【第二話】模擬戦⑤

「はあッ!!」



恭司はまるで一瞬のような速度で距離を詰める。


木刀は下から。


勢いに合わせた高速の振り上げだ。


ユウカは体制が整わない中、かろうじてその一撃を躱す。


しかし、


恭司の手によって振り上げられた木刀は、ユウカに躱された瞬間に下へと向きを変えた。


高速の方向転換ーー。


音速の振りーー。


いきなり振り下ろしと化けたその一撃に、ユウカはギリギリで木刀を挟み込ませる。


ギリリと膠着するが、その一瞬に恭司は片足を振り上げ、強烈な蹴りを放った。


ユウカは瞬時にガードしたが、体が浮くのは抑えられない。


ユウカはあっという間に蹴り飛ばされ、数瞬、宙を彷徨った。



「これ…………ッ!!まさか……ッ!?」



恭司はユウカの体の浮いたその一瞬を見逃さない。


まるで飛ぶように跳び、蹴り飛ばされている真っ最中のユウカに追い打ちをかける。


その構えは突きーー。


ユウカは蹴り飛ばされた影響など意に介さず、両手を木刀に添えて、その一撃にかち当てた。


足元は定まらない中でも、卓越した身体能力とセンスで、何とか直撃は防ぐ。


だが、


いくら両手でも、足が地面に付いていなければ力は出せない。


ユウカの体は、そのまま後ろへ吹き飛ばされた。



「しん、じ、られないッ!!」



ユウカは吹き飛ばされながら、何とか地に無理やり足を付き、何度かバウンドするように着地した。


勢いを殺すことには成功したが、その代償として思いのほか体力を消費してしまった。


ユウカは両足が地面に着いた途端、改めて構え直し、荒れた息遣いで恭司を見る。


恭司は既に、ユウカの目前で次の攻撃の準備を整え終わっていた。


構えは上ーー。


完全に振り下ろしだ。


ユウカは凄まじい速度で叩き落されるその一撃を、両手を使ってかろうじて受け止める。


さすがに二の舞は起こすまいとすぐに弾いたが、さっき感じたばかりの驚愕は当然まだ拭えていない。


この一撃も、さっきの技も、恭司は完全にユウカの動きを真似ていたのだ。


ユウカが代々の継承で身に付けたあの技を、あの足運びを太刀筋を、恭司は完全にコピーしていた。


普通じゃ勿論有り得ない。


アレは世の中には全く広まってなどいない技なのだ。


記憶どうこうの話じゃない。


恐ろしいセンスだ。


そして、


恭司の追撃はまだ終わっていない。


次は横からーー。


遠心力を利用した恐ろしく重くて速い一撃を、恭司は同い年の女の子へ向けて全力で打ち出す。


ユウカは木刀を縦にして両手でそれを受け止めたが、ユウカの軽い体はそれでも楽々と吹き飛んだ。


ユウカも武芸者であるが故にそうか弱いはずもないが、さすがに男と女だ。


筋力量は当然違うし、心なしか恭司の一撃はどんどん鋭く、重くなっている。


ユウカはまたしても、恭司の横薙ぎの一閃に吹き飛ばされた。



「さすがにッ!!これ以上は看過出来ない…………ッ!!」



ユウカは吹き飛ばれながらも器用に体制を整える。


前を見ると、恭司の追撃はまだ続いている様子だった。


息を吐かせるつもりはないということだろう。


次は上からの振り下ろしを考えているようだが、ユウカもいつまでも攻撃され続けるほど甘くはない。


瞬時に判断してその一撃を躱すと、まるで本当の瞬間移動のような速度でその場から撤退した。


さっきまででも十分にあり得ないスピードだったが、今回のはそれをもさらに大きく上回る。


まるで風ーー。


人間に出せる最高速度ーー。


最強の移動術ーー。


家族以外、未だ誰にも見せたことのない、ユウカの本当の奥の手ーー。


かつて、母親から直々に教わった秘技の一つーー。


その名はーーーー『瞬動』。



「もう怒ったッ!!これはホントの本気だからねッ!!」



ユウカは恭司から離れた場所で、木刀を突きに構えた。


どう考えても先手じゃ届かない場所だ。


後手でカウンター狙いだろう。


恭司はそう判断した。


だが、


ユウカはまるでこれから突っ込む予定であるかのように、体重を前に前にと移す。


恭司は瞬間的に判断を修正した。


ユウカはカウンターのタイミングを待つつもりなどない。


これは、間違いなく先手必勝を狙う構えだ。



「こればかりはさすがに光栄に思ってッ!!これはもう、身体能力とかじゃなくて、私の純然たる"技"だから…………ッ!!」



途端、


ユウカはその場から凄まじい速度で恭司に突き込んだ。


ユウカの立っていた地面は無残なほどに激しく破壊され、正しく一陣の風となって、恭司に突きの一撃を放つ。


それはもはや刀技の範疇には収まっていない。


まるで弾丸ーー。


本当に目にも留まらぬ速さで、ユウカは気付けば恭司の背後にまで移動していた。


そして、


ユウカの通ってきた地面は著しくめくり上がり、速さだけでなく破壊力も高かったことが、傍目からでも一瞬で分かった。


しかし…………



「何…………で……ッ!?」



圧倒的な移動速度に、圧倒的な破壊力ーー。


急所は敢えて外して打ち込んだものの、本当なら恭司は倒れているはずだった。


肩が外れているはずだった。


立っていられないはずだった。


なのに…………


恭司は平然と、そこに立ったままだった。



「あ、あり得ない…………」



ユウカは愕然とする。


こんなはずではなかった。


この展開は想定していなかった。


ユウカが本気の技を繰り出しても、通じないなんてーー。



「次は、俺の番だな」



恭司は背後にいるユウカの方にゆっくりと向き直ると、突きに構えた。


ユウカは未だショックを振り切れず、ほんの僅かな時間思考が停止する。


だが、


もう遅い。


恭司は構えた体制から急激に体重を前にシフトさせていくと、あっという間に攻撃体制を整え切ってしまった。


ユウカとの距離はそれなりにあって、とてもここから突きを当てることなど出来ないはずだが、ユウカは戦慄を禁じ得なかった。


出来る気がして、あり得る気がして、また真似される気がして、ユウカの背筋に冷たい汗が一瞬のうちに大滝となって滑り落ちた。


そして、


恭司は刀の切っ先をユウカの少し横に向け、その間に脹脛と太腿の筋肉が凄まじく膨張する。


…………これは、ユウカの時にはなかった動きだ。


世界がまるでスローモーションになったかのように、一瞬、恭司の動きが止まって見える。


しかし、


瞬き一つした頃には、止まっていたはずの恭司の姿はそこに無く、いつのまにかユウカの背後に立っていた。


剣技というよりはまるで砲撃のような技だが、恭司のそれは、ユウカのように派手な痕跡を残すことなく、ユウカよりも明らかに速かった。


恭司は、ユウカと同じ技を、ユウカ以上のクオリティでやってのけたのだ。



「恭司…………君は一体…………」



ユウカは尋ねる。


しかし、


それは恭司にも分からなかった。


何で、自分がこの技を使えるのかーー。


何故、"最初から知っていた"のかーー。



「分からない…………。ユウカのそれを見て、俺は咄嗟に懐かしく感じたんだ。この技を…………前にも使っていたことがあったような気がして…………試さずにはいられなかった」


「…………」


「悪いことをしたと思っている。もちろん、からかうとかそういうつもりではなかったんだ。ただ…………」


「…………」



場に変な空気だけが取り残される。


何気なく始めた腕試しで発覚したそれは、どちらにとっても、あまりにも大きすぎる事実だった。


戦いは自然と終わり、ユウカも恭司もその場に立ったまま、一言も喋らない。


しかし、



「これは…………久しぶりに帰ってきたらずいぶんと面白いものが見れた」



その時、2人の背後から突如として声が聞こえた。



「…………誰だ?」



恭司はいきなり現れたその男に容赦ない敵意を向ける。


パッと見た感じでは若そうに見えるが、肌の張り具合や服装などを見るに、おそらくは40ほどの歳だろうか。


平均的な身長だが、体つきは異常にしっかりしている。


筋肉がはち切れそうなほど膨らんでいて、服がパンパンになっているほどだ。


そして、


このヒシヒシと伝わってくる圧倒的な存在感ーー。


おそらくは武芸者。


それも…………かなりのレベルだ。



「そう睨みつけないでくれ。何も危害を加えにきたんじゃない。ただ家に帰ってきただけだ」


「家に?」



恭司はユウカを見た。


ユウカは頷いている。


どうやらそういうことらしい。



「私の…………お父さんです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る