第5話 これもある意味、不幸なのか?
俺はシルヴェッティさんを抱きとめたまま、床にダイブするかたちになる。
背中に痛みが走った。
「ぐぇっ」
情けない声が出ちまったな。
まぁ人助けだ。
仕方ないやね。
「シルヴェッティさん、ソウジロウさん。大丈夫? てめこの。気を付けろよっ」
ジェラル君はぶつかってきた男性の襟首を掴んでしまっていた。
背中をしたたか打って、呼吸が苦しいけど。
ジェラル君にやめさせるため、俺は肺にあるものを絞り出すように声を出した。
「かはっ。だ、大丈夫だから。やめて、くだ、さい……」
あれ?
右手にくにゅんって感触が。
なんだろう?
指が沈み込むくらいの、今まで触ったことのない柔らかさ。
「──ぁっ」
えっ?
くにゅくにゅくにゅ
「んっ、あっ、いやっ。そんなにされたら……」
俺の耳元からその声が聞こえた。
おまけに何やらとてもいい匂いが。
ってことは、このめちゃくちゃ柔らかい物体は……。
俺はシルヴェッティさんの下敷きになっているのにようやく気付いたんだ。
なるべく胸に触らないようにして、両脇に手をいれる。
そのままひょいと抱き起して。
超高速土下座。
「も、申し訳ありませんっ。煮るなり焼くなりなんなりとっ!」
「いえ、そのっ。私も不注意でしたので……」
途端に、背中に複数の痛みが走った。
「てめぇ。俺のシルヴェッティさんに何しやがるっ」
「くのくのくの」
「そうだぞ。俺たちのアイドルにっ」
何やら複数の男に踏まれ、蹴られ、足蹴にされてるみたいだ。
「あの。やめてください。この方は、私を助けようと」
シルヴェッティさんは、俺を弁護してくれているようなのだが。
男たちはそれに耳を貸さない。
「畜生っ。俺のおっぱいを」
「妬ましい妬ましい」
ゴスッゴスッっと、まだ蹴られまくってる。
痛いは痛いんだけど、背中にできたこの打ち身。
すぐに治ってるんだけどね。
それに細身とはいえ、俺はそこそこ鍛えていた。
バストーナメントって結構過酷だったからなぁ。
痛みくらいは感じるけど、この程度なんてこたぁない。
「お前ら、いい加減にしろっ!」
あー……。
ジェラル君が切れそうだ。
「ジェラル君。いいんですよ。シルヴェッティさんへの謝罪はいくらでするつもりです」
俺は蹴られながらも、身体を起す。
この連中と比べても、身長は低くはない。
「一度二度、蹴られるくらいは甘んじて受けましょう。それが俺に対する苦情なのであればいいんです。ただ、身に覚えのないことまでは受けられるわけがありません。俺のいたところにはこんな言葉があるんです。『仏の顔も、三度まで』、とね」
下腹の前で手を組んでから。
一度、お客様に対する四十五度の綺麗な会釈をする。
身体を起し、背筋を正して、お腹の前で手を重ねた状態で、口元に笑みを浮かべる。
もちろん、笑顔にはなっているが。
細められた俺の目の奥。
その瞳は『ゴミムシ』を見るようなものになってるだろうな。
俺が辱められたり、苦労する分は構わない。
だが、俺はこういうのは好かんのだ。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。ですが、三度目は、相手になりますよ?」
身体は大きい。
しかーし。
格闘技なんてやってないから、強がりだけなんだよな。
顔も優しい造りだから、凄味なんてありゃしない。
それでも、俺は振り向いて、そいつらに笑顔を作ってみせた。
副支配人時代に培った『営業スマイル』だ。
真の男のやせ我慢なのだ。
ただ男たちは不気味さを感じたのかもしれないな。
それぞれの場所に戻っていっちまった。
「騒ぎは収まったようです。シルヴェッティさん。申し訳ありませんでした」
「あ……、いえ。私の方こそ。どうぞこちらへお座りください。クレーリアちゃんたちもどうぞ」
「はい。ありがとうございます」
俺の右にクレーリアさん、その隣にジェラル君が座ると。
シルヴェッティさんは、頬を染めて、恥ずかしそうにしながら。
「今、お茶を入れてきますね。少々お待ちください」
振り返って走って行ってしまった。
「──ソウジロウさん。まじかっこよかったですよ」
「あぁ。みっともないものを見せてしまったね」
「いいえ。そんなことはありません。あのような暴力に訴えるなんて。卑怯なことだと思います」
「いいんです。ジェラル君。男はね、余計な争い事をしないものなんです」
「うんうん。笑顔だけで勝っちゃったのは凄かった」
「俺はね。仕事柄、先に謝ることにしているんです。ですがそれは、注意勧告であり、これ以上は引かないという意思表示です。もし、かかってこられたら困りますけどね。格闘技の経験もありませんし」
キラキラとしたジェラル君の目。
そんな期待されても困るんだけどなぁ。
「お待たせいたしました。お茶をどうぞ」
「はい。いただきます」
それは良く冷えた冷茶だった。
一口飲む。
うまいな。
「それでは二三質問してもよろしいでしょうか?」
「はい」
「まずはお名前をお願いします」
「はい。俺は、ソウジロウ・カツラです」
「ソウジロウ、様。家名がおありなんですね」
しまった。
まぁ、仕方ないか。
何やら用紙に書き込んでくれている。
文字は読めるけど、まだ書けそうもないから助かるな。
「失礼ですが、ご年齢は?」
「はい。三十八歳になりました」
「「「えっ?」」」
シルヴェッティさんだけでなく、クレーリアさん、ジェラル君まで驚いてる。
俺、何かおかしいこと言ったか?
そんなに驚かれても、俺、困るんだけど。
「ソウジロウさん。そんなに年上だったんですか? 私、二十代前半かと思っていました」
クレーリアさん、それは言い過ぎだよ。
確かに若い頃から老け顔だったけど、あっちでは三十くらいには見えてたぞ?
「そんなにおっさんだったんだ……」
おっさんいうなし。
「えぇ。私も驚きました」
シルヴェッティさん、あんたもか。
「失礼しました。お若く見えるんですね。では、続きを。ご出身はどちらでしょうか?」
「それなんですが。ちょっと訳ありで。ここがどこだか、わからなかったりするんです」
「シルヴェッティさん。ソウジロウさんですが。もしかしたら、流浪の民かと思うのですが」
するとシルヴェッティさんは、俺の腰のポーチを見て、興味津々になっていた。
「本当ですか? もしやそのお腰にあるものが」
「えぇ。それみたいですね。俺も先ほど試してみて、驚いたところなんです」
そこからは、何故か嬉しそうに作業を進めてくれるシルヴェッティさん。
それだけ珍しかったんだろうな。
俺への聞き取りが終わると、一枚のカードを持ってきてくれた。
「ソウジロウ様。この枠、ありますよね? ここに右手の人差し指をぎゅっと押し付けて縦横上下に、ゆっくりぐりぐりと、お願いできますか?」
「はい。こうで、いいですか?」
そこは鏡面仕上げのようになっていて、俺が押し付けると指紋が残るじゃないですかい。
まさか指紋検知でカードを識別してるとは思ってなかったわ。
俺と同じところから来た人が、関わってるな。
これは間違いなく。
「人は、それぞれ指の皺が違うそうなんです。これで本人の確認をすることになっていまして」
「なるほどね。指紋なんだ」
「はい。御存じなのですね?」
「たぶんこれ、俺と同じ場所から来た人が作ったんだと思いますよ」
「そうかもしれないと思ったこともあります。あまりにも高度で、便利ですからね。では、これで。登録は完了しました。探検者のランクというのがありまして、最初は八等級からとなります。依頼を成功させることで七、六と上がっていき。一番最上級が、特等級となります。ちなみに、クレーリアちゃんとジェラル君は七等級になったばかりですね」
「なるほど。……そういえば、クレーリアさん」
「はい」
「例の湖の緊急依頼ってどれだったんです?」
「あ、はい。シルヴェッティさん、大公様からの依頼。まだ解決してませんでしたよね?」
「はい。とてもじゃないですけど。あのようなものはちょっと……。この国の騎士団でも討伐が叶わなかったので……」
「あの。それ、見せてもらっても?」
「はい、こちらです」
シルヴェッティさんは、立ち上がって壁際にある依頼掲示板のようなところに歩いていった。
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