第11話 絶対に、帰る



「ですが…。」



さっきまで納得していたはずなのに、私は早速逆説の言葉を口にした。



「ですがやはり、表立って動いていただくわけにはいきません。」



私をすごく大切にしてくれるのは嬉しい。大切な家族だと言ってくれて背中を押してくれるのも、とても嬉しい。


でも二人が表立って私を支援してくれれば、私達は大事なものをたくさん失ってしまうことになるかもしれない。



「エバンさんには、騎士王でいてほしいんです。彼ほど"騎士王"にふさわしい人はいないと思うから。」



なによりエバンさんを、今の地位から降ろしたくない。私の身勝手で彼の天職を奪うわけにはいかない。


優しくて人の気持ちを一番に考えられる彼は、誰よりも"騎士王"にふさわしいと思う。



「だからもしその時がきたら、どうか私を捨ててください。」



捨てないと言ってくれた。

でももし私を捨てる以外の選択肢がなくなったら、その時はためらいなく捨ててほしい。



「エバンさんはきっと、言う事を聞かないと思います。だからもしそうせざるを得なくなったら、どうか私を、切り捨ててください。」



本当はエバンさんにそういうのが一番なんだろうけど、彼が私の言う事を聞くとは思えない。だったとしたら頼めるのは、ラルフさんしかいないと思った。



「それが愛する子どもたちのためなんです。」



私を捨てることがエバンさんや子どもたちを守ることにつながるなら、ためらいなくその道を選んでほしい。そう思って言うと、ラルフさんは少し眉間にしわを寄せて、フゥと小さく息を吐き出した。



「わかった。」



そしてとても重々しい口調で言った。レイラさんが小さく「あなた」と言って、彼の腕をつかんだ。



「そう言わないと、君は納得しないだろう。」



するとそんなレイラさんを無視して、ラルフさんは言った。

義父にまで私の頑固が伝わっているなと思うと、今更少し恥ずかしくなった。



「絶対にそうはさせない。でもやむを得ない状況が来たら、俺がエバンを説得する。」

「ありがとうございます。」



私を納得させるための言葉だってことくらい分かっていた。

でもそう言ってもらえるだけで、いざとなったら私が全て悪いことに出来るという安心感が少しだけ産まれた。


これでもっと大胆に動ける。

そう思った私は、今度は強い目をしてラルフさんを見た。



「あと一つだけ、お願いがあります。」



そして図々しくも、そう言った。するとラルフさんは今度はにっこり笑って、「なんだろう」と言った。



ウマスズメを、2頭用意してもらえませんか?」

「2頭…?」

「はい。」


ラルフさんは不思議な顔をして私を見た。私はそんなラルフさんを真剣な目で見返した。



「そして片方のウマスズメには、誰かに乗ってもらいたいんです。ウマスズメに乗って、出来るだけ長い間逃げ続けてほしいんです。」




ラルフさんはその話を聞いて、一瞬動きを止めた。でも何かを察したのか、少し経った後「わかった」と返事をしてくれた。私は深々と頭を下げて、二人にお礼を言った。



「もう1頭は、こっちの窓の下に置いてください。そしてそのウマスズメに、私のクローゼットに入っている巾着を持たせてほしいんです。」



ラルフさんは「でも」と言って何か話そうとした。多分ついていくとかそういうのを言ってくれようとしているんだろうけど、私は首を横に振った。



「私は誰にも知られずここを抜け出す。そういうシナリオに、しておいてください。1頭のウマスズメに乗る方も、私に無理やり指示を出されたというように言ってほしいんです。」



背中を押してくれているのは分かった。私を守ってくれるという気持ちも、とても嬉しい。でも私がやろうとしていることは、誰が何と言おうと犯罪だ。だからどれだけでも慎重に行動しておきたかった。



「それと…。」



お願いは一つだけと言ったのに、私は続けて言った。

ラルフさんもレイラさんもさすがに呆れたのか、困り果てた顔で私を見ていた。



「しばらく、帰れないかもしれません。子どもたちのこと、どうかよろしくお願いします。」



子どもたちを置いて自分の欲望のためにしばらく家を空けようとしている私は、やっぱり母親失格だ。一番気がかりなところをお願いしようとすると、ラルフさんは一旦下を見てうつむいた後、今度は顔を上げて私の目を見た。



「1週間だ。」

「え?」



まっすぐ目を見たラルフさんは、今日一番強い目で言った。何が1週間なんだろうと疑問に思って見つめ返していたけど、ラルフさんは一瞬たりともその強い目を揺らさなかった。



「1週間だけ、子どもたちを任されよう。それ以上は見られない。」


ラルフさんに厳しいことを言われたのは初めてだった。

身構えた私は、思わず手の上に置いていたこぶしをギュッと握った。



「だから絶対、1週間以内に帰るんだ。」



私はもう帰らない覚悟を決めているかもしれないと、思ったのだろうか。

その一言には"無事に帰っておいで"というラルフさんの優しさがたくさん込められているのが分かって、思わず泣きそうになった。




自分はどうなってもいいと思っていた。

大事な人さえ守れればそれでいいと思っていた。


でもこんなことを言ってくれる人たちを、命より大事な子どもたちを、置き去りにするわけにはいかない。



「はい。」



だから私は絶対に帰る。

私の帰るべき場所に、ちゃんと帰る。



決意を込めて返事をすると、そこでやっとラルフさんは優しい目で笑ってくれた。私の中にあった小さな迷いみたいなものが、全部消え去った感覚がした。

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