第72話 数十年ぶりのズッコケ


「もう終わりですか?」


やっぱり難しいのかと色々と考えている私を促すように、ポルレさんが聞いた。私は急いで「いえ」とそれを否定して、次の質問を続けることにした。



「ポルレさんの図鑑を拝見しました。ここにはコガネムシヤマネコは湿気の多い場所に生息していると…」

「そうですそうです!そうなんです~!」



虫の生態の話を始めた瞬間、すごく生き生きとした顔をしたポルレさんが前のめりになって言った。その勢いに若干引きつつも、彼の言葉に耳を傾けた。



「だからこの子たちの周りには水の入ったコップを置いたり、たまに水をこうやって手で振りかけたりしてるんですよね~。ほほっ。」



手ついた水をパッと払う仕草をしながら、やっぱり楽しそうなポルレさんが言った。この人は本当に虫が好きなんだなと今更なことを考えながら、「そうなんですか」と相槌を打った。



「湿気の多い場所に生息しているという事は…。コガネムシヤマネコはリオレッドでも生息しているんでしょうか?」



一番聞きたかった質問を、そのままストレートに投げた。するとその質問を聞いてすぐポルレさんはまた、カップに口を付けて慎重にお茶をすすった。


なぜか変な間があいた。

そんな風に聞きづらい質問をしてしまったのかなと、少し不安になった。



「あ、あの…。」



その空気に耐え切れなくなって、こちらから話しかけた。するとポルレさんはその声に反応するみたいに、ゆっくりと顔を上げた。



「なんですか?」

「な、なにって…、質問を…。」



質問を質問で返すなんて失礼じゃないかと、怒りたくなるくらいだった。それなのにポルレさんはやっぱりきょとんとした顔のまま、私の方を見ていた。



「ああ、質問…。」



あまりに私が見つめているもんだから、ポルレさんは思い出したように言った。やっと答えが聞けると身構えていると、ポルレさんはなぜかにっこり笑った。



「なんでしたっけ?」



ズコーーーーーーッ!!



と、倒れやすい椅子なら後ろに倒れていたかもしれない。

めまいすらしそうになるのを何とかおさえていると、エバンさんが後ろでクスクス笑っているのが分かった。



確かに、クセ、だな…。



少し変わった人だとは思ってたけど、ここまで翻弄されたのは転生してきて初めてな気がする。私は数十年ぶりに心の中で大ゴケをかましながら、頭を抱えた。



「リオレッドにもコガネムシヤマネコはいるのかって質問だよね、リア?」



頭を抱えている私の代わりに、エバンさんが聞いた。私は大きく頭を縦に振って、なんとか自分の意思を示した。



「もちろんです。」



するとさっきとは打って変わって、ポルレさんは即答した。あまりにあっさり答えが返ってきたことに驚いていると、そんな私の気も知らないでポルレさんは「ほほっ」とまた特徴的に笑った。



「むしろリオレッドからやってきた虫だと、私は考えているんですよ~~。」



また前のめりになって、彼は言った。私はやっぱり少し身を引きながら「なるほど」と答えた。



「あれあれ?確かお嬢さんはリオレッドのお方では?」



前のめりな姿勢なまま、ポルレさんが聞いた。私が素直に「ええ」と答えると、ポルレさんは大げさに「はて~~~」と驚いた仕草をした。



「そこら中にいるはずなのに、見たことがなかったなんて~~~。すごく損をしてきたんですねぇ。ほほほほ。」

「そ、そうなんですか…。」



虫なんて本当に興味がなかったし、むしろ庭で遊んでいた時もメイサに避けてもらっていた。でもここに来て自分の出身の国のこともロクに知らないことを、少しだけ後悔した。かと言って虫のことを知ろうという気持ちには、あまりならないけど。




「ありがとうございます。すごく勉強になりました。」



紆余曲折あったけけど、いい答えが聞けて良かった。

ここに来られて良かったと思ってお礼を言うと、ポルレさんは「いえいえ」と言いながらまた笑った。



「いつでも遠慮せずいらしてください。虫に興味を持ってもらえる方がいるのは、とても嬉しい事です。」

「ポルレさんがお話したいだけじゃないですか。」



後ろからツッコミを入れるエバンさんに、ポルレさんは「その通り~」とゆかいな様子で答えた。確かに少し変わった人ではあるけど、とても楽しくて面白い人だ。私もそこでようやく二人と同じように笑って、毎日は嫌だけどたまには会いに来ようかななんて薄情なことを考えた。


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