作中作

帆沼呉一の作品

 この回では、作家・帆沼呉一の書いた作品の一部を抜粋して紹介する。




【嘘つきになったお姫様】

 わがままばかり言っていたお姫様は、とうとう魔女から嘘しかつけない魔法をかけられてしまいました。

「いいえ、私はまったく困らないわ。だって、嘘が大好きなんですもの」

 真っ白なドレスに身を包んだお姫様は、困った顔でそう言いました。

 お姫様が嘘しかつかないので、王様やお妃様、家来たちはだんだんお姫様のことがきらいになりました。お姫様は、「楽しいわ、嬉しいわ、寂しくないわ」と毎日しくしくと泣きました。

 けれどある日、隣国の心の優しい王子様がお姫様を訪ねてきました。そしてたいそうやつれたお姫様の手を取り、言ったのです。

「お姫様、昔僕らが交わした約束を覚えてらっしゃいますか」

 忘れるはずがありません。お姫様は、子供の頃に王子様と交わした「大きくなったら結婚しよう」という約束を、胸にずっと大事にしまっていたのです。

 だけど、お姫様は嘘しかつけません。「知らないわ。とっくに忘れてしまったわ。あなたのことなんて、ほんとうに少しも好きじゃないの」

 それを聞いた王子様は、言いました。

「お姫様、あなたは誰より正直な人ですね。僕には、あなたの言葉の裏側がちゃんと見えています。僕と結婚してください」

 その言葉に、お姫様はまたしくしくと涙を流しました。ですがこの涙は、とても嬉しい時に出る涙でした。涙は頬から唇に落ち、お姫様はそれをごくんと飲み込みました。

 するとお姫様の体を光が包み、王子様が次に目を開けた時にはすっかり嘘つきの魔法はとけてしまっていました。

 こうして正直者のお姫様と心の優しい王子様は、末永く一緒に暮らしたのでした。



【アガルタの人】

 首を吊っている人がいた。その人は、自分の兄だった。

 まず思ったのは、この死体をどう処理しようかということ。その次に思ったのが、何故この人は死んだのかということだった。

「一度、死んでみたくなったんだ」口を開けっ放しにし、今にもこぼれ落ちそうな眼球をこちらに向けて、兄は言う。

「案外いいよ。重力に逆らわないでいられるのは」

 首は地面に引っ張られ、異様に伸びてしまっている。兄は細身な方だと思うが、この人ですらこうなるのであれば、肥満体型の者が自殺した場合どうなるのだろうと想像せずにはいられなかった。

「でもね、もう俺は死んでしまった」

 一昨日死んだ兄の体は既に腐敗が始まっており、所々にどこから来たのやもしれぬ虫が飛んでいる。

「だから、俺をアガルタに連れて行ってほしいんだ」

 アガルタ? 聞き馴染みのない言葉の意味を尋ねると、兄からツンとする臭いが漂ってきた。

「そう、アガルタ。地球空洞説って聞いたことない? ハレー彗星の軌道計算などで有名な天文学者、エドモンド・ハレーも提唱した説だよ。アガルタとは、そんな空洞に存在するとされる地下都市でね。そこでは太陽のようなものが世界を照らし、素晴らしい文明と能力、長命を持つ人々が暮らしているんだ。短命の体のまま地上にい続けるなんてとんでもない。むしろアガルタこそが、俺たち人の向かうべき永遠のエデンなんだ」……



【押しつけた鉄の熱】

 ……

 あなたが身を焼けと言うならば、私は迷わずこの身を差し出しましょう。そうして、どうかあなたの愛の証明とさせて欲しいのです。

 深い方がいい。真皮を抉り、骨を削り、決して消えない方がいい。

 それほどまでに、私から貴方へ湧き出す愛は、最早どうにも枯れそうに無いのです。……



【朝と、夜と、君の歌】

「コーヒー牛乳を最初に思いついた人は、誰だったのかしら」

 風呂上がりの肢体から雫が落ちて、木目の床に弾ける。それを寝転んで見つめながら、私は彼女の言葉を聞いていた。

「食べられるからって、なんでも混ぜればいいってものでもないでしょ。だからやっぱり私は、コーヒー牛乳を作った人は好きなものと好きなものを混ぜただけだと思うのよ」

 冷蔵庫の開けられる音がする。きっと彼女は、牛乳を取りだしたのだ。

「お湯、沸かしてくれてありがとう」

 鼻歌が聞こえる。インスタントコーヒーの封が破られる。彼女はいつも砂糖を入れる。決まって、三杯。

 そしてコーヒーがよくかき混ぜられた頃、私はようやく身を起こすのだ。

 牛乳パックが傾く。いっそ不自然なほどに白い液体が、真っ黒な液体に注がれていく。

 まざる。まざる。まざる。

 そうしてやがて、白と黒の合いの子のような色合いになる。

「うん、美味しい」彼女は何の躊躇いも無く、カップに口をつけた。

「貴方も、見てないで飲めばいいのに」

 その瞬間、自分は人であることを痛烈に後悔したのである。

 よもや、自分もあの液体と混ざり合いたいなどと。……



【ぬいぐるみのアマイちゃん】

 アマイちゃん。わたしのアマイちゃん。

 だいじ、だいじ、だいじだから。

 だから、だいじにおもちゃばこにしまう。

 おもちゃばこは、アマイちゃんのもの。アマイちゃんしかはいってない。

 ほかのおもちゃが、アマイちゃんのことをすきになったらたいへんだから。

 アマイちゃんも、こまってしまうから。


 アマイちゃんは、かわいいこ。

 だから、ほかのだれにもアマイちゃんをおしえない。わたしだけしかしらないの。

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