セラフィックブルーの思い出 ~巧みな真実の小出し~
前回、後に出てくるボスほど強くなる理由に見事な理由付けを行った作品として挙げた、セラフィックブルーと言うゲームについて、もう少し振り返ってみます。
このゲームは2005年ごろに個人製作された、フリーウェアのRPGです。
今回は特に、プロットの構成に関する話なので、物語の重要なポイントを容赦なく全てネタバレする事になります。
現在、完全版が入手困難になっているとは言え、今後、当該作品をプレイする可能性が僅かでもある方は読まない方が良いかと思われます。
プレイヤーは、モンスター駆除で生計を立てるレイクと言う戦士の青年を操作する事になります。
仕事のさなか、彼は強大な力を持つ異形に何故か命を狙われ、絶体絶命の窮地に立たされます。
そこへ、謎の女性ヴェーネが駆け付けて、圧倒的な力をもって異形を退け、レイクを救います。
ヴェーネはどうやらレイクの事をよく知る様子の一方、レイクの側は彼女を全く知りません。
レイクを助ける時に無理な力を開放したヴェーネは、記憶喪失に陥ってしまい、事情を説明する事が出来なくなってしまいました。
モンスターと呼んで片付けるには次元の違いすぎる、謎の異形に命を狙われながら、二人は真実を求めて旅に出ます。
そこからの大まかな展開は以下の通り。
・レイクは宿敵によって世界の果てから突き落とされ、フェジテと呼ばれる“別世界”に転移してしまう
・新たな仲間達とフェジテを探索するうち、そこは天空に浮かぶ大陸であり、元々レイクの住んでいた世界が地上だった……つまり二つの世界は同じ星であったことが判明する
・星は謎の異形=“星の癌”とも言える病魔におかされており、滅亡しようとしていた。レイクは、生まれながらに、癌を消し去る“セラフィックブルー”と言う使命を帯びており、ヴェーネは存在として不安定な彼(セラフィックブルー)の維持を支える為の補助要員として機能している。
情勢は地上に対してフェジテが圧倒的上位。これらの計画もフェジテ側の独断専行によるもの。
・フェジテにて、記憶を取り戻したヴェーネと再会。ともに、星を救うための組織に所属して戦うが、本来のヴェーネは“救世の道具”としての教育から人間性が欠落しており、厭世的・破滅願望を抱いていた
・戦いのさなか、レイクがヴェーネを守るために犠牲となる。魂を相手に取り込ませる事で「セラフィックブルーの維持」自体は可能であった。
レイクがヴェーネによって“セラフィックブルー”として維持されていたと言うことは、逆も然りであった(※1)
・新たなセラフィックブルー本体となったヴェーネによって、星の癌を統率する宿敵は討たれる。
しかしその宿敵は、駒として利用していたとある人間の夫婦に反逆され、世界を滅ぼす病魔としての力を奪われていた。
・夫婦はかつて、幼い娘をモンスター化の病で失い、その後さらにモンスター討伐のために惨殺された。その経験から反出生主義に取り憑かれ、輪廻転生の摂理すらも許せなくなった末に世界そのものを消し去ろうとしていた(※2)
・ヴェーネの中にあった破滅願望が現世に受肉し、夫婦と手を組んでしまう。
・夫婦にも勝利するヴェーネ。そして、星の癌から端を発した“全ての力”がヴェーネの分身(真のラスボス)に継承される。
・戦いによって分身を下したヴェーネ。あとはセラフィックブルーとしての力で、死に瀕した星を元に戻すだけだった。
しかしそれには「生きる意欲」が必要であり、道具として余分な人間性が備わらないよう教育されてきたヴェーネには不可能な事であった。
・取り込んでいたレイクの魂が、ヴェーネに示す。一度だけ、彼女にも「生きている時期」があった事を。それは、序盤で記憶喪失になって旅をしていた=セラフィックブルーとしての使命から解放されていた頃を意味していた。
・結果、セラフィックブルーの力は正常に行使され、世界は滅びを免れた。
……これでもかなり細部を省略しました。
実際、最も手際よく攻略したとしてもプレイ時間は50時間にも及びます。(※3)
予備知識なしの状態でプレイした私で、クリアには100時間を要しました。
さて、結論、何が言いたいかと言うと。
これらの情報の小出しが、非常に巧いと言うことです。
実プレイの経験があるとよくわかるのですが、先の伏線を充分に吟味するだけの時間はあり、なおかつダレる事もない絶妙なタイミングで、問題のスケールがどんどん大きく開けていきます。
ただ、序盤10時間には若干の難は感じました。
こうした、ジェットコースター的にどんどん視野が拓けていく展開の下準備に終始しているので、ここを乗り切れない人も多数居たようです。
具体的には、思わせ振りで抽象的な台詞(※4)があまりにも多く「何となくそう言うもの・後でわかるだろう」と割りきれなければ、かなり読み苦しいものです。
私が完走出来たのも「戦闘システムが面白くてやり甲斐がある」と言う、物語そのものにはあまり関係の無い部分でモチベーションを維持できた事が大きいと思います。
序盤も決してつまらなくはないのですが、かなりの負担は強いられるのも事実です。
それを差し引いても先に並べた、中盤以降の怒涛の展開を見逃すのは損だとも思います。
こうした表現は、戦闘がインフレしていく過程でもよくわかります。
力が、ベスト状態に比べて1/12しかない星の癌ですらレイクには歯が立たず、ヴェーネの記憶喪失と言う代償を伴ってようやく撃退しています。
倒せば倒すほど、星のエネルギー使い放題になっていく癌を全て排除したと思いきや、そこに夫婦の娘の力(かつて単体で大陸を滅ぼしかけた)が加わって、最終的には、
「敵全体に99,999ダメージを乱発するラスボスVS味方全体にリレイズ(※5)をひたすらかけ続ける主人公」
と言う、大味極まりない絵面になってしまっています。
とは言え、プレイヤー的にはヴェーネが動ける状態を維持しなければならないので、決して戦略性が失われていないのも見事な所です。
この作品について語られる時、単純に“複雑な伏線”そのものが評価されがちなのですが、このボリュームの話を過不足無く小出しにする巧みさにこそあると思います。
同じ話でも並べ方次第、と思わされます。
(※1)
つまり、最初の操作キャラクターであるレイクは主人公ではなかった……あるいは、レイクとヴェーネの二人合わせての主人公だった。
(※2)
きっかけこそ違えど、それはヴェーネと全く同じ心境でもあった。
(※3)
尤も、このゲームに“寄り道”の余地……つまりサブイベントはほとんどありません。
こうした長編RPGには定番の、隠しダンジョンや裏ボスも居ません。
作者が公式で「ヴェーネ達にあれ以上の戦いが存在してはならない」と、きっぱり表明しており、それは例えゲームとしてのメタ的なオマケ要素であっても例外では無かったようです。
(※4)
謎の人物が「運命が動き出したわ……」と(プレイヤーにとっては)唐突に呟くような定番ネタは勿論完備されており、他にも、膨大な数の名あり人物が、
「始まりを否定せよ。始まりの在らざるを知れ(以下略)」
「ハッピーエンドは失われた」
「ステレオタイプの幸福論の罪科というものだ」
などなどなどなど……ほか多数、好き放題言っているような出だしから始まります。
(※5)
あらかじめ掛けておくと、その人が戦闘不能になっても自動的に蘇生される。
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