12.ログアウト・ログイン
***
自室に独り取り残された花実は不意に今日はずっとゲームをしているという事実に気付いた。あまりにもリアル過ぎるグラフィックのせいで、ログアウトするのを忘れていたからだ。
朝食は軽くヨーグルトなどを食べてログインしたが、昼食などは摂っていない。途端、腹が空いてきたような気がしてスマートフォンを手に取る。そのまま、特に考えずログアウトのバナーをタップした。
意識が現実へと戻るような感覚。ヘルメットのような装置を両手で持ち上げて外す。味気ない自室が広がる中、不意に不自然さを覚えた。
「外……暗くない?」
真昼にしては、あまりにも窓の外が薄暗い。慌てて時計を見ると、19時を少し回っていた。そんな馬鹿な。そこまで長時間ゲームをやっていた感覚はまるで無かったと言うのに。
恐々としながらも、それならば余計に空腹であると思い至る。今までさっぱり意識していなかったが、途端に腹の虫が嫌な声で鳴いた。
ぐったりと溜息を吐き、カップラーメンを取り出す。手早く夕食を摂って、ゲームに戻るとしよう――
そこまで考えて、はたと首を傾げる。
――流石に私、ゲームのし過ぎではないだろうか? 日常生活があまりにも疎かになっているような。
***
結果として、ゲームに再ログイン出来たのは21時を回った後だった。夕食後、色々考えた結果、このまま長時間ログアウトを忘れそうだったので風呂に入ったり友人からのメッセージに返信したりと、やるべき事を全て済ましてきたのである。
ただ、あまりにもゲームに没頭し過ぎて廃人と化しそうなので時間には気を付けてプレイしようと思う。今は休みだから良いが、大学が始まればそうはいかない。
教訓を旨に周囲を見回す。
ログイン地点は月城町の宿――ではなく、社の自室だ。そういえば、ストーリー中にログアウトを敢行した事はなかったが、自室に戻されるのか。スタート地点はいつも自室という事かもしれない。
などと考え事をしていると、全く唐突に戸が開け放たれた。驚き過ぎて、一瞬だけ息が止まる。おや、と戸の外から現れた烏羽が目を丸くした。
「帰っていらっしゃったようで。ええ、はい」
――待って、鍵は?
そうだ、鍵は掛かっていない。何せストーリーへ行く時に開けたままにしてきた。ログアウトしている時だけしか鍵を掛けないからだ。つまり、内側からしか今まで鍵を掛けた事が無い。
よって、ストーリーからログアウトした場合、必然的に部屋の鍵は開いたままになる。当然、鍵は掛かっていないので烏羽と鉢合わせした訳だ。
「え、ちょ、私がいない間に部屋入った?」
「いいえ?」
――嘘を吐くな!
自然な動作で不審さも無く、NOと言ってのけた初期神使に戦慄する。あまりにも自信満々に嘘を吐いているが、こちらにはそれが嘘だと分かっているのだから普通に恐い。
だがしかし、よくよく考えてみたら現実の自室と違って、ゲーム内での自室に盗られて困るような物、もしくは盗られるような物は何一つ無い。条件反射でビビってしまったが、特に痛い訳でも無いし次からは気を付けよう。
ところで、と部屋の入室に関して嘘を吐いた彼が極々自然な入りで話題を変える。探られると痛い腹があるからだろう。
「急にろぐあうとするのは止めて頂いてよろしいですか? ええ、驚いてしまいますので」
「ああうん、ごめん」
「分かっておられます? まあ、よろしいですよ。はい。貴方様がそうしたいのであれば、一神使めに貴方様の行動を縛る事など出来ませんのでね。ええ。しかし、何故急に戻られたのです?」
「お腹減ってて。他にもやらないといけない事がある訳だし」
「食事? ここで摂れば良かったではありませんか。風呂も着替えも、社を修繕すればよろしいかと。ええ」
――やっぱりデータなんだな、この人等。
日常生活会話を織り交ぜる事により、よりゲーム内への没入感を高める戦法か。成程、それはよく効く。ゲームとは没入感が命みたいな所もあるので、こういう何気ない日常会話はゲーマーとしても嬉しい限りだ。
メタ的な発言ばかりする烏羽だが、ちゃんとゲームらしいボイスも搭載されているようで何より。ほんの少しだけ愛せる気がしてきた。
「じゃあ、ストーリーに戻ろうか」
「帰ってすぐすとーりを進めるのですね。ええ、次こそは途中でお戻りになられないで下さいよ」
「そうだね」
適当に返事をしつつ、部屋の外に出る。やはり、ストーリーが巻き起こっている現地へ行く為にはもう一度門を通り抜けなければならないらしい。面倒臭いが、これはどういう意図でこんなシステムにしたのだろうか?
外の門へ向かいながら、少しだけ機嫌の良い花実は烏羽に声を掛けてみる。基本的に話し掛けてくるのは彼の方なのだが、ちょっとだけ興が乗ったので。
「私がいない間、烏羽は何をしているの?」
「何も。ええ、暇な時間を過ごしておりますとも。何せ、社には何もないし誰もいませんから」
「ゴロゴロしてるって事?」
「今日はよくお話されるようで。ええ、何よりです。しかし、そのような物言いは些か引っ掛かる物を感じますねぇ……。しかしまあ、眠っていると言えば眠っているのかもしれません。睡眠は取らないので、あくまで目を瞑っているだけですが」
ゲームに出来る限りログインさせようという生々しい台詞を頂いてしまった。
そうこうしている内に、門の前へ辿り着いたので『中断地点から再開』をタップする。やはりいつも通りに門が開いたので、勝手知ったる調子でその先へと歩を進めた。
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