封印した魔王の力

 魔剣を突きつけられた勇者は暫しの間奥歯を噛み締めて何も言わなかったが、十秒ほどしてから口を開く。


「…あ、あり得ない!!なんでてめぇなんかに……俺が、神に選ばれた俺が負けなきゃならねぇんだ!?」


 狼狽しながらそう叫ぶ奴は何かに気付いたようで、声量を大きくしてわめき散らす。


「は、はははは!!!!そうか!!!魔王、魔王の力だな!?その身に封印した魔王の力を使ってそんなに強くなったんだな!?じゃないと俺がお前なんかに負けるはず無い……負けるはず無いんだぁあああ!!!」


 そして懲りもせず、帯電した左腕を俺に向けて突き出してくるが、単調な上雷撃そのものよりかは遥かに遅い為避けることは容易かった。その攻撃と呼ぶには遅すぎる行為を左に躱すと、奴は足がもつれたのか思いきり転んでしまう。俺はこれ以上抵抗できないように、体勢を立て直そうと振り返った奴の眼前に白く輝く魔剣の切っ先を突きつけて告げる。


「封印した魔王の力……か。そもそも魔王が無抵抗で『ハイそうですか』と封印されるはずがないだろうが。最低限、奴と渡り合える実力は必要になることが分かってるのか?それに、魔王の力なんて使ったらこんな風になるんだよ……!」


 俺は奴に剣を突きつけたまま、変身魔法で魔王らしい外見へとその姿を変える。眼は白目共々紅く染まり、口からは牙がはみ出す。肌の色は青へと変わり、額からは天を衝く一対の角が生え、右のそれが魔王の冠を攫う。変化は俺の体だけに留まらず、奴に向けている剣も切っ先から柄頭まで赤黒く染まり、まさに魔剣と呼ぶに相応しい姿形へと変わっていった。


 俺と魔剣の変貌ぶりに、目の前の勇者は言葉も出ないようだった。遠巻きに見ていたアリシア達三人が小さく漏らした驚きの声が聞こえるが、俺はそれに気づかないふりをした。目の前で口を開いたまま、その視線を俺の顔と魔剣の切っ先の間で揺らしている奴に、声帯を変化させ低くした声で言葉を投げかける。


『器が呼んでいるから何事かと思えば、貴様が今代の勇者か。見たところ、我ではなく器に負けてそうやって這いつくばっている、と言ったところか。どうした?そんなに呆けた顔をして。よもや、我が何者か分からないのか?』


 俺はそこで言葉を切り、勇者に向けていた魔剣をそのまま水平になるように持ち上げ、王座を指す。そこで座ったまま絶命している魔王こそが自分だと示すために。勇者は切っ先を目で追い、俺が言わんとしている事を察したのか、恐る恐る口を開く。


「魔王……なのか……?」

『左様。この器に封印された状態ではあるが。嗚呼、非常に憎々しい。此奴さえ我の目の前に現れなければ今頃貴様の躰は我の手中にある筈だったのだがな』

「どういうことだ?俺の体がお前の物になる?分かるように説明しやがれ!」

『おっと、少々口を滑らせてしまったか。説明しろと言われて正直に答える者などいる筈も――チッ、時間か。どうせ器が真実を語るだろう。我から教えるまでも無い』


 魔王を演じ終えた俺は変身魔法を解除して外見を人間カテラのそれへと戻す。そして、魔剣を魔王の冠へと戻すことで納めた。それを見た勇者はやっとのことで立ち上がり、俺が演じた魔王が言っていた事の真意を問いただしてきた。


「おい、てめぇは魔王が何を企んでいたのか知っているんだろ!?説明しろ!」

「……魔王には『自分を殺した者に取り憑く』能力があるらしい。奴を封印するときにさぞ残念そうに言っていたよ。魔王は勇者に、勇者は魔王に殺されない限り死ぬことは無い。では勇者と魔王が同一の体になったらどうなると思う?」

「……」


 黙りこくる奴も俺が言わんとしていることは分かっているだろう。俺の演じた魔王が『自死しない限り死なない体』を目的としていたと言うことを。


「それで、俺が魔王に取り憑かれる事を防ぐ為に封印したってワケか?」

「ああ。もし魔王の企みが実現したらそれこそ手の打ちようが無くなる。だから俺はこの三年間――」

「ふざけるな!!テメェのせいで俺の立場が無くなるじゃねぇか!!神に選ばれたのに結局はいち魔法使いの力に頼って自分は何もしませんでしたじゃ話にならないんだよ!」


 三週間前のあの日、追放された時と同じ様に胸ぐらを掴まれては怒声を浴びせられる。ただ一つ、相違点が有るとすれば奴の言い分に返す言葉があったことだけだ。


「じゃあ今から俺を殺し、お前の体に魔王を取り憑かせてみるか?言っておくが俺は断じて御免だぞ。そんな不確定な賭けに自分の命や世界の命運をかける訳にはいかない」

「それでも……!聖剣の力で何とかなるだろう!?そういう事態を防ぐために聖剣これがあるんじゃないのか!?」

「五十年前の勇者だって聖剣を振るっていたはずだ。だが、結果的に彼女はどうなった?魔王を倒すと言う目的は果たせず、歴史から忘れ去られた。それが答えだ」

「違う!!前の勇者は単純に力不足で魔王に殺られただけだ!!俺なら……俺なら奴を倒し、制御も出来る!!だから、お前を、魔王を殺させろぉおおおお!!!!!」

「おい勇者、早まるなって!!」


 そう叫び、勇者を後ろから羽交い締めにしたのは剣士のロズだった。彼女は今にも俺に食って掛かりそうな勢いで前に進もうとする奴を辛うじてその場に縫い付ける。俺はロズに礼を言いつつ、勇者にとある提案を投げ掛けた。


「ロズ、助かった。勇者、俺に一つ提案があるんだが聞いてくれないか?」


 その言葉を聞いて抵抗を止めた勇者を前に、俺は今までの事を思い返していた。


 追放されてから、俺は当初からある目的を持って日々を送っていた。その目的とは、勇者を殺す訳でもなく、世界を征服する訳でも無い。ただ、俺が失った世間からの輝かしい評判を取り戻す為だ。


 一時期勇者を襲撃していたのもその目的を果たす為であり、あくまで二の次だった。奴を殺さないことで評判を取り戻せるのであれば喜んでそうするし、事実を世間に公表したのも水に流すこともやぶさかではない。


 だからこそ、俺は奴を殺さずに、今から利用しようとある提案を持ちかける。


「今から王城に戻り、アキレウス王に『自分の命令で俺の体に魔王を封印した』と伝えろ。そうすればお前の手柄にはなるだろうし体裁も整うだろう」


 ――ただ、この提案が最後の良心だ。もしこの提案を反故にしたのなら、俺は奴を死ぬよりも辛い目に合わせる事になるだろう。


 当の勇者はそんなことは露知らず、自身の願いが叶うと知って歪んだ笑顔を浮かべていた。

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