【勇者Side】再会

 血文字で彩られた絵画の前で立ち尽くしていたが、突如として発生した地鳴りによって我に返る。そう、ここはもう敵地だ。気を抜いている場合ではない。集中すると大きな魔力が二つ、ぶつかり合っていることが分かる。先程の地鳴りもこれが原因だろう。


 辺りを見渡すと、出入り口から向かって左側の通路に夥しい数の刀傷や魔法の痕跡が見受けられた。先程の魔力のぶつかり合いと言い、誰かが俺たちよりも先に来て戦っていることが見て取れる。その戦いの痕を辿ると、難なく魔王が待っているであろう扉の前へと辿り着いた。


 しかし、移動している間に先程までぶつかり合っていた二つの魔力は一つになっており、戦いは既に決着が着いていた様だった。


 扉の向こう側から漏れ出てくる魔力量は、これまでの敵を全て一人で片付けてきた俺でもアリシア達の力を借りなければ倒せないであろうことを物語っている。


 俺は深呼吸を一つしてから両手で大きな扉を押し開ける。扉の先は、戦闘するのに十分な広さがある大広間だった。さながら俺たちが魔王討伐の命を任された王城の大広間の様で、そこには王座もある。だが、そこに座っているのは当然の事ながら魔王だった。


 青い肌に大きな角、その体躯は座っている状態でも分かるほど人間のそれとは数倍の差を誇る。項垂うなだれている為その表情は伺えないが、正面を向いたらさぞかし人々に恐怖を刻み込むようなおぞましい顔をしているに違いない。だが、その魔王は俺たちが入ってこようとその顔を上げはしない。その理由は奴の足元を見れば一目瞭然だった。紫色の血が、王座を中心に広がっていた。即ち奴はとっくの昔に絶命していたのだ。


 そして、その驚くべき事実よりも目を奪われる物が一つあった。その魔王の亡骸の前に誰かが佇んでいる。こちらに背を向けているが体型を隠すようなローブからして魔法使いであることは確かだった。そいつの黒髪も相まって、こちらからは真っ黒な人影にしか見えない。唯一、その右手に握っている剣だけが銀色の光を放っている。魔法使い然の恰好に似合わないそれは遠目から見てもなかなかの業物であることが窺えた。


 そいつは俺たちが入ってきたことに今更気づいたのか、右手の剣を消して――恐らく、魔法の類いで創った物なのだろう――ゆっくりとこちらに振り返る。その顔を見た俺は、反射的に一言だけ呟いた。


「……嘘……だろ?」


 そいつは、三週間前に『魔法が使えないから』という理由で置き去りにした、無能カテラだったからだ。


「何で……お前が……」


 ここにいるのか、後ろの魔王を倒せたのか、二つの質問が喉から出かかるも奴が先んじて制止する。


「それについては後で説明しよう。魔王はもうしてある。起き上がって来ることも無い。だから今は再会を喜ぼうじゃないか」


 奴がそう言い終わる前に、後ろにいたアリシアが飛び出して奴に抱きついた。その目には嬉し涙が浮かんでいる。エルトも歩きながら奴に近づき、いつもの無表情からは程遠い、これまた嬉しそうな表情をしている。そんな光景を眼前で繰り広げられると、解消しないままの疑問は憤怒へと変わっていく。


 何で『勇者』の俺じゃなく、アイツがあんなにチヤホヤされてるんだ!?どうやってここに来たのかも、魔王を倒せたのかも分からない奴が‼はらわたが煮えくり返る前にその言葉を半ば叫ぶようにして言い放つ。


「いい加減にしろ!何で無能のてめぇがここまで一人で来て、魔王すら倒してるんだって聞いてんだ!アリシア達も!そいつは前にも俺たちを騙したんだぞ!?今回だって何かしらの手を使って騙しているに違いない!いいから説明しやがれ!」


 俺の怒号に、その場は水を打ったように静まり返る。そんな中、無能は抱きつくアリシアを諭して離れ、説明を始めた。


「ヒスト、お前は一つ勘違いしている。いつ俺が魔王を倒したといった?俺は先程『無力化した』とだけ言ったんだ。つまり、俺は魔王を倒して無い。倒すにはお前が持っている聖剣が必要だからだ」


 いまいち釈然としないその説明は憤怒に刈られる俺には理解できないものだった。


「ご託はいいから何したかだけ話しやが……れ……」


 怒りに任せて奴に詳しい説明を求めるも、その威勢は最後まで保つことはなかった。目の前で繰り広げられる現象が俺の言葉を遮ったからだ。


 奴の頭に赤黒い何かが集まり、次第にその形を作っていく。全員の視線がその現象に集まり、それが出来上がるとアリシアとエルトが信じられないといった表情をして小さくこぼした。


「そんな……嘘だよね?カテラ……」

「先輩……それって……」


 奴の頭には赤黒い冠が、『この者が王である』と静かに語っていた。それも人間の王ではなく、魔物の王としての地位が有るということを。それを裏付ける様にして奴は俺に言い放つ。


「つまり、俺の身に魔王を封印した」


 その事実に、アリシアとエルトは『嘘…』だの『嫌…』などと言葉を漏らしていたが、俺はそれを無視してさらに説明を求める。


「まだ一つ残ってるぞ。てめぇが何でここまで来れたかっていう疑問がな。魔方陣の封印は?まさか俺がやりましたとでも言わないだろうな」

「そのまさかだ。あんな封印、俺からすれば子供が描いた物と対して変わらん。それに、ここまで来れた理由なんて、俺がそれほど強かったから以外に何がある?」

「はぁ?魔法一つろくすっぽ使えないお前が俺と同じ位強いだぁ!?バカにするのもいい加減にしやがれ!」


「なら……試してみるか?」


 無能がまっすぐ俺を見据えて挑発めいた言葉を投げ掛けてくる。その目は奴と別れたあの洞窟で見たような弱気なものでは無く、自信に満ちた物だった。いいだろう。そっちがその気なら俺は全身全霊をもってその自信を叩き潰してやる。


「分かった。サシで勝負だ」

「アリシア、エルト。下がっててくれ。巻き添えにしたくない。ロズ、審判を頼めるか?」


 てきぱきと指示を飛ばす奴の姿にまたも苛立ちながら、俺は剣を抜いて戦闘態勢を取る。互いに十歩ほど距離を取って向き合うと、奴はお得意の魔法を詠唱しないどころか、剣を握った右手をだらりとぶら下げている。俺は、その隙だらけの首筋に聖剣をねじ込む時を今か今かと待っていた。


 そして、待望の時は訪れる。


 ロズの「始め!」という言葉が俺に届くと同時に、俺は奴に食らいつく様に駆け出した。


 こうして、勇者と魔王の闘いが幕を開けた。

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