番外編 イーサンのサンチェス家観察日記


ゴードンと出会ったのは、たしか15歳くらいの頃だった。

その頃まだ若かった俺たちはお互いの親の仕事を手伝ってはいたけど、いつか自分たちでも何か新しいことを始めたいという話をよくしていた。



「俺はもっと、みんなの暮らしをよくしたい。」



ゴードンは将来の話をする度、そんなことを口にしていた。

昔から人当たりが良くて明るくて、そして自分のことよりも他人のことが考えられる。おまけにイケメンで背も高くて力持ちなゴードンは、すごくよくモテた。


俺が"新しいことを始めたい"と思ったのは平たく言うと金持ちになりたかったからなんだけど、ゴードンはそうではなかった。



身長も顔も平均程度しかない俺は、そんな完璧すぎるゴードンに嫉妬したこともあった。でもその嫉妬すらバカバカしくなるくらい、アイツはいいやつだ。無条件についていきたいと、そう思えるやつだった。



だから俺はゴードンがテムライムから何かを買うと言い出した時、何も反対しなかった。周りには否定的な意見だってあったけど、ゴードンはそのすべてをはねのけて、ついにはその野望を現実へと変えた。



「お前も早く帰れよ。」

「ああ。そうする、ありがとう。」



テムライムと商売を始めてから、俺たちはすごく忙しくなった。その頃にはゴードンはアシュリーちゃんと、俺も妻と結婚していたから、お互いに家庭があった。でもゴードンは誰よりも遅く残って働いていたし、誰よりも体を動かしていた。


そのせいで疲れた顔をしている日も多くなって、忙しくなるにつれて厳しい顔をしている日も増えた。


少しでも負担を減らそうと何度も声をかけはしたけど、ヤツはいつだって誰かのためのことを考えて、自分のことは後回しだった。



「今日は先に帰るよ。」

「あ、ああ…。」



そんなヤツが変わったのは、娘のアリアちゃんが生まれてからだ。

相変わらず俺たちは忙しくて早く帰れない日も多かったけど、それでもなんとか時間を作って、家に帰るようになった。

話を聞くとリアちゃんはいつも寝ていて会えない日も多いらしいけど、顔を見るだけで頑張れるらしい。



「本当に天使なんだ。お前も今度会いに来てくれよ。」



そう語るヤツの顔は、強面のくせに緩みまくりだった。俺は内心いつも気持ち悪いなと思いつつ、でもなぜだか少しうれしくもなった。



そしてそれから4年の月日が経って、最初は人の手で運んでいた荷物をウマスズメで配送できるような仕組みをゴードンは作り出した。ヤツ曰くリアちゃんから発想を得たらしいけど、そんなこと到底信じられないほど、ヤツのアイディアは素晴らしかった。


そのおかげで仕事の負担はずいぶん減った。でもそれに付随して別の問題が出てきてしまって、連日話し合っても解決方法が見つかりそうになかった。俺たちは早く問題を解決するためにも、集中して話し合えるゴードンの家に行くことになった。



「おじさん、ごきげんよう。」



久しぶりに見るリアちゃんは、アシュリーちゃんに瓜二つの天使みたいな少女に成長していた。それに4歳らしくなくすごく丁寧なあいさつをしてくれたことに驚いて、俺は一瞬動きを止めてしまった。



それからしばらく、俺たちはゴードンの部屋で話し合いを続けていた。今問題になっているのはノールまで物を運んでほしいと言うと断られてしまうっていう話で、国中に物がいきわたらないのをどうにかしたいと、ゴードンは強く言い続けている。



「なんでみんな、働くの?」



根を詰めて考え続けている俺たちの話を割って、部屋に入ってきたリアちゃんが聞いた。難しい事ばかり考えていた頭に子供らしくてかわいい質問が飛んできて、気持ちが和んで思わず笑ってしまった。



「それはね、リア。みんな円がないとご飯が食べられないからだよ。」



ゴードンは優しくリアちゃんに説明をした。

俺はもうこいつのことを10年以上見ているけど、こんな穏やかな声を出すのは初めて聞いた。自分には息子しかいないからよくわからないけど、娘が出来たらこんなものなのだろうか。


それからもリアちゃんは好奇心旺盛に、色んな質問をしていた。



円を使って物を買うとか、働いてもらっている対価に円を渡すとか。大人からしたら当たり前のことなんだろうけど、子供の発想っていうのはとても面白い。



「ノールの人は、トマトチヂミが食べられないの?」

「そうだねぇ。そこまで運ぶと、色んな人に円をあげなきゃいけなくなるからね。」

「かわいそうだよ!絶対ノールの人だって食べたいはずなのに!」


本当に、リアちゃんの言う通りだと思う。

需要がある場所に物を届けられないのはすごく損なことだし、それに王都との差が出来るという事は、将来暴動の原因にもなりかねない。


ゴードンも俺もそこを一番心配している。



「そうなんだけどさ、リア。しょうがないんだよ。」

「なんで?ノールの人はパパに円くれないの?」



しょうがない。確かにそうだ。

運びたくても運んでくれる人がいないし、俺たちが運ぶにしても少し無理がある。

本当はゴードンが一番"しょうがない"で片付けたくないだろうけど、やっぱりしょうがないことなのか…。



「そういうわけじゃないんだよ、でもね…。」

「ノールの人が"ありがとう"って、たくさん円をくれたらいいのにね!」



するとその時、リアちゃんが食い下がって言った。

ありがとうって、たくさん円をくれる…。


つまりそれは、ノールではトマトチヂミを少し高く売る…。




「おい、ゴードン。それだ。」



今まで俺たちは、いかに物を運ぶかという事だけを考えていた。でもそれは違う。


「運送に人の手が必要なら、高く売ればいいんだ。遠ければ遠いほど、高くうればいい。そうすれば運び手にもたくさん円が払えるようになる。」



手間や円がかかる分、値段をあげて売ればいい。それだけの話だ。どうしてそんな簡単なことに今まで気が付かなかったんだろう。



「でもそれを、ノールの人たちは受け入れるのか…。」



するとその時、ゴードンが言った。確かにそれもそうだ。

いきなり未知の食材を高く売りつけられても、受け入れられるものだろうか。



「大丈夫だよ!食べたら絶対好きになるよ!」



するとリアちゃんは、天使のような笑顔で言った。



「「それだ!!」」



そうか。未知のものに手を出せないなら、食べてもらえばいいのか。



リアちゃんの言葉で同じことを思ったんだろうゴードンと、ほぼ同時に同じことを言った。



ゴードンはそれから、リアちゃんの髪の毛がぐちゃぐちゃになるまで撫で続けた。リアちゃは「いやだ~」と言いながら、すごく嬉しそうな顔をしていた。



ゴードンから話を聞いているだけじゃ、リアちゃんからアドバイスされたなんて全く信じられなかった。でも子供の柔軟な発想で簡単だけど大人がなかなか思いつかないことを言うリアちゃんを見ていると、もしかしたらゴードンのいう事も、ただの親バカではないのかもしれないと思った。



それ以上にあの強面をここまで崩せるリアちゃんの力は、別の意味でもすごい。俺はしばらく相思相愛な二人の微笑ましい姿を眺めて、これからゴードンがどうやって自分の理想を実現していくのか、それがますますたのしみになった。

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