10話:体験入部週間
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
今日で入学式から一週間。今週から月末までは部活の体験入部ができる。
「翼と希空は何部入るの?」
「私はダンスかバスケ」
「ボクもダンス部気になってるけど…演劇も気になるんだよなぁ…マナは?」
「んー…園芸か…文学部かなぁ…」
「インドアだなぁ…」
「あ、でも演劇もちょっと気になるかも。海菜さんが昔、演劇部だったんだって」
ちなみに、私達が通っている
「じゃあマナ、演劇部の体験一緒に行こうよ」
「うん。いいよ。翼も行こ」
「えー…私演劇は見る専だし…」
「…翼、知ってるか?桃花中は星野望の母校なんだ」
「知ってるけど…」
「彼は中学生の頃演劇部だったんだ。つまり、あの学校の演劇部の部室にはかつて推しが居たんだよ」
「……いや、ごめん。私、希空みたいなキモいオタクじゃないからそういうので釣られたりしないって」
海菜さんの知り合いに星野望さんという舞台俳優がいる。翼は彼のファンで、彼のことを望様と呼んでいる。ちなみに希空は彼のお姉さんで声優の星野流美さんのファンだ。海菜さんが望さんの幼馴染であることは二人には話していない。別に隠しているわけではなく、わざわざ自分から言うのはなんだか自慢みたいで嫌だから言っていない。
「様付けしてる時点で君も充分キモい」
「いやいや…推しが居た空間がどうのこうの言う希空よりは絶対マシ」
「ボク、キモくないよね?マナ」
希空に同意を求められ、苦笑いして誤魔化す。希空には悪いが、気持ち悪くないとは言えない。
「ほら、引いてる」
「えぇ?マナぁ…」
「あはは…ごめん」
そしてその日の放課後。約束通り三人で演劇部の体験へ。
「こんにちはー」
「お、一年生?体験かな?」
「はい」
この学校は学年ごとに学年カラーがあり、スリッパやリボンやネクタイの色が違う。一年生は赤、二年生は青、三年生は緑だ。部室には既に何人か赤色のスリッパを履いている生徒が居た。1、2、3……私達を入れて六人だ。その中に同じ小学校だった子はいないようだ。
「じゃあ、とりあえず演劇部について説明するね。その名の通り演劇をする部活なんだけど、部員全員が舞台に立つわけじゃなくて、裏方と役者に分かれてるんだ。部長の私は裏方専門だから、舞台には立たない」
「部長の演技ひっどいもんな…」
「大根にもほどがある」
「そこ、うるさい」
「はい」
「…と、まぁ、私みたいに演技が苦手な部員も結構いるから。演技が出来なくても心配無いよ」
説明をした後、部長の合図で実際に劇を始める先輩たち。台本の無い即興劇だ。エチュードというらしい。小学生の頃に学芸会で演劇をしたことはあるが、舞台に立つことはあまり得意では無い。
やはり、演劇は見る方が楽しい。
「希空はどうする?演劇部?」
「そうだね。とりあえず第一志望かな。マナは?」
「私はやっぱり園芸部が気になる。翼は?」
「雰囲気は良さそうだったし、裏方ならやってもいいかな。他の部活次第」
「望様が居た部室で部活やりたくなったか」
「ちげぇよ。……けど、あそこに居たんだなぁって思うと感慨深いものはあるかもしれない。聖地巡礼したがるオタクの気持ちちょっとだけわかった気がする。見えたもん。中学生時代の望様が」
「モテてたんだろうなぁー」
「そりゃモテるでしょ。昔の写真見たことある?今と変わんないよ?イケメンは昔からイケメンなんだよ」
確かに、海菜さんから中学生の頃の写真を見せてもらったことがあるがほとんど変わらない。そのままだ。海菜さんも変わっていない。私達も大人になったところで顔はそこまで変わらないのかもしれない。
「イケメンかぁ……ボク、いまいちそういうのよくわかんないんだよね。というか、男の人より女の人の方が好き」
「私も、結婚するなら女の人の方がいいなぁ」
未だに男の人は怖い。伯父さんのように、慣れてしまえば平気だが。それでも、男性に対して恋をすることは今は全く考えられない。女性といる時の方が心が安定している。では、身体が男性で心が女性な人はどうなのかというと、初対面では心の性別まではわからないから見た目で判断してしまう。海菜さんのことも初対面の時に普段通りだったらもっと警戒していたかもしれない。
「じゃあマナ、ボクと結婚する?」
「希空と結婚かぁ……やだなぁ」
「……フラれてやんの」
「残念。じゃあ翼」
「じゃあってなんだよ。私で妥協すんなよ」
「冗談だよ」
私はまだ、自分の中に恋愛感情があるのか分からないが、二人はもう恋を知っているらしい。いつか、それぞれ別の人と付き合うのだろうか。そしたら、恋人が優先になるのだろうか。そう考えると、少し寂しくなる。
二人には恋人なんて作らないでそのままでいてほしい。
そう思うのはわがままなのだろうか。
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