46.アタッカーの不在(3)

 話は終わり、というつもりなのだろうか。再装填が終わったらしい銃を、濡羽が構え直す。

 引き金を引くだけで対峙している相手を傷付けられる武器。構えてから攻撃までの速度は、神使達が使う術よりずっと速い。一同の間に緊張が奔る。

 ただ、構図としては2対1である濡羽も、一発一発の射出先をよく考える必要があるのだろう。笑みを消したその顔で、銃口を僅かに彷徨わせる。


 それは一瞬の迷いで、けれど同時に一瞬の気の緩みでもあったのかもしれない。

 濡羽の立つ屋根、その真下から勢いよく細長い何かが飛び出してくる。それは屋根を貫き、破壊し、瓦を弾きながら正確に彼女を串刺しにするはずだった。

 が、彼女も身体能力が人間のそれとは比べものにならない神使という人外。寸での所で串刺しを回避する。


「――誰!?」


 出会って初めて驚きの表情を浮かべた彼女は穴の空いた屋根を睨み付ける。そこから、ひょいと這い上がってきたのは花実も知っている顔だった。


「白菫!! ええ!? 白花と一緒にいるって言ってたのに……!?」


 白花を見ている、と高らかに宣言して付いて来なかった白菫。その人が姿を現した。プレイヤーの疑問を受けて、小さく肩を竦める。


「見ての通りです、召喚士様。手伝いに参りました」

「マジか……。これは胸熱……」


 プレイヤーは感激しているが、当然ながら濡羽は感激出来る状況ではない。顔をしかめて、分かりやすく嫌そうな表情だ。それでも、黒系神使の宿命なのだろうか。しっかり相手を煽る事を忘れない。


「あらあら、白花はもういいのかしら? 放置していて、ここまで巻き込まれに来てしまうかもしれないじゃないのさ」


 対し、白菫はそれを鼻で笑った。


「野放しにしているはずがないだろう。山吹達に預けてきた」

「あの仕事にしか興味の無い連中に? そんな事、了承するとは思えないけれど」

「そうだな、確かに黄色とはそういう連中だ。が、黄都の混乱で要らん仕事が増えているのも事実。解決の為なら、その程度の手は貸してくれる」


 確かに山吹と藤黄が暴れるかもしれない白花を見張っておくイメージは一切湧かない。が、彼女等が非常にストイックなのは花実も知る所だ。現状で起こっている面倒なアレコレを解決できる可能性があるのならば、本来はやらないような仕事も引き受けるのだろう。そういう計算高さはイメージが出来る。

 ――確かなプランというか、目的が定まっていてゴールがあれば、手伝ってくれるって事ね。

 濡羽は非常に意外だと言わんばかりの顔をしているが、どのみち白菫がこの場にいるという事実を変える事は出来ない。


 紫黒が白菫に声を掛ける。


「あんなに頑なに残ると言っていたのは、演技だったの? 今この瞬間、濡羽に奇襲を仕掛ける為の」

「そうだな。とはいえ、烏羽がいたから俺の力は必要無いかと思っていたが」

「それは、まあ……」


 苦い表情の紫黒には同意しかない。

 これ以上、この話題を突く必要性は無いと思ったのだろう。白菫がいつの間にか装備していた槍を構え直す。白銀のそれは、恐ろしく鋭利だ。この武器を持って、濡羽に奇襲を仕掛けたようだ。


 弾の装填が終わり、そのまま撃ち出していない銃を握った濡羽はじりじりと3人から距離を取ろうと後退る。


「あのさ、病の件だけど。あの症状は何によって引き起こされたの?」


 戦闘が始まる前にと、花実は声を張り上げて訊ねた。形の良い濡羽の唇が緩やかに持ち上がる。


「あら? もう目にした事がきっとあるわよ」

「え?」


 花実が間抜けな声を発した瞬間、濡羽が素早く着物の合わせ目から『それ』を取り出す。

 そう、月城町でも見た。あの、汚泥を圧縮して作ったのかと言いたくなる黒い錠剤のような何か。


「どうしてこんなに真っ黒な錠剤を、身体を良くする薬だと思うのかしら。人間って、面白いわ!」

「なら、病に効く薬なんていうモノは……」

「そんな都合の良い薬を、どこの誰とも知らない薬師を名乗る不自然な女が持っている訳がないでしょう? 病の発症も飲食物に混ぜた汚泥が原因だし、それを一時的に抑制――というか制御する為に与えたのはこの薬。故に、体調は何も改善されてなどいないわ!」


 頭の片隅に過ぎる、汚泥と化した住人達の姿。薬を服用した時点で、濡羽の好きなタイミングで汚泥化させられるという事か。

 全て自作自演。マッチポンプの見本。何てダークな設定を持ち込んで来るんだと、花実は戦慄した。


「もう質問はないかしら?」


 濡羽のそれは、問いでありながら断定だった。

 花実の返事を聞く事無く、彼女は手に持っていた錠剤を放る。無防備で無力なプレイヤーの目の前へと。


「あ……!」


 錠剤は空中にて汚泥に早変わりし、文字通り泥が落ちてきたような音と共に花実の目の前に立ち塞がった。咄嗟の事に目を見張る。闇の深い事情に気を取られ過ぎていて、取り出した錠剤をどうするのかまで考えが回らなかった。一瞬で記憶から弾き出されたとも言う。


 そして流石の没入型RPG。ただの汚い泥であるはずの敵が、あまりにも大迫力で声も出ない。まるで本当にそれが存在しているかのような圧迫感だ。

 更に急激に悪くなる気分。元気を吸い取られているような、そんな心地がする。

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