13 願いが叶うなら
――数秒、檜山さんの質問の意味が分からなくて。でも彼の言葉を理解した瞬間、オレはお腹の底から声を出していた。
「はい!!!! お願いします!!!!」
そして、それはオレの望む所だった。
「……え?」
「え!? だって檜山さんのわがままをいの一番に聞けるんですよね!? じゃあオレが断るわけないじゃないですか! 渡りに船ですよ!!」
「……ええー?」
「オレ、檜山さんのわがままならなんでも聞きたいです! どうぞ!! よろしくお願いします!!」
仰向けの状態ながら、食い気味に檜山さんに頭を下げたオレである。けれど何故か、上に乗っかった檜山さんはちょっと困ったみたいに眉間に皺を寄せていた。
「……慎太郎君。君、本当に僕の言ってる意味が分かってる?」
「? 分かってると思いますけど」
「…………。もしかしてさ、僕のしたいことは君と二人で花畑で手を繋いでスキップするみたいなことだと思ってないか?」
「あ、それもいいですね」
「ああ、あああー」
それを聞くやいなや、檜山さんは両手で顔を覆ってオレの胸に崩れ込んでしまった。深呼吸をしたのか、一度大きく彼の肩が動く。触れている部分は、いつもよりほんの少し体温が高い気がした。
「……檜山さん?」
「頼む、ちょっと話しかけないでくれ。僕は今心底自分が嫌になってる」
「……」
それでだいぶ誤解されてるなと思って、オレは両手を伸ばして檜山さんの顔を挟んだのである。
「檜山さん」
戸惑った顔をこちらに向けて、少しずれた眼鏡を直してあげる。
……白い髪が、うっすらと外の光を透かしている。髪色は何にでも染まるのに、この檜山正樹という人間だけは決して染まらずいつも悠然として見えた。
――例えるなら、海のような深い青緑か。この人に色があるのなら、オレは爪の先まですっかり染まってみたいと思ったことがあった。
「……ねぇ、信じてください。檜山さんの言った意味ぐらい、オレちゃんと理解してますよ」
息のかかるぐらいの近くで、彼に伝える。
「それより、檜山さんこそどれぐらいオレに好かれてるかご存知無いでしょう。
オレ、多分ちょっと異常なぐらい檜山さんのことが好きですよ。転んだってドジしたって格好良く見えますし、何したって余裕で大好きです。たとえあなたがいらないと吐き出したものも、叩きつけたものも――それこそ、バケモノと呼んだ部分も。オレは、丸ごと好きになる自信があります」
「……」
「それぐらい好きなんです。あなたが向けてくれるのなら、本当に何だって欲しい。もちろん、檜山さんが欲しがってくれるならオレの全部だってあげていい。
……愛してます。オレは、オレに叶えられるあなたのわがまま全てを叶えたいんです」
檜山さんの目を見て、そう言い切って。すると、みるみるうちにオレの手の中が熱くなった。
挟んだ檜山さんの顔は真っ赤になり、見たことのない表情をして目を泳がせている。……これ、狼狽? 照れてる?
「ちょ……タイム」
そして、ぱちんとオレの顔が手のひらで覆われた。
「これ以上は……まずい。ごめん」
「え、なんですかなんですか。見えないです。っていうか何がまずいんですか?」
「……い、言いたくない。色々、色々だ」
「色々……? あ!」
ちょっと考えたらすぐに答えに行き着いたので、何とか檜山さんの手を振り解こうとした。
「大丈夫です! オレはオールオッケーですよ! だってもう二十歳ですし! 大人ですし!」
「ま、待って、ちがっ……いや、違わない、か? と、とにかく今は勘弁してくれ」
「なんで!」
「……い、今やったら、絶対加減できない」
「なんだ、そんなこと! 加減とかいらないですよ! 全力でお願いします!!」
「ダメだ。今何時だと思ってるんだ」
「じゃあ夜にお願いします!」
「いや……。頼むから、今日は帰って欲しい……」
「え!!!! なんで!?」
「なんでも何も」
「ヘタレ!!!!」
「断じてヘタレじゃない! それに元々そういう約束だったろ!? あと、君に手を出したとあったらどうご両親に申し開きすればいいか……!」
「じゃあいつ手を出してくれるんですか?」
「……」
「母さんは賛成してくれると思いますよ? 父さんとつかさはわかんないですけど」
「あ、やっぱり? どう説得するかな……」
「説得してくれるほどオレとの将来を考えてくれてるんですか?」
「…………」
「ねぇ檜山さん、そろそろ手を離してくださいよ。オレも檜山さんの顔が見たいです」
「嫌だ。今の顔は絶対見せたくない」
「檜山さんー!」
びちびちと体を動かしてみるが、檜山さんの馬鹿力には勝てない。でも、一生に一度見られるかどうか分からないレアな顔をオレも見逃すわけにもいかない。
「痛いですー」と声を上げるなり少しだけ緩んだ手から、自分の顔を引き剥がす。もう顔を掴まれないようその手を握り、真正面から檜山さんを見た。
「……もー」
むすっとしながらも檜山さんの頬は赤らんでいて、なんだかふてくされた子どもみたいにも見えて。愛しくて堪らない彼の表情に、オレはえへへと笑み崩れた。
「檜山さん、好きです」
「えーと……そうだね。それは……うん、僕も」
「……」
「……何だよ」
「続きの言葉は?」
「……いる?」
「いりますよ! ください!」
「僕のわがままを聞くより先に君のわがままを聞くのはな」
「わがままは言ったもん勝ちですよ? どうぞ参考にしてください」
「じゃあもっかい君の視界潰させてくれ」
「それはヤダ!」
檜山さんからの猛攻を防ぎながら、「この照れ屋さんめ♡」って言ってやるととうとうブチ切れた彼に押し倒された。キスされるのかなと思ったけど、違った。めちゃくちゃにくすぐられただけだった。オレ、口には気をつけた方がいいかもしれない。すぐ調子に乗るもんな。
「……好きだよ、僕も」
でも、くすぐられる中で、一度だけ耳に唇を寄せてくれて。
「だから、君さえ良ければ……僕と、一緒にいてほしい。僕は、二度とどこにも行かないから」
――それを聞いて、「檜山さんの最初のわがままはちゃんと叶えられそうだな」と。そう安心したオレはつくづく檜山さんのことが好きなのだなと、彼の首に腕を回して笑ったのである。
奇書たる人・完
「……で、結局君がここに来た用事って何だったんだ?」
「あ、檜山さんに告白しようかと思って」
「そ、そうだったのか」
「はい。それで目的達成どころかお付き合いまでできたので、すごく嬉しいです!」
「……そうだね。多分、普通に来られたら断ってたし」
「へっ!!?」
「そりゃそうだろ。実際、今でも僕は君と付き合うのがだいぶ怖いよ。というか何なら一時的に保留にさせてほしいぐらい」
「ほほほほ保留!!?」
「心の準備ができるまで少し時間が欲しい」
「ど、どどどどれぐらいですか? 一時間とか?」
「短い猶予だな……」
「そ、そ、その間にオレが他の人に告白されたらどうするんですか!?」
「そっちに行くの?」
「行きませんが!!!!」
「良かった。でも僕も君に不誠実は働きたくないし、そんなことは言わないよ」
「ほっ……」
「だけどこれまで通り一緒に住むのは問題かな。さっきも言ったように、ご両親に申し訳ないし」
「じゃあ黙って付き合いましょう!!!!」
「それ僕が単なる君の保護者のままだったら卒倒するとこだぞ」
「ぐぬぬぬ」
「うん」
「……檜山さん……! 好きです……!」
「うん、僕も」
「……」
「……」
「……もうちょっと、話し合いましょうか」
「そうだね、まだ君の門限まで時間はあるし」
「えー、今日は泊まるのに!」
「そこは帰ってくれ」
「ヘタレ!」
「ヘタレじゃない!」
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