耳を澄ませば?
バイク整備(改造とも言う、改悪?)も早々に終わり、今宵のアルコール分とおつまみの買い出しの為、みんなでコンビニへ。宗則の提案で徒歩移動。
部屋でゴロゴロしている時とはまた違った空気で会話が弾む。遠足とかピクニックのような、というと言い過ぎか。
「でさ、その人が真顔で言うのよ、『バイクの声が聞こえる』って!」
「まー愛着があるっていうか、その人なりの愛情表現なんじゃない? 猫好きな人とか会話してるでしょ」
洋子も宗則と同じ肯定派。と、そこまでじゃないにしても「まぁそう言うのもいいんじゃない?」的な感じだ。
それに比べて私ときたら、多分何かしら自分で納得出来るまで白黒つけたい気性なんだろう。だからトマトみたいに、緩い感じだけど自分をしっかり持っているタイプが少し気になったのかも知れない。より良い子孫を残す為に遺伝子から自分にない要素に惹かれる様に命令が出ているのかも。背が低い人は背が高い人を、ガリガリに痩せてる男はふくよかな女性を。
トマトの顔はどうだったか、世間的にはイケメンに属するのか、いやこれ以上考えるのはよそう……。
それにしてもただ歩くだけなのにこんなに辛いとは。夏も終わりに近づいているというのにセミの声はするし、風も生温い。とめどなく吹き出てくる汗は拭くのすら億劫になる。
「私は会社行く時歩いてるけど、キョウはしんどいんじゃない?」汗だくの私を、それほど汗をかいていない洋子が心配そうに覗き込む。
言われてみると、宗則も洋子も普段は電車通勤。家から駅まで、駅から会社までを毎日歩いている訳だ。
宗則の奴、何が「偶には運動しなきゃ」よ。バイク通勤の私の方がよっぽど運動不足じゃないの。
汗をかいて気持ち悪い事この上ないけど、それでもこうして歩いていると普段のバイクの速度と比べ、見えてくるものや感じるものが違う事に気付く。
すれ違うスクーターの音、今は殆ど小型なんだね。
珍しい2ストが通った後のオイルの匂い。
遠くで聞こえる直管に近いエキゾーストノートはさほど割れていないから旧車會かな。
「お、今日はいつものSRいない。ちゃんと動いてんだね」
「SR?」洋子が尋ねる、
「いつもそこの駐車場の端っこに停まってるでしょ? 毎朝見るけど毎回同じ位置だから心配してたんだよ」
クラシック系のバイクだから洋子も
次は道路を挟んだ向かい側の家屋と物置の隙間、そこにあるカバーの掛かっていない原付が気になった。
「あのオフ車って結構古そう」
暫く動いて無さそうなこういうバイクを見つけるとなんとなくお宝発見の可能性を感じてワクワクしてしまう。話したら安く譲ってくれないかな、とか。
「あー、色的にホンダ(赤)じゃね? 多分MTX辺りじゃないかなー」
「え? なんの話?」洋子が辺りを見回す。
「ほら、そこの家の脇の……」
「二人ともなんであそこにバイクあるってわかったの⁇」
言われて初めて宗則と顔を見合わす。ヤツの表情から自分でもわからない様子が伺える。ってことはつまり私の顔も同じ感じなんだろう。
「見えてたべ」「そうそう」
「……ねぇ? 途中に通った公園にさ、
「あったっけ?」「見てねーなー」
「さっきのバイクは?」
「何となくそっち向いたらあったというか……」
「それもう呼ばれてるじゃない! 二人とも声聞こえてるよ!」
店を出たらすぐにプシュッと音を立ててビールを開けた。コンビニまで散歩しただけなんだけど沢山汗をかいて、とても美味しく感じた。
マナーもガラも悪いけど、帰りは飲みながら復路お散歩。バイクで来てたらこんなことは出来ないよね。たまに歩くのも悪くない。
そうそう、この話には後日談もあるんだ。
またね、バイトの休憩中に彼に会ったんだ。
別の友達たちと、この前と同じように楽しそうに話してた。
「わかるー」とか「重症だよソレ」とか賛否両論ありつつも盛り上がっている。
その時の私は傍観者ではない、私から声を掛けた。
「アタシも。偶にだけど聞こえますよ、バイクの声」
店内と同じように、いや、営業用じゃない笑顔を添えて。
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