第69話 地獄の虫ハウス


そしてその数日後。エバンさんはその図鑑の作者だという人とのアポイントを取ってくれた。私は子どもたちをマリエッタさんやティーナに任せて、エバンさんとウマに乗った。



「知ってらっしゃるかな。」



この期に及んで不安を口にすると、エバンさんは「ふふ」と声に出して笑った。なんで今回はそんなに余裕なんだと不審な目を向けると、彼は「ごめん」と言って私の頭をポンポンと撫でた。



「大丈夫。本当にとても虫に詳しい方だから。」



この世界のファーブルさんみたいなもんかと思った。

そもそも前の世界でも虫は嫌いだったから、ファーブルさんのこともよく知らないんだけど。

エバンさんは虫に詳しいとは言ったけど、その人がリオレッドの虫にまで詳しいかは分からない。それでもコガネムシのこと詳しく聞くだけでもきっと収穫はあるはず。



「あ、でも…。」



今日の意気込みを密かに固めていた時、エバンさんがポツリと言った。

でもってなんだよと思って見上げてみると、エバンさんは少し困った顔で私を見た。



「ちょっとだけ癖のある方だから、リアは驚いちゃうかもね。」

「癖…。」



どんな癖なのかは会ってみないことには分からないけど、私からしたら虫が好きって時点で癖ありだ。少しくらいの癖で驚く私でもない。


癖があるなんて言われたらどんな癖なのか楽しみになって、どこかワクワクし始めた自分がいた。そう聞いてワクワクするなんて、私が実は一番癖ありなのでは?と考えかけたけど、そこで考えるのを一旦やめておくことにした。





家から出てから、エバンさんは街とは反対方向にウマを進めて行った。最初はワクワクしながらおしゃべりを楽しんでいたんだけど、進むにつれて景色がどんどん森になり始めて、私は一抹の不安を抱き始めた。



「こんなところに、家があるの…?」

「ふふ。」



エバンさんははっきりと答えてくれなかったけど、迷うことなくウマをどんどん森の奥へと進めて行った。私は本当にここで合っているのかと信じられない気持ちを抱えながら、あたりをキョロキョロと見渡した。



「あった…。」



それからさらに進んでいくと、木々の間にポツリと小さな家が建っているのが見えた。家は木造でとてもキレイとは言えず、なんだか本当に"巣"みたいに見えた。



「疑ってたでしょ。」



近くの木にウマを寄せながら、エバンさんは不服そうな顔で言った。私は「ごめん」とは言ってみたけど、まだこんなところに一人で人が住んでいるという事については信じ切れなくて、ただ茫然と虫博士の巣を見つめていた。



「ポルレさん~?」



そしてエバンさんは家をノックすることもなく、慣れた様子でその巣の扉を開いた。でもその呼びかけに家の中からは何の反応も聞こえなくて、エバンさんは「あれ?」と言いながら家の中に足を踏み入れた。



「いいの?」



返事もないのに勝手にお家に上がるなんて失礼ではないか。

元日本人の私はまだ自宅に靴で上がることすら抵抗があるのにと思いながら言うと、エバンさんは「うん」と言って笑った。



「そもそもポルレさんが一度で返事をしたことなんてないから。」



それでもエバンさんはやっぱり慣れた様子で扉をおさえて、まるで自分の家みたいに「どうぞ」と言って私を家の中に招き入れた。私は一応「お邪魔します」と小さく言って、まだ顔も見られていない人の家に恐る恐る入った。



「きゃ…っ!」



外からは暗くてあまり見えなかったけど、家の中には所狭しと虫かごみたいなものが並んでいた。そのかごの中には見たこともない虫がたくさん入っていて、私は驚きで思わず声を出してしまった。



「大丈夫?」

「う、うん…。」



大丈夫とは言ったけど、虫嫌いの私にはたまらなく居心地が悪い。これを知ってたんならわざわざ連れてこないでくれよと、心の中でエバンさんに文句を言っておいた。



「ポルレさん~?来ましたよ~!」



なかなか足が進まない私の手を引いて、エバンさんは家の奥の方へと進んでいった。私は虫かごに入っている虫を出来るだけ見ないように、床の方を見ながら前へと進んでいった。



「ポルレさん~?いないんですか~?」



思ったより広い彼の巣を、エバンさんはやっぱりためらいなく進んでいった。これだけ呼びかけてもいないんだから、もしかして留守にしているんではないか。



「ねぇ、エバンさん…」

「はいはいはいはいはい、いますいますいます。」



早くこの空間から去りたい。昨日まで抱いていた希望なんて忘れて私が帰ろうと提案しようとしていたその時、奥の暗闇の方から小さく声が聞こえた。エバンさんはその声に「いた」と小さく反応して、声のする方へと私の手を引いていった。

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