第45話 レイムの花の花ことば


「イグニア。」


大勢の足音が私の近くまで来て、耳に入ってきたのは聞いているだけで安らぐような優しい声だった。


この声には、聞き覚えがある。

でもそこで顔をあげるわけにもいかず、私は2回の人生を通して初の土下座の姿勢で、その後の状況を見守ることにした。



「何をしている。」

「父上。」



ああ、やっぱり…。

私に近づいてきたのは、死を知らせる音ではなくて、救いの手を差し伸べる音だった。顔も見てないのにすでに安心し始めてしまった私は、土下座の姿勢でついに泣き始めた。



「リア。」



すると王様は、私の両肩を持って顔をあげさせた。そしてすごく悲しい顔をして私の頬に触れたあと、痛い位にギュっと抱き締めてくれた。



「ごめんね、怖かっただろ。本当にごめん。」

「じぃじ…。」



その言葉でついに涙腺は崩壊した。

2回目の人生なんだから1回目の人たちより私が死んだ方がましだと思っていたはずなのに、私ってやっぱり死にたくなかったらしい。


安心で胸がいっぱいになると涙と一緒に、全身が震えはじめた。



「イグニア。」


じぃじは私を抱きしめたまま立ち上がって、王子の方を見た。私は恐怖でもう何も見たくなくて、王様の胸に顔をうずめた。



「この子には何もできないと言ったね。」



さっきまでのことが嘘みたいに、王子は何も言わなかった。それがさらに私の恐怖心をかきたてて、震えはまだ止まらなかった。



「なんでもできるさ。この子には。この子だけじゃない、この国の人たちには、出来ないことなんてないんだ。」


じぃじはそう言って、今度は転んでいるアルを立ち上がらせた。そしてアルの頭を撫でて「よく守ってくれたね」と言った。



「国とは、信頼だ。」



じぃじは今度はメイサを立ち上がらせて、「君もごめんね」と言った。胸からチラッとメイサを見てみると、王様に会えると思っていなかったせいか、驚いた顔のまま固まっていた。



「信頼の上に、人は立っている。権力を振りかざしても、人の心を動かせることなんてない。」


じぃじは諭すようにそう続けた。やっぱり怖くて王子の顔はみれなかったし、王子はその間もなにも言わなかった。



「権力や名誉、金だけで動く国は、それ以上繫栄しない。人は信頼されて信頼して、そういう人で出来た国こそ繁栄するんだ。」

「ですが…っ。」

「上に立つ者こそ、それを自覚すべきなんだよ。イグニア。」



王様はそう言って、静かにしゃがんだ。そして地面に落ちていたレイムの花を拾って、「これ、もらっていい?」と私に聞いてきた。



「いいけど、もう…。」



たたきつけられたせいなのか、真っ白なレイムの花はボロボロになっていた。でも王様はそれを拾い集めて、大事そうに手にもった。



「信頼。レイムの花の花ことばだ。」



王様はレイムを一本王子に手渡して言った。王子は立ち尽くしながらもそれを受け取って、じっと見つめていた。



「それを自覚するまで、わしはお前に王の座は譲れない。」



王様は私が聞いた中で、一番冷たい声を出した。そして私を抱き上げたままもう一回メイサとアルに謝罪をした後、「ちょっとリアを借りるね」と言った。



「は、はい…っ!」



しばらく固まっていたメイサは、すごく腰の低い挨拶をした。王様は相変わらず穏やかな声で「ありがとう」と言って、そのまま王城の方に歩きはじめた。



すれ違いざまに、やっとでチラッと王子の方を見た。王子はボロボロになったレイムが折れるくらいギュっと握って、その場に立ち尽くしていた。

私の本能が、あの人をみただけで怖いと叫んでいた。見ているだけでおさまりかけたはずなのに体がブルブルと震えはじめて、それを感じた王様は丁寧に私を抱きしめなおしてくれた。

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