ボールクイーン【オチまで4分】
その星では、空に球体の神が浮かんでいた。
医療制度が発達し、人間はとうとう老衰を完全に克服した。細胞分裂の限界を決めていたテロメアを新生することに成功したのである。あらゆる病気に対する治療法は確立され、人間は不老不死の領域に突入した。しかし、その結果訪れたのは、過剰な人口増加である。食糧難を克服する手段が開発されても、この限られた地球という資源を増え続ける人間で分け合うのは不可能だった。
一部の人間は、地球を離れ遥か宇宙へと旅立った。しかし、地球に残りたい者を無下に宇宙に放り出すわけにはいかない。そこで地球を治める連邦議会は、最先端の技術力を用いて、ある精度を導入することにした。それが、空に浮かぶ球体の神、ボールクイーンである。
「あんなのが俺たちの神だなんてな。いくら人間が増えすぎたからって、ランダムに殺していくこたないだろ」
宇宙船技師のジョルジュはくるくるとプラスドライバーを回し、球体の機械を路上から見上げる。ジョルジュはUSUと呼ばれる宇宙基地で宇宙船を作っていた。
「まあな。でも、楽に死ねるだけ人思いってもんさ」アクバルはブラウンの縮毛を右手でいじる。「あいつの放つ高圧電流を喰らえば、苦しむ暇なくあの世行きだ」
「せっかく病気だとか怪我とかで死ぬリスクがなくなったってのに、妙な話だよ」
「そういえばさ、なんで議会のやつら年齢で死を訪れるシステムにしなかったんだろうな。人間100年も生きれば大往生だろ」ジョルジュは汗をぬぐい、訊ねた。
「決まってんだろ。連邦議会の奴ら、全員あのときすでに100歳を超えてたからだよ。自分たちを処刑するような法案を通すはずがないだろ」
「ああ、そういうことか」
「おーい!」とアクバルは天に声を張り上げる。「俺はいつお前に殺されるんだー?」
「バカお前! 殺されたらどうすんだ!」ジョルジュはアクバルの肩を掴んだ。
「そんなので殺されたりしねぇよ。あいつ、機械なんだぜ」
ボールクイーンは点滅する光を放ち、音声を出力する。
【死は確率で与えられる。これこそが平等の真の姿である】
「な? 大丈夫だろ? あいつ、あれしか返さないんだ」
「話したことなかったから知らなかったぜ……」ジョルジュは額の汗を拭いた。
赤ん坊から老人まで、死は平等に訪れる。ボールクイーンは来る日も来る日も、プログラムで導き出された人間に高圧電流の死を与えた。ジョルジュの親友、アクバルの命を奪ったのは、あの会話からほんの10日後のことであった。
親友の死以来気の抜けたようになっていたジョルジュは、アクバルの死から一年後、USU宇宙基地をクビになった。やる気も出ず、就職先も見つからない。ジョルジュの貯金残高はだんだんと少なくなっていき、みすぼらしい姿へと変貌していった。
ジョルジュは空腹の中、ぼろぼろの布切れをまとって道路からボールクイーンを見上げ、叫ぶ。「俺を殺してくれ!」
【死は確率で与えられる。これこそが平等の真の姿である】
ボールクイーンの答えはただそれだけだった。
「くそ、そっちがそのつもりなら、俺だって意地汚く生きてやる。親友の分までな!」
ジョルジュは奮起した。棚の奥にしまって埃まみれになっていた宇宙船技師の教科書を引っ張り出し、基礎から学び直した。その結果、ジョルジュは新しい職場を見つけ、前よりいい待遇で働けるようになった。
それから数年後、ジョルジュは青年から父親へと変貌していた。給料も上がり、子供を育てはじめたジョルジュは、生きる活力にみなぎっていた。ジョルジュは苦境を乗り越えて小さな幸せを掴んだのだ。
そんなある日、ジョルジュはいきなり死を与えられた。職場に行く最中、ボールクイーンから放たれた高圧電流によってその人生の幕を閉じたのである。
ジョルジュの妻は、その光景を家の玄関から見ていた。夫が突然雷に貫かれ一瞬にして絶命する姿を見て、妻は泣き叫んだ。後ろで手を降っていた子供を抱きしめ、妻は道路へと歩み出た。
「あの人は昔、死にたがっていたわ。なのに、あなたは殺さなかった。なんでよりによって今なの? あの人は生きたがっていたのよ! 人を弄んで楽しいの!?」
妻は泣き叫び、空に浮かぶ球体を睨んだ。
ボールクイーンは点滅し、音声を出力する。
【死は確率で与えられる。これこそが平等の真の姿である】
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