4 その夜の話
「お願いですー! 別にいいじゃないですか、一緒に寝ても!」
「ダメったらダメ! それにこういうのは君が卒業するまで無しって言ったろ!」
「今時そんなことしてる人います!? オレの周りの大学生で恋人いる人、ほとんど同棲してアレコレやってますよ!」
「よそはよそ! うちはうち!」
「でも檜山さんだってオレのことすごく好きじゃないですか! 昼間も草津の湯が何とか言って」
「やめてそれ今になって恥ずかしいからほんとやめて!」
「とにかくもっとイチャイチャしたいです! どうかよろしくお願いします!」
「綺麗な土下座だねー! でもダメ!」
「ケチ! ヘタレ!」
「もしもし、慎太郎君のお母様ですか? お宅の息子さんを強制送還したく……」
「わああああそれだけはーっ!」
檜山さんに飛びつき説得し、ギリギリ強制送還だけは免れることになった。親と恋人の繋がりが深いとこういうのあるよね。辛い。
そのあとちょっと話し合った結果、寝る前に十五分だけ抱っこしてもらうことで妥協案となった。いや抱っこって。オレ二十歳だよね? 二歳じゃないよね?
不満は残るが、仕方ない。オレも丹波さんと同じで、あんまり急ぎすぎちゃいけないのかもしれないからだ。檜山さんは平気だと言ってるけど、彼は長く辛い思いをしてきた人である。オレ相手なら大丈夫だと何度でも伝えたいけど、それだって彼の負担になっていてもおかしくない。
「……そんなことないよ」
けれど思っていたことを全部吐いたところ、後ろからオレを抱きしめた檜山さんはそう言ってくれた。
「煮えきらない態度を取ってる僕に、君が変わらず同じ感情を向けてくれるのは嬉しく思ってる。……満足に応えられなくて、申し訳ないとも」
「そうですか?」
「うん。……でも」
体に回された腕に、力がこもる。檜山さんの頭が、オレの肩のところにコトンと落ちてきた。
「……手を出したら、一気に転げ落ちていきそうで怖い」
「別にいいのに」
「良くない、僕は君が大事だ。それに僕、そうなったら多分慎太郎君が嫌がってもやめないよ?」
「わあー」
「うん、極端なんだろうな。これはあまり良くないと思う」
……そうかな。そんなことも無いと思うけど。オレは落ち込んだ檜山さんを慰めたくて、ふわふわした髪に手を置いた。
感触が心地よくて、二、三度撫でてみる。そのまま、口を開いた。
「ねぇ檜山さん。ぶっちゃけ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ」
「……そうかな」
「はい。だって檜山さんが不安になってることって、オレ全部普通のことだと思いますもん」
「普通?」
「ええ。間違えるのも、傷つけるのも、傷つくのも。いくら好きな人と付き合えても、そういうことが起こるのって普通だと思います。でも、相手のことが好きだから何とか対処して、また一緒にいようとするんじゃないかなって」
「……」
「だからオレも、檜山さんとそうできたらいいなと思います。檜山さんはどうですか?」
そう言って彼の髪に頬を寄せると、オレと同じシャンプーの匂いがした。だけどその一方で檜山さんの匂いも混ざってて、ドキリとしてしまう。なのにどこか安心してしまうのは、子供の頃の記憶と結びついているからだろうか。
「……そっか。僕が、普通か」
そうして答えてくれた檜山さんの声は、どことなく嬉しそうに聞こえた。
「そうだね。今の僕はだいぶ臆病なんだろうな。君の言う通り、もっと踏み出してもいいのかもしれない」
「! はい!」
「相談に乗ってくれてありがとう。君の望みを叶えられるよう、もう少し努力してみる」
「はい、お願いします! あ、もしよかったらぜひこのまま……」
「あ、もう十五分経ったね。よし抱っこ終了。解散」
「檜山さーん!」
あんまりである。やっと進展するかと思ったのに。
でもオレがぶーぶー言いながら未練がましく檜山さんに抱きついていると、ふと前髪をかき上げられた。そのまま、そこに何か柔らかいものが触れる。数秒何をされたか分からなかったオレだったけど、ようやく彼の行為に思い至った瞬間ぶわっと顔が真っ赤になった。
「ほわああああっ! キス! キス!」
「あ、バレた」
「キス!? 今キスしてくれました!?」
「うん、ちょっとだけど手を出してみた」
「ほあっ! ほああああっ!」
「そ、そこまで慌てる? おでこにキスしただけだよ?」
そうだ、おでこにキスされただけだ。不思議そうな顔をする檜山さんであるが、実は一番びっくりしているのはオレだった。
心臓は口から出そうだし、顔は熱いし。何? オレおでこにチューされただけでこうなんの? ならこれ以上のことされたらどうなんの?
死ぬの?
やだ死にたくない。せっかく檜山さんの恋人になれたんだから長生きしたい。添い遂げたい。
「……ふはっ」
だけどそうやってオレがもだもだしていると、檜山さんが吹き出した。
「慎太郎君、面白いね。おでこにキスでそうなるんだったら、君も僕といい勝負じゃないか」
「な、何の勝負ですか!?」
「あんまりぐいぐい来られると困るんじゃない?」
「そそそそそんなことは!」
「無い? ほんと?」
檜山さんの顔が近づく。首筋に彼の指先が触れ、そのままゆっくりと這う。檜山さんの温かさと、匂いと、息遣いが、耳のすぐそばにあって。
「……じゃあ、もう少し先のことをしてみ」
「なーーーーっ!!!!」
パニックに陥ったオレは、思いっきり檜山さんを突き飛ばしてしまった。
呆気無くひっくり返った檜山さんに、でもオレはオレでひたすらに混乱していて、持ってきたマイ枕を胸に抱えて後ずさりした。
「こっ、ここここっ、今回はこれぐらいにしてあげます! ですが今に見てろよ! 次はギャフンと言わせてやりますから!」
「なんで敵役みたいなこと言ってるの?」
「おおおおおおやすみなさい! 檜山さん大好き!」
「うん、僕も」
こうなってしまうともうまともに檜山さんの顔も見られなくて、オレはドタドタと階段を駆け上がった。そして部屋に戻るなり、安心安全と名高いお布団に頭から突っ込んだ。
「……うううー」
枕をぎゅっと抱きしめて、檜山さんにキスされたおでこを押さえる。思い出すだけでドキドキするし、何故か涙も出てきた。
「ヘタレなのは、オレの方じゃんかぁ……!」
情けなくてみっともなくて、早く寝て忘れてしまおうと布団をかぶり直す。でも目をつぶると檜山さんの顔が浮かんでしまって、しばらくは何度も寝返りを打ってうめいていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます