第6話 暗闇の誘惑
「さ、試合も終わったことだし、行くわよ」
羽場と柳の試合を見たあと、隣に座っていた優乃がスっと立ちあがる。
「声かけなくてもいいのか?」
「今は邪魔になるだけでしょ? それに特に約束してる訳でもないから」
「なるほどね。で、次はどこ行くんだよ」
今の時間は10時半。だいたいの店が開いてる時間だ。さっさと俺が必要な買い物とやらを終わらせて帰りたいんだけど。
「映画よ」
「…………は?」
で、やってきたのは駅から少し歩いたところにある映画館。ショッピングモールと併設されていて、映画を見たあとはそのまま買い物も出来る為、今日みたいな休日だとわりと混雑している。
だから普通に同じ学校の奴らも見かける。まぁ、特に話しかけたりはしないけど。
「なぁ、マジで映画見んの? 俺、別にそんな見たいのないんだけど」
「私が見たいのよ。本当はもっと早くに見に来たかったけど、公開したばかりは混んでるでしょ? だから公開から時間が経って席も空いてる今日にしたの」
「なら一人で見てこいよ。適当に時間潰してるからさ。逃げないから安心して見てこい」
「は? なに馬鹿な事言ってるの? 一人だと高いじゃない」
「いや、今日は特に割引もない日だから変わんないだろ」
「二枚買えば安いのよ」
何が悲しくて見る気もない映画を妹と見なくちゃならないんだ。
「え、嫌だし」
「……そう。ならいいわ。見る人も少ない防音された空間で可愛い私が良からぬ事を考えた男の人に襲われて叫んでも誰も助けに来ないでされるがままにされて涙を流すだけだから。私、この歳で未婚の母になるのね……」
「あーもう! わかったわかった。一緒に見ればいいんだろ? ったく……その想像力はなんなんだよ」
「このくらい今の女の子は普通よ。危機管理は大事だもの。さ、チケット買うわよ」
よくわからない説明をされてから俺達はチケット売り場へ。そこで俺は手持ちの金が心許無い事に気付いた。チケット1枚1500円。財布の中には1700円。残る200円じゃ何も買えない。
初めから映画に行くって知っていればもう少し持ってきてたんだけどな。いや、知ってたら来なかったか。しょうがない。借りをつくるのは嫌だけど借りるしかないか。
「優乃、悪いんだけど少し金貸してくれないか?」
「私が出すから大丈夫よ。──すいません、コレの今からの回のチケットを二枚ください。カップル割引で」
「っ!?」
「はいチケット。行くわよ」
「行くわよってお前……俺達カップルじゃなくて兄妹だろうが」
「…………ふん」
二枚買えば安いって言ってたのはコレが理由か。だとしても優乃が俺の分も出すなんて何が起きたんだ。睨まれるくらいなら自分で出したかったんだけどな。
「ねぇ、スマホはマナーモードにしたの? ちゃんと確認しなさい」
入り口にいる受付にチケットを確認してもらった後、足を止めた優乃が振り向いてそう言う。
「大丈夫だっての」
「信用できないから言ってるの。ほら、早くちゃんと確認しなさい。あ、私はちょっと夏芽に電話してくるから、先に座っててちょうだい」
「あいよ」
スマホを取り出して離れていく優乃の姿を見てからチケットに書いてある番号の上映場所に入る。少し視線を回すと、同じのを見る客は他には5、6人くらい。
「席はここか。一番後ろなんだな。んで、マナーモードの確認を……っ!?」
優乃に言われた通りスマホを見る。するとそこにはモエッターからのメール通知が一件。桃姫さんからだ。
『キミも映画見に来てたんだね』
俺はすぐに辺りを見渡すけど男性しかいない。
「本当にただ見かけただけなのか? まさか映画館で前みたいな事はしてこないよな? 考えすぎか……」
と、そこで開始を告げるブザーの音が響き、スマホをポケットにしまった。優乃はまだ来ない。
そしてそのまま暗闇に包まれ、明かりはスクリーンからの光だけになったその時だ。
「やっほ。あ、後ろは振り向かないでね? 振り向いたら……わかってるよね?」
「桃姫さん……」
「せ〜いかい♪ さ、一緒に映画見ようね?」
「耳を触るのはやめてくれませんか……」
「嫌? それなら胸を押し付けちゃおっかな? えいえい♪」
「今日は連れもいるんです。だからさすがに……」
「大丈夫大丈夫。ほら、気にしないで映画に集中集中♪」
横目で隣を見るけど優乃はまだ来ていない。アイツ、なにしてんだよ……。
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