第4話 何もできない
「手紙…っ。」
うまく働かない脳みそが、単語だけを繰り返し言っていた。
私は慎重に開いた手紙をしっかり理解するためにも、一度大きくため息をついた。
"リアへ
久しぶりに、ペンを取りました。忙しくて手紙も送れなくてごめん。
元気にしているかな?"
今まで何度も見た、慣れ親しんだジルにぃの字だ。
見ているだけでなんだかホッとするはずの、彼の字。
"この手紙が届くころ、リアはもうエバン君から何か聞いているだろうか。
聞いていないかもしれないから、最初から説明するね。"
そのはずなのに、彼の文字を見ても全く安心できない。むしろ手紙を持っている手はガタガタと震えて、もうすぐで文字が読めなくなりそうだと思った。
"ラスウェル家がイグニア様の命を受けて、マージニア様を王都から追放しようとしているという情報を、少し前に掴んだんだ。"
あのクソが、マージニア様を追放しようとしている…。
あれからきっと二人はうまくやっていると思っていたのに、本当はその真逆だったんだ。その一文を読んだだけで、半年の状況が一気に明らかになったように思えた。
"すごく悩んだ。どうするべきなのか、どう振舞うのが正しいのか、何度も自分に問いただした。"
もし私がリオレッドにいて、同じ情報をつかんだらどうするだろうと考えた。
クソを攻めに行く?それとも説得に行くだろうか。
もう分らない。
"本来なら騎士は国を、そしてその国そのものともいえる王様を守る立場にいる。それに軍の指揮権はイグニア様にあるんだから、俺たちはどうすることも出来ないというのが正解なんだろう。"
国のトップを守るという事が、すなわち国を守るという意味もきっとあるんだと思う。だから何もできなくたって、しょうがないことなんだと思う。
"でも、常識にとらわれた正解というのが、本当に正しいものなのだろうか。"
読めば読むほど、震えが止まらなくなった。
知らないうちにエバンさんが私の腰を支えてくれていたけど、それでも震えは止まらなかった。
"カイゼル様が王様だった頃、彼が何度も常識を超えた正解を出している姿を目の当たりにしてきた。彼はいつだって芯の通った信念のようなものを持っていて、それはいつも国民のためにあった。常識にとらわれない正解を導き出す彼の信念に、ついていきたいと思った。それはきっとリアも一緒だよね。"
じぃじ。お願いよ。
助けて。
いっぱい力になったと言ってくれたでしょ?私がいてくれてよかったと、何度も言ってくれたでしょ?
だったらお願い。お願いだから…。
今度は私を、助けてよ。
"そこで考えた。カルカロフ家の信念とはなんだと。それは国を守ることだ。国民の幸せを、守ることだ。"
ジルにぃ。お願い。
あなたの言っていることは、正しいよ。正解だよ。
誰がどう聞いても、はなまるをあげたい正解だよ。
"あまり賢くない俺でも分かる。イグニア様に従っていても、国民の幸せは守れない。"
でもお願いだから、お願い、だから…。
それ以上、何も言わないで。続きを、言わないで。
"だから俺たちは、国を裏切ることにした。マージニア様を、守ることにした。"
そんな、もっと、きっと、いい方法があるはず。
そんなことをしたら…。
"きっと俺は騎士王ではいられなくなる。ウィルだってアルだって父さんだって、今の暮らしは捨てなくてはいけないだろう。それでも俺たちは、信念を曲げることが出来なかった。"
そうよ、そんなことをしたらお家も地位も名誉も全部、全部なくなっちゃうじゃん。テレジア様もデイジーさんも、子どもたちも…。どうするの?どうなっちゃうの?
"リアが必死で守ったリオレッドを、自分と引き換えにして守ろうとしたリオレッドを、裏切ってごめん。こんな状態になるまで何もできなくて、本当にごめん。"
そんなこと全部考えた上で出した答えだって分かってる。
家族や暮らし、地位をすべて捨てても、信念に従いたかったジルにぃの気持ちはよく理解できる。それにきっと私が今何を言っても、もう遅い。
だったらこれから、これから私に出来ることを…。
"この手紙を読んだら、きっとリアは「私に何か出来ることは」って考えるんだと思う。"
そうよ、きっとある。
もうリオレッドの人間ではなくなった私に出来ることが、きっとある。
大好きな人たちを路頭に迷わす事なんて出来ない。それに危険にさらしたまま何もしないなんて、そんなこと…
"でもはっきり言おう。"
出来ないんだよ。
何もしないなんて選択肢、ないんだよ。
私に出来る事、今までずっとあったよ。やってきたよ。全部うまく行ったよ。だから私にも何か…何かさせてよ。
リオレッドを、大切な人たちを、守らせてよ。
"君に出来ることは、なにもない。"
――――何も、ない。
その文字はが脳みそに張り付いて、剥がれなかった。耳元で誰かに何度も何度も"何も出来ない、お前は無力だ"って言われている感覚がして、すごくすごくうるさかった。
「なに、も…っ。」
何もない。何もできない。何も守れない。
ジルにぃが私を守るためにそう言ってくれているのは分かる。これを書いた時、すごく苦しい気持ちで書いたことだって、よく伝わってくる。
でも、それでも…。
「何も…っ。」
「リア、落ち着いて。」
「な、な、…っなに…っ。」
息がうまく吸えない。耳元で響くうるさい音が、頭の中をこだまする。
内戦がおこる。
大切な国が、大切な人が、危険にさらされる。
なのに私は何もできない。
何もしてあげられない。
何も守れない。
「…っ。」
「リア…?!」
「どうされましたか?!」
「マリエッタさん、医者を…っ!」
気が付けば私はうまく息が吸えなくて、過呼吸になっていた。
医者を呼ぶほどでもないって脳は分かっていたけど、それでも息は吸えなくて、体も動かなかった。
「リア…っ、大丈夫。大丈夫だから…っ。」
背中をさすってくれているエバンさんのぬくもりが辛かった。
大丈夫と言ってくれる彼の言葉でさえ、辛かった。
息が吸えなくて苦しかった。頭に酸素が回らなくて、次第に何も考えられなくなった。
考えられたのは、ただこのまま息が吸えなくなって、消えてしまいたいってことくらいだった。
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