第89話 生ビール片手にスポーツ観戦


「理解はしているつもりです。」



パパと王様の間を割るようにして、クソが口をはさんだ。

理解しているとか嘘をつくな!と、本当は口に出して言いたかった。言わないけど。



「ですがこちらは以前も譲歩させていただきましたよね?何度もこちらが折れて譲歩する義理はないのかと。」



至って冷静に、そしてにこやかにクソは言った。

"義理"とか"道理"とかそういうものと、簡単には築けない大切なものを、簡単に天秤にかけられるやつなんだなと思った。つまり端的に言うと、クソ。



「それも、その通りだな。」



口の悪いことを叫び続けている私の心とは反対に、王様はとても丁寧な口調でそう言った。なんだよ!腐ったことを考えてるのは私だけなのかよ!と叫びたくなった。


そろそろ心の中の自分がうるさくて仕方がない。



「だから今回は、解決できる道がにないのか話し合ってきたんだ。」



いよいよ王様が、反撃ののろしを上げた。私は心の中のうるさい自分を黙らせて集中するためにも、グッとこぶしを握って王様の話に耳を傾けた。



「リア。」

「へ?」



まさかいきなり呼ばれるとは思っていなくて、思っていたよりも情けない声が出てしまった。すると王様は私を見て少し微笑んだ後、小さく一つうなずいた。



「ちょっと、立ってくれるかな。」

「はい。」



王様の目を見て気持ちを引き締め直した私は、言われた通りにその場で立ち上がった。今日私は、あのコガネムシのドレスを着てきた。

ドレスの話をするためには、本物を見てもらうのが一番手っ取り早い。王様にそう言われて納得した私は、あの時買ったドレスをこの場に着てくることに決めた。このドレスは今や、私の勝負服になっている。着るだけで身が引き締まる感じがするし、自分の格も上がったのではないかと思う錯覚を得る。



着るものにはそれだけ、人に勇気を与える力があるんだと思う。




「これは、テムライムで作られた新しいドレスだ。」

「う、うわあ…。」



ここに入る時、私はエプロンのようなもので若干ドレスを隠しながら入ってきた。初見で美しさが伝わるこのドレスを、サプライズ感ある演出でお披露目したかったからだ。



「す、すごいですね…。」

「光って見えます。」



立ち上がってすぐにエプロンを外すと、パパとウィルさんは目を丸くしてドレスを見た。

エプロンを付けているとはいっても、すべてを隠しきれたわけではなかった。それなのに二人がこんなに新鮮な反応をしたのは、そもそも挨拶の時は人がごちゃごちゃしていて、私なんかみんな目に入っていなかったからかもしれない。見ててよ、パパ。




「すごいだろう。私も最初見た時は目を疑ったよ。」



ドレスが褒められているだけなのに、私が褒められているみたいな気持ちになって少し恥ずかしくなり始めた。それからもしばらくパパやウィルさんは目を輝かせながらドレスを眺めていて、私はまるでマネキンになったかのようにその場に立っていた。



「これを、リオレッドにも売りたいんだ。」



それがひと段落したころ、王様が今だと言わんばかりに言った。パパは目を輝かせたまま王様を見て、「ぜひ!」と大きな声で言った。さすが商人だな、と思った。



「王様!これは絶対に売れますよ!儲かります!」



パパは続けて、クソに言った。"儲かります"という言い方がクソを説得しようとしている言い回しに聞こえて、パパも言葉が上手だなと感心した。



「そう、か…。」



クソは少し納得していない様子ではいたけど、それでもまんざらでもなさそうな顔で言った。私はまだマネキンモードのまま、しめしめと思いながら話を聞いていた。



「譲歩ばかりしていただくのは、こちらとしても申し訳ない。確かに一方的に何度も譲歩もらうもない。」



あいつの言葉を引用するみたいに、王様が言った。

彼の口から"義理"なんて言葉が出てくることが驚きだったけど、それも全てこのクソのせいだ。



「こちらからも新しいものを売ることで、を築きたいと考えている。」



"対等"という部分を強調したのは、あくまでも対等なんだと彼に主張するためなんだろう。私は何度も"うんうん"とうなずきながら、淡々と話す王の話を聞いていた。



「なるほど。それなら…。」

「でもな。」



対等ならいい。と、でも言おうとしたんだろう。でもそのクソのセリフは、王様の言葉で遮られた。

クソは一瞬顔を歪ませた後、「なんでしょう」と言った。



「一つ、困ったことがあるんだ。」



本当に困った顔をしている王様を、クソは厳しい顔で見ていた。


いいぞ!ペースは完全にこちらのものだ!!

まるで観客席で生ビール片手にスポーツ観戦をしているおじさんみたいに、心の中でそう言った。そんなことを想像していたら、生ビールがとてつもなく飲みたくなってきた。

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