしたような表情で肩をすくめた。

 そんな態度に王国軍の兵士は舌打ちをした後タツミ先生目掛けて、巨大な狼の魔物に指示して飛び掛からせた。


「やれやれ、しつけのなってない犬だ」


 直後、タツミ先生は飛び掛かって来た巨大な狼の魔物の下あごを、勢いよく蹴り上げる。

 そして宙に浮く巨大な狼の魔物に、タツミ先生は地面を蹴って柔らかい腹部目掛けて再び蹴り抜いた。

 巨大な狼の魔物は、背中から地面に打ち付けられ王国軍の兵士の前へと転がった。


「ばっ、馬鹿な!? 魔法もなしにこいつを吹き飛ばすなんて、あり得ない。何をした!」

「何って、ただ蹴り飛ばしただけだ。魔法なんて使ってないよ。もういいだろ、おとなしく俺に連行されろ」

「ふざけるな! おい、さっさと立て! お前をそんな雑魚に育てた覚えはないぞ!」


 すると巨大な狼の魔物は、ふらふらと立ち上がりタツミ先生へと威嚇をする。

 タツミ先生は巨大な狼の魔物が、自身の命を持っても主人の命を守ろうとする姿に、目の色を変えて小さく呟いた。


「そうか、お前がそこまでするなら、俺も本気で答えないとダメだな……」


 大きく深呼吸をした直後、タツミ先生は地面を強く蹴り巨大な狼の魔物へ目掛けて走り出すと、その魔物も大きく踏み込んで飛び掛かった。

 タツミ先生は、低い姿勢で白衣をなびかせつつ、懐からナイフを取り出し逆手で握り、構えた。

 巨大な狼の魔物が、前足で切り裂く攻撃を先に仕掛けるも、タツミ先生は宙に飛び上がり回避すると、その魔物の前足を振り抜いた方へ蹴りつけ、魔物を仰向けにさせる。

 そして、空中からナイフを魔物の心臓目掛けて、体重を乗せて突き刺した。

 直後、巨大な狼の魔物は、苦しい声を出すこともなく静かに息を引き取った。

 タツミ先生は巨大な狼の魔物から降りて、王国軍の兵士に背を向けたまま、両手を合わせ合掌した。


「さぁ、後はお前だけだ。そろそろ観念しろ」

「ぐぅぅ……役立たずめっ!」


 王国軍の兵士はそこで観念するかと思われたが、タツミ先生に攻撃態勢をとる。

 呆れかえるタツミ先生は、一度ため息をつくと王国軍の兵士の後方に見覚えのある姿が見え、目を細める。


「見つけだぞ……」

「ん?」


 王国軍の兵士はその声に振り返ると、そこにはルークが右肩を抑えて息を切らして立っていた。


「おいおい、1人で俺を追って来たのかよ? そんな使えねぇ腕で、何が出来るって言うんだよ王子様」

「黙れ……お前だけは、一発殴らないと気が済まないんだよ」

「やれるもんなら、やってみろよ! その前に、俺がお前を殺してやるよ!」


 王国軍の兵士は、一気にルークとの距離を縮めて右手を突き立てて、ルークの首元目掛けて突き出した。

 ルークは左手で突き出して来た手を弾くが、王国軍の兵士はそれを見越して左手を同じように突き出していた。


「(とった!)」


 そう王国軍の兵士が思ったが、その手はルークの首元をかすり空を突き抜けた。


「何っ!?」


 ルークは自身の反射神経で、王国軍の兵士の突きをギリギリでかわし、右手で拳を作り、力いっぱい王国軍の兵士の顔面にめり込ませ殴り飛ばした。

 勢いよく背中から倒れる王国軍の兵士にルークは、ゆっくりと近付いて行き、馬乗りになる。


「な…何を…ずるんだ…」

「俺の気が済むまで、お前を殴る」

「や、やべでくで…いばので、ばなも折れだ…血もどまらねぇ…」

「だから何だ」

「だがら、これ以上は…やべでぐで…」


 王国軍の兵士は、ルークの一撃を顔に受け鼻が折れており、鼻の穴からは血がだらだらと流れており、止まる気配がなかった。

 命乞いをする王国軍の兵士に対して、ルークは全く聞く耳を持たずに、自分の右肩の痛みさえも忘れて片腕を振り上げる。

 咄嗟に王国軍の兵士は、両手を自分の顔の前に出して頼むと叫ぶが、ルークは止まらず振り上げた腕を再び顔面目掛けて振り下ろす。

 しかし、その腕はタツミ先生によって掴まれて止められる。


「っ!」

「何驚いた顔してんだ? まさかお前、俺のことに気付いてなかったな」

「離せタツミ! コイツを殴らないと俺の怒りは収まらないんだ!」

「ダメだ」

「いいから離せ!」


 怒りに我を忘れた様にみえるルークに、タツミ先生は掴んだ腕を奥へと押し込んだ。

 するとルークの体中に激痛が走る。


「この中では、お前が一番の重症だ。それ以上動かすと、治すのに時間がかかる。何を言われたか知らないが、そこまでにしとけ」

「うぅぐぅ……タツミ…お前……ぐぅっ……」


 タツミ先生は、ため息をつき掴んだ腕を離し持って来ていた簡易キットで、ルークの右肩の応急処置を行う。

 そして、ルークに肩を貸して一度安静にしているようにと言い聞かせて、顔が鼻血だらけの王国軍の兵士に視線を向けた時だった。

 あきらめが悪いのか、背後を向けたタツミ先生に襲い掛かって来たのだ。

 しかしタツミ先生は冷静な表情で、肘で相手の顎を振り抜き脳震盪を起こさせ、気絶させた。


「お前も鼻が折れてるんだ、少しは安静にしてろ。全く、仕事を増やすな……はぁ~、とりあえず腕と足首を縛っておくか」


 そう言って、王国軍の兵士を持ってきたロープで拘束してから、簡単にルークに殴られた顔の診断をし始めた。

 そんな光景を渓谷の上から、双眼鏡の魔道具を使いずっと観察していた奴がいた。


「ありゃりゃ、やられちゃったか。残念。でもまぁ、データは取れたしオッケーだよな。それじゃ、そっちにデータは送ったんで、後はよろしく」


 その人物は、耳に耳栓の様な魔道具を付け、誰かと会話した後その魔道具を外し地面へと叩きつけると、魔法で跡形もなく粉砕した。


「さあ~てと、とりあえず俺の報告は終了と。後は、また楽しい楽しい学生生活を堪能しますかね~」


 すると、遠くからその人物を見つけた奴が声を掛けた。


「あっ! やっと見つけた! 急にどこに行くんだよ。探すん大変だったんだぞ、フェルト」

「ごめんごめん、ノルマ。こっちの方で、何か音が聞こえ気がしたんだけど、何もなかったわ~」

「全く、単独行動は控えろって言われたろ。それより、クリスたちはあっちだ。行くぞ!」

「はいはい」


 そしてフェルトは、ノルマの後を追ってクリスたちがいる方向へと走って行った。

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