11.都それぞれ(4)

 全員が黙り込んだのを見て、再度烏羽が口を開く。花実にではなく、紅緋へだ。


「――ええ、紅緋殿。急くのは一向に構いませんが、私の愉しみを横取りしないでくださいまし。猩々緋の護っていた戸を、我々が勝手に暴いても良いのですよ。ええ、妥協し合うのがよろしいかと」

「ふむ、それもそうだな。戸を開ける事は適わんだろうが、他所の社の邪魔はしたくない。俺は少し黙っていよう!」

「……聞き分けがよろしい事で。ええ、助かりますけど」


 恐らく何も分かっていないであろう紅緋は本当に事の成り行きを見守るようだ。お行儀よく口を閉ざして待っているのが伺える。

 代わりにそれまで青い顔をして硬直していた薄群青と、そしてずっと具合が悪そうな藤黄が参戦してきた。これまた花実ではなく、烏羽への制止的な意味合いが強い。


「烏羽サン、どうするつもりッスか?」

「あー……僕も社にいる時間は長くない、です、けど……この話は一度持ち帰りません? 今ここでしていい話ではないかと……」


 ふん、と烏羽が鼻を鳴らす。相手を小馬鹿にしたような笑みも健在だ。


「おや藤黄殿。一度持ち帰って、そして誰に相談するつもりで? ええ、薄汚い鼠はいつだって小癪なものです。ふふ」


 そうだぞ、と烏羽を援護したのは紫黒だった。薄墨もそちらに着くと思われるので奇しくも黒対他色というもう何度見たか分からない光景へと早変わりする。


「だいたい限界よ。悪いのは私達でも主様でもなくて、空気の読めない紅緋だわ」

「そう。……そもそも、ずっと変だとは思われて、いたと、思う。主様が……真偽を見極める能力を、持っているのなら、ずっと前から」

「そうよ! それにこれ以上、大兄様の機嫌を損ねないで。後が恐い」

「は?」


 紫黒の発言に烏羽のこめかみに青筋が浮いた。彼女はどんな状況であっても、一番に大兄を刺激してしまう。


 事の成り行きを見守っていたはずの紅緋が唐突に口を挟んだ。早くしろ、という催促ではない。喧嘩の仲裁と言うニュアンスでだ。


「――俺は烏羽の意見を優先した。赤都内での言い争いは許可していないぞ!」

「ですが……」

「見た所、俺の主よりも黒桐は何も知らないようだ。まあ、うちの主は異様に運が良いからな……真実に変な辿り着き方をしてしまったが。ともかく俺の目的を達成する為に、どのみちその話には触れる。身内で話をしてしまった方が後々拗れなくていいのではないだろうか?」

「――ならもう、紅緋サンは主神の思惑から外れてるって事になるんスね?」


 薄群青の棘のある言葉に対し、紅緋は緩やかに首を横へ振った。


「面白い事を言う。現状のどこに主神の命令が介在している? そも、主神は姿を消して出て来ないのにこの流れの舵取りをしているのは果たして主神だと言えるのか? 主神の命ならば従おう。だが、これは主神の勅令でも何でもないぞ」

「主神がいないからと言って、主神が最初に指示していた内容を無視していい理由にはならないッス」

「ならば薄群青。その『最初の指示』はどの事を指す? まさか数百年前の災害まにゅあるの事を言っている訳ではないだろうな」

「……」

「そう。最早、主神の思惑とやらは誰も知らない。月白は頑固過ぎて延々と真の意味での最初の指示を遂行し続けているが、それに効果があるとは思えんな。黄檗に至っては何を考えているのかまるで分からん。ならばまず俺がやるべきは、俺に輪力を供給してくれる主の協力を仰ぐことだ。この汚泥に満ちた世界で自由に行動する為には召喚士の力が必要可決だからだ。そしてそれを達成する為に、黒桐の助けが必要でもある」


 薄群青は考えるように沈黙し、そして苦々しく呟いた。


「それでも……どうせ主サンはこれを続けなきゃいけないんスよ。知らない方が良い事ってものが世の中には溢れる程あるんです。わざわざ教えなきゃ駄目なんスか? こんな事を」

「薄群青。お前は案外、情に厚い所があるんだな」


 はいはい、と烏羽がご機嫌そうに手を二度、三度と叩いた。邪悪さにさえ目を瞑れば幼稚園児に相対する大人のそれである。


「では、僭越ながらこの烏羽が。ええ、初期神使であるこの私が! 幕を引きましょう。それが正しい流れというものではありませんか。ねえ? 召喚士殿」


 神使同士の会話は分からないことばかりで、黙り込んでいると烏羽と目が合った。今までに見た事が無いくらいに凪いだ視線だ。そこに悪意はあまり見えず、それだけが気掛かり且つ不穏でもある。

 よろしいですか召喚士殿、と語りかけて来た声は聴いた事のない程に静かで落ち着いていた。


「な、なに……?」

「薄々勘付かれているとは思いますが。貴方がげぇむだと思い込んでいるこれ……現実です」

「……」

「可笑しいとは思いませんでしたか? 我々と普通に会話し、あまりにも現実味のある風景の中で過ごし、持ち込んだ覚えのない私物が社にある……。今まで本当にこれが、作られた世界だと思っていたのでしょうか?」


 喉が引き攣って声が出ない。それすらもリアルで、烏羽の言葉を肯定するかのようだ。そして何より。

 ――烏羽は嘘を言っていない、こんな内容の時に限って。


「当然、げぇむなどではありませんので……。ここで死亡すれば、現実の貴方も恐らくは同じ結末を辿る事でしょう。ええ、何やらご友人が入院しただの少し前に仰られていましたが――その方、大丈夫ですか? ええ、まさかお亡くなりになられたのではありませんか? ここで」


 ゆかりは入院したままだ。

 そしてチラホラと人口が減っている事にも気づいていた。フリースペースから人が消え、野良チャットも明らかに人が減っているのは分かっていた。けれど、作成したグループチャットの面子は一部を除いていつも通りだったし、そもそもまるで現実みたいだなんて自分自身の突飛な妄想だとしか思えなかったのだ。

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