45.アタッカーの不在(2)

 事態は予想以上に深刻だ。

 烏羽がいないだけで、まさかこんなにもぐだぐだになるとは思わなかった。が、多分これもヤツにまつわるイベントなのだろう。どうにか乗り越えなければ。


 どうするべきか思考を巡らせる。単純に1対1で紫黒が勝てないと言うのであれば、手数を増やすしかないだろう。プレイヤーに出来る事がそれだけと言ってもいい。


「――分かった、薄群青は結界を張らなくていいから、紫黒を手伝いに行こう」

「えっ、俺を参戦させるんスか? あの人、飛び道具も持ってるから悪手のような気もするけど」

「そうなんだけど、背に腹は代えられないというか……。それに、ずっと濡羽に張り付いておけば、銃なんてぶっ放している暇はないんじゃない? 知らないけど」

「うーん、まあ、ぶっちゃけそれしか方法がない気もしますね。割けるリソースが俺しかいないッスもんね、うちの社。せめて控えに攻撃出来る神使がいれば、一度離脱して編成を入れ替えるって手もあったんスけど」

「全員編成してストーリーにブチ込んでるから、変更出来る人員いないんだよね」

「知ってますよ、勿論」


 少し考える素振りを見せた薄群青だったが、頭を振って、更に右手を軽く振るう。


「主サンの命令なら、従いますよ。もう結界は無いんで、被弾には気を付けて下さいッス。こっちでも注意はするけど」

「よろしく」

「はいよ」


 身軽な動作で薄群青は小競り合いを繰り広げている、濡羽と紫黒の元へ走る。そのまま、猫のようなしなやかさで周辺にある木箱などを踏み台に、屋根へと駆け上って行った。

 薄群青の存在に気付いた濡羽、唇の端を釣り上げる。ちら、と花実を見やり言葉を吐き出した。


「おや、感染してしかもうかもしれないよ? 随分と大胆な事をするじゃないのさ」

「例の病は人間に感染するって事?」

「ふふ、そうさ。都の民を見たでしょう?」


 なるほど、と花実は内心で頷いた。この発言は嘘。今流行しているこれは、感染病の類いではない。

 それが明かされると、別の事が気になってくる。


「もしかして、もういっそ病気ですらないとか? どうなの、そのへん」

「人間様の社会ではこういう現象の事を病だと言わないの? どう見たって、それそのものでしょう」


 これも嘘。原因は病ではなく、もっと別の何かなのかもしれない。

 ただ、彼女にそれを聞く必要は無く、終わった後で紫黒に流行病とは何だったのかを聞けば全て明かされるのかもしれないけれど。


 お喋りは終わりだと言わんばかりに、薄群青が濡羽へと突っ込んで行く。強化で獲得した一対の脇差を携えてだ。

 基本的にプレイヤーの傍から離れない彼が滑らかに動いているというのは、少しだけ違和感がある。恐らくだが、他のプレイヤー達は彼をこういう風に使ったりはしないのだろう。


 滑るように移動し濡羽の細い首筋を狙った一太刀はしかし、彼女が振り上げた銃によって弾かれる。銃身が長いので、簡易的な棒状武器としても扱えるようだ。確実に使い方を間違ってはいるけれど。

 そして更に、見た目に反して濡羽の物理的な力――腕力はかなり強いようだった。少年のように小柄な薄群青が、片腕の一振りで吹っ飛ばされる。


 それを予想していたのだろう。薄群青がフェードアウトしたのを良い事に、すかさず紫黒が術式を起動。バレーボール程のサイズがあるそれを、濡羽へと弾き出す。

 水球は着弾と同時に弾けた。弾けたそれは水滴などではなく、瞬間的に凍り付いて周辺に薄く氷を張り巡らせた――


「ふん、ま、そんなものさね」


 鼻で笑った濡羽は全くの無傷だ。それどころか、2人の連携中に銃へと次弾を装填していたらしい。その銃口を――プレイヤーである、花実へと向ける。


「うわ!?」


 何か遮るものがある場所に。慌てて周囲を見回すが、避難には及ばなかった。というのも、先程吹き飛ばされた薄群青が戦線へと復帰。

 濡羽が引き金を引く、一瞬前にその銃身を渾身の力で蹴り上げたからだ。銃口は当然、空へとブレ、何も無い曇り空へと鉛玉が勢いよく射出される。


「おや、お荷物を抱えて大変そうねえ」


 ――否定はできない。

 どうやら自分はどこかに身を隠した方が良さそうだ。そろそろと移動し、遮蔽物のある場所を探す。が、そんな花実に対し、紫黒がすぐに釘を刺す。


「主様! あまり離れると、輪力の供給経路が途切れてしまうから。それ以上は離れないで」

「あ、はい」


 そういう設定があったのか。基本的に烏羽を矢面に立たせて見ているだけのプレイを強行していたので、知らなかった。意外と考える事が多いし、相手の神使がプレイヤーキルを狙ってくるのも完全に予想外である。そういう思考が出来るようになっているなんて。

 そんな花実の様子を見て、濡羽が嗤う。


「あらあら、荷物を抱えてアタシに挑もうだなんて、大変ね。お二方」

「ま、そういうもんッスから。召喚士っていうのは」

「達観? 何だか熟れているわね」


 戦闘が再開される。主に紫黒は中距離からの術攻撃と支援。本来は前線に出ないはずの薄群青が近距離攻撃と、ちぐはぐな組み合わせだ。いい加減、烏羽以外のアタッカーも欲しい所である。

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