11.都守・瑠璃(1)

 ***


 階段を上り、清掃の行き届いた廊下を進む。廊下はピカピカ、日本家屋と言えば古めかしいイメージで、それは宮にも当て嵌まるがどことなく新品同様の輝きを放っている。掃除に掃討口煩いと見た。


「瑠璃殿は、どこにいらっしゃるので?」


 不意に烏羽がそう訊ねる。答えたのは青都在住である白群だ。


「客室にいますね。執務室で客人を迎えるのは不躾だと言って、数日前から準備していたようです」

「ほう。それはそれは・・・・・・ええ。よろしい。私を見た時の、瑠璃殿の反応が楽しみですねえ」

「いやあ、それは・・・・・・。何事も無い方がいいですね、俺としては」


 やはりプレイヤーには分からない不穏な会話が繰り広げられる中、廊下を進んでいた白群が部屋の前で足を止める。

 荘厳な金箔が散りばめられた大きな戸。上品な輝きを放つそれに、思わず足が竦んでしまい花実は頭を振った。最近のゲームと言うのは進化したものだな、と現実逃避する。

 そんなガチガチに緊張した事を悟られたのか、或いはそういうプログラムを組まれているのか。花実の方を振り返った白群が穏やかな笑顔でヒソヒソと言葉を発する。


「召喚士様、俺がまず中にいる瑠璃様に声を掛けるので、何も気にせず付いてきて下さい。それだけで問題無いので」

「りょ、了解・・・・・・」


 ここでいつもの通りの愉快犯である烏羽が、花実の背に軽く手を触れた。


「おや? 緊張しているので? ええ、いつも神経が図太くいらっしゃる割には、こういった場面で緊張されますね。召喚士殿」

「まあ、職員室に入る時にも緊張するタイプだからね。仕方無いね」

「何ですか、その部屋。ええ、聞いた事がありませぬ」


 烏羽の軽口に付き合う余裕は無いので無視した。

 そんな事をしている間に、白群が客間にいるであろう瑠璃へと声を掛ける。すぐに中から返事があった。


「入っていいわ」


 短いながらも、凜と澄んだ声。緊張は最早、最高潮だ。何やかんや、黄都で都守には会わなかったし、烏羽はあまりにも出会いが初期過ぎたので緊張するには今更。

 今度こそ、会った事の無い都守と顔を合わせる事になるのだ。記念すべき2人目の偉い神使という訳である。


 許可を取った白群がこちらを振り返り、人の良さそうな表情のまま戸を指さす。


「返事もあったし、中に入りましょう。大丈夫、俺の後に続くだけで問題無いので。それに、召喚士様はお客様だから、悪気のない無礼くらい瑠璃様は見過ごしてくれますって」

「そッスよ、主サン。烏羽サンにあれだけ軽口叩いても殺されてないんだから、大丈夫ッス。確実に烏羽サンよりは優しいんで」

「あわわわわ・・・・・・」


 この緊張は生死に対するアレコレへの緊張ではないし、そんなに大事でもない。ともあれ、白群と薄群青は全く嘘を吐いている様子がないので本当に瑠璃は烏羽と比べて温厚というかマシな方なのだろう。

 一方で比較対象にされた挙げ句、軽めにディスられた烏羽はと言うと何とも言えない顔で薄群青を見つめていた。最近、彼をぞんざいに扱い過ぎている気がするのでたまには丁重に扱おうか。


「さ、それじゃ行きますよ」


 言って、白群がかなり気楽な勢いで戸をゆっくりと開ける。

 促されるまま、プレイヤーである花実は一番に入室させられた。そりゃそうだ。多分、このゲームの設定的にこの場にいる面子の中で最も位が高いのはプレイヤーである自分だ。


 中に入った途端、客室の豪奢な座布団に悠然と座すその神使と目が合う。目が合った瞬間、彼女こそが青都の都守・瑠璃であるとすぐに理解した。

 それはいっそ、暴力的なまでの美貌。名前の通り、瑠璃色の長髪は自然な光沢を放ち、一瞬たりとも同じ色をしていない、光を受けて淡く色が変わっているようにも見える。上品な衣に包まれた四肢は何らかの黄金比を満たしているであろう完璧なバランスだ。

 そしてその、美しい目鼻立ち。無駄なパーツは一切無く、ずっと見ていられるような面立ちだ。少し吊り目に見えるようなメイクを施されているが、それすらもアーモンド形の目をくっきりと見せ付けるのに一役買っている。


 ――ひ、ひえ~!! 目が潰れる!

 部屋に入る前よりも緊張した花実は、あり得ない速度で脈打つ心臓を押さえつつ、平静を装って勧められた座布団に座る。何だろう、この気持ちは。あまりにも目の前におわす御仁が美し過ぎて同じ空気を吸っている事さえ不敬に感じてしまう。

 必死に荒ぶる心を鎮めていると、気を利かせてくれたのか、瑠璃が話し掛けてきた。


「初めまして、召喚士様。わたくしは――」


 言葉が不自然な所で途切れる。何だろうと、意を決して瑠璃を見やった。と、どうやら彼女は自分の背後へ視線を送っているようだ。

 ――ええ、何だろう・・・・・・。

 恐る恐る、振り返る。花実の後ろを今まさに通過しようとしていたのは、初期神使である烏羽だ。それを認識した瞬間、瑠璃の声音が一変する。


「烏羽・・・・・・!? どういうつもりかしら。何故、この青都に?」


 酷く険のある言い方に、今まで神使達がやり取りしていた不穏な会話がすぐに思い出された。

 成程。事情は知らないが――どうやら、瑠璃と烏羽はあまり仲がよろしくないらしい。

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