長年の夢【オチまで4分】

 トレジャは貧乏だが幸せに暮らしていた。六条一間の部屋に一人で暮らす。日雇いの労働では裕福な暮らしはできなかったが、安くで生活を豊かにする術をトレジャはたくさん知っていた。


 彼はいつも仕事終わりの帰り道、コンビニでシーチキンを買う。ビニール袋をぶら下げながら河川敷の夕陽を背景に歩くのは彼の二番目の楽しみだった。そして、一番の楽しみは、野良猫に買ったシーチキンを分け与え、一人と一匹、一瞬の永遠を楽しんだ。


 そんな彼も、このままの貧乏な生活が続くことをよしとしているわけではなかった。トレジャには夢があった。猫を飼ってあげられるような裕福な暮らしをしたかった。


 だからトレジャは毎日宝くじを買っていた。1等が当たれば10億円という破格の宝くじである。彼は毎日金持ちになることを夢見て生きていた。疲れた帰り道、猫と分け合うシーチキン。それもいいが、豪邸でペルシャ猫に肉を食べさせる生活に憧れないわけではなかった。


 そんなある日、トレジャの買ったくじが当選した。それも、1等。10億円の賞金が彼の手元に入った。彼は贅沢をするという夢を満喫した。女遊びにうつつを抜かしたりをしたり、高級な酒・食事を食べては贅沢の限りを尽くした。野良猫はトレジャの飼い猫となり、豪華な肉を食べさせてもらえるようになった。それでも資産はなくならない。


「宝くじが当たって、どんな気持ちですか?」アルドレは尋ねた。宝くじの高額当選者にインタビューをして、記事に起こすのである。


 トレジャは、「長年の夢が叶ったよ。最高の気分だ」と語り、満面の笑みを見せた。肉体労働で鍛えた体と喜びで生命力が溢れるばかりであった。アルドレは幸せな当選者という見出しで記事を書いた。ネットでは羨ましいという言葉が多く寄せられた。


 5年後、アルドレは宝くじの当選者のその後を追う企画でもう一度トレジャを取材することになった。


 大きな門のついた巨大な邸宅。プール付きの豪邸。トレジャの家に足を運ぶと、アルドレはトレジャの変わり果てた姿に驚愕した。皮膚は乾燥し、目には活気がない。ソファでうなだれたまま、アルドレを力なきまなこで睨んだ。


「トレジャさん。なんでそんなに元気がなくなってしまったんですか?」アルドレはペンを握りしめ訊ねた。


「楽しみがなくなったんだよ」


「なにをいっているんですか。こんな豪邸に住んで、毎日遊んで暮らしているんでしょう? 日雇い労働をしていたときと比べたら最高の暮らしじゃないですか」


「確かに、日々の暮らしは楽になった。でも、人生が変わるかもしれないという期待はもう二度と味わえない。あの頃の私は、宝くじが当たったらどうなるのか、毎日期待を込めて過ごしていた。あの気持ちは、なによりかけがえないものだったのだ。今はただあの頃に戻りたい。長年の夢というものは、叶う前が一番楽しいんだ」


 アルドレは信じがたいトレジャの言葉を記事に起こし、ネットに公開した。すると、また記事は反響を呼び、資金を求めていたとある研究所の所長がトレジャを訪ねてきた。


 所長はトレジャにこう尋ねた。

「あなたは宝くじが当たる前に戻りたいそうですね?」


「ええ。できることなら」トレジャは老いて動きの鈍い猫を抱き抱え、ソファに腰掛けていた。


「私たちはタイムマシンの研究をしています。もし宝くじで余るほどあるあなたのお金を投資してくれるなら、あなたを第一のタイムトラベラーにしてみせますよ」


 ひげをたっぷりと携えた所長の言葉をトレジャは信用したのか、彼に財産のほとんどを投資した。所長も彼を騙すことなく、タイムマシンの開発に勤しんだ。


 数十年経ち、所長もトレジャも年老いたが、タイムマシンはとうとう完成した。所長はトレジャを研究所に案内し、奇妙なバイク型の乗り物を見せた。


「さあ、どうぞ一番に乗ってください。これで宝くじが当たる前に帰れますよ」


 所長の言葉に、トレジャはかぶりを振った。


「バカをいいなさんな。私の長年の夢を、また叶えてしまうおつもりですか」

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