魔王を討つ者として

 俺はあの後、王座に座ったまま眠っていたようで、必死に揺り起こすリィンの声で目を覚ました。


「起きて下さい!お兄さん!大変です!」

「んあ……どうした……?そんなに慌てて……」


 目を擦り、欠伸をして答えるが彼女が放った次の言葉で俺の眠気は吹き飛んでしまった。


「水晶を見てください!勇者達が向かってきてます!」


 その言葉を受け、大きく開いていた口を無理矢理閉じては水晶へかぶり付くように顔を近づけた。そこに映っているのは勿論勇者一行だが、背景からして一直線に魔王城こちらへと向かっている事が分かった。幸いまだ魔界へと足を踏み入れてはいないが、このペースでは一、二時間程で辿り着くだろう。時間が無い。一刻も早く皆を避難させなければ。


「リィン!皆を呼んできてくれ!これからどうするのかを説明する!」


 その言葉を受けて一目散に出口へと駆けていった彼女の背中を見送りながら、頭の中で勇者と対峙した際の立ち回り方を再度振り返っていた。


 十分もかからず、昨日と同じく魔王城にいる全員が大広間に集まった。彼女達の表情は固く、リィンから大体の事情を聞いたのだろう。


「昨日の今日だが、勇者達が魔王城へ一直線に向かって来ている。恐らくあと二時間もすればこの部屋にまで辿り着くだろう。その前に、皆は昨日纏めてもらった大事な物をニールの家へ運び込んでくれないか。そして、決着がつくまで獣人の都市イルで待機してて――」

「嫌です」


 俺の言葉を遮ったのはリィンの一声だった。その場の全員が彼女へと視線を向ける。俺も驚き、二の句を継げずにいると彼女は続けて言った。


「昨日死にかけていたお兄さんを一人残して私たちは安全な場所で待つだけなんて、そんなことできません!」

「リィン、その気持ちは凄くありがたいし、俺だって出来ればこうしたくはなかった。でも、こうするしか無かったんだ。俺が奴と対峙する時は、剣を交えなければならないんだ」


 彼女は俺の意図を読み取ったのか、押し黙ってしまった。俺が魔王を討つ、即ち勇者側の人間としてここに来たら魔王の配下であろう彼女達が残っているのは不自然極まりない。


「ただ、俺も一人でここに残る訳じゃない。協力者が必要なんだ。俺が『魔王を倒してその力を封印した』と奴等に思わせるための芝居をするためのな」

「つまり、我じゃな?」

「ああ、レリフにはここに残ってもらって色々と協力してもらう。何、勇者と直接戦えとは言わない。死体に扮していればいいだけだ。簡単だろう?」

「……自身の死に様を晒すと言うのは頂けないがのぅ……」

「すまない、一つだけ言い忘れていた。レリフにはこの姿で死んでもらう」


 俺は言葉を切ると同時に、昨夜魔方陣のある洞窟で練習していた人間が想像する魔王の姿へと変身した。


『この、見るもおぞましい姿でな』


 リィンとレリフは前回見た為か、驚くことなく受け答えをする。しかし、初見のドラゴ、ケルベロス、ルウシア、ニールはそれぞれ別の反応を返す。


「おお!なんとも強そうな姿だな」

「わたくしも『魔王』と聞いて浮かぶ姿はこのような恐ろしいものでしたわ」

「でも些かやりすぎではないでしょうか……?」


 ニールはケルベロスに目線を向けてそう溢す。当のケルベロス本人はというと……


「ご主人が怖いー!!やぁああだぁあーーー!!」

 そう言いながらルウシアの後ろに隠れては彼女の足にしがみつく。


 俺は変身魔法を解き、いつもの姿に戻るとそんなケルベロスの姿に苦笑した。


 ――――――――


 その後、渋い顔をしながらもリィンは戦いが終わるまで獣人の都市イルで待っていることを了承してくれた。あの様子じゃ終わった後は色々と要求されるだろう。結局、イルから帰る際にした約束も果たせてはいないしな。


 とりとめの無いことを王座に座って考えていると、大広間の扉が開いてレリフが入ってきた。


「ひとまず人と物の避難は終わったぞぃ。次はどうするのじゃ?」


 こちらに近づきながら繰り出される問いに俺は立ち上がって答えを返す。


「戦闘の痕をそこらじゅうに付けに行く。リアリティーを出すために、付き合ってくれないか?」

「お主と我で戦いながら城を巡るということか。あのときは接近戦は出来んかったしの、どちらが優れているか決めようではないか」

森人エルフの所では『接近戦は足元にも及ばない』とか言ってなかったか?それに本気の戦闘じゃなくてもいいだろう」

「ならぬ!達人は切り口を見て本気だったのか解るという。勇者一行にも剣の達人はおるじゃろう?」

「まぁそうだが……そんなこと言ってるがただ単に本気で戦いたいだけじゃないのか?」

「ふふ、どうだかのう」


 王座から立ち上がり、冗談を交えたやり取りをして大広間から出るとそのままエントランスまで無言で歩く。そこに飾ってある大きな風景画の前で立ち止まり、それを見上げた。草原に赤レンガの小屋が一つ描かれたなんとも牧歌的な物だった。


 この絵を含め、この城の内装は人間界にあるものと違いはほぼ無い。事情を知らない勇者達がここに転移してきたとしても『人間界のどこかに飛ばされた』と思うだろう。


 その為俺は冠にかけた変身魔法を一部分だけ解き、今まさに傷口から流れ出たかの如く液体となった血液で風景画にある文字を記す。『魔王城へようこそ』と大きく書かれた絵は、見るも無惨な姿になっていた。


 満足げな顔をする俺の傍らで、レリフは『高かったんじゃがな……この絵……』といった、残念そうな顔をしていた。

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