【勇者Side】魔王城

 宿屋で一泊し、早朝に目が覚めた私たちは勇者も同じく目覚めていないか確認するために日が昇り始めると同時に教会へと向かってました。何故そんな早い時間に迎えにいくかと言いますと、ロズさんから良くない知らせを聞いたからです。


 町の皆さんが、勇者に対して『本当に魔王を倒せるのか』という疑惑の念を抱き始めている為、早朝に迎えに行き、目を覚ましていたらその足で王都を発つ予定です。案の定、この時間帯に出歩いている人は居ませんでした。まだ完全には覚めていない目を軽く擦りながら、いつもより広く感じる大通りを歩きます。


「ふぁ……あ、勇者の野郎が起きてりゃいいんだがな。流石にあんな状態の人混みを歩けばアイツだって勘づくはずだ。そうなると厄介だからな」


 大あくびを一つしてからロズさんがぼやきます。エルトさんは殆ど目を空けずにこっくりこっくりと頷いていました。それが同意から来るものなのか、それとも眠気から来るものなのかは分かりませんが。


 そんなやり取りをしながらも教会へと辿り着きました。少しだけ空いていた扉から神父さんが起きているか確認すると、そこには教会特有の木の長椅子に座り、何とも言えない表情で神父さんの話を聞いている勇者が居ました。話を聞いている彼の表情とは打ってかわって、神父さんは少し興奮されているのか、ここから窺える横顔はすこし血色が良いように見えました。


 とにかく、勇者と神父さんは目を覚ましていた為、勇者と合流して旅を続けることにしました。私は魔界に通じる魔方陣へと向かうことを提案します。なんとか彼を説得出来た為、北へ向かって白み始めた空の下を歩き始めました。


 ――――――――


 目が覚めてから数時間、俺を退屈させないようにと気遣ってくれたのだろうか、間髪いれず話す神父に相槌を入れることにも飽き飽きしてきた頃、やっとのことで仲間達が合流した為魔王討伐の旅を再開した。魔界のオーブを入手出来なかった為、次の目的地をどこにしようかと決めかねていた所、アリシアからこのような提案があった。


「一度、魔界に通じる魔方陣に向かうのはどうでしょうか?もしかしてオーブ無しで通れる方法が見つかるかもしれませんし……。例えば、聖剣の力で封印を破れるのでは無いでしょうか?」

「それは無いだろう。現に五十年前の勇者もオーブを探していた訳で、それを用いて封印を破ったんだろう?」

「まぁまぁ、そんときゃ山を越えていきゃ良い話だろ?聞いた話じゃ魔物がウヨウヨいるって言うがお前なら問題無いだろ」


 彼女達の押しの強さに若干違和感を抱きながらも、他に行く宛が無いためひとまず大魔方陣を当面の目的地として歩き始めた。とはいえ、人間界の中央から歩いて行くのは時間が掛かりすぎるため、ここまでの旅路の中で一番北にある町に転移してから歩くことにした。


 ひたすら北へ向かう旅の最中は、今までで一番口数が少ない一日だった。敵が現れたとしても俺が速やかに一刀両断するため呪文どころか『戦闘準備!構えろ!』という号令すら発しない始末だ。


 では敵の居ない道中はどうなのかというと、ロズは地図を両手に持ち現在地を確認しながら進み、アリシアは何やら複雑そうな顔をしてこれまた話さない。エルトは朝が早かったのが祟ったのか、しきりにあくびをしていた。


 なんとも居心地の悪い道中は、見晴らしのよい丘の上で先頭を進んでいたロズの一言で終わりを告げる。


「おい、あそこ見てみろよ。洞窟だ」


 その一言を受け、一行全員の視線が前へと向き直ると、まず視界に入ってきたのは立ち塞がる壁の様に連立する山脈だった。次に、この道をその壁に向かって進んだ先にある洞窟が目に入る。間違いない、あの山脈こそが魔界との境目で、その麓にある洞窟に大魔方陣がある。


 俺は振り返り、アリシアとエルトの表情を窺う。二人の顔は先程とは一変し、引き締まった物になっていた。俺は三人に向けて一言だけ、『気を引き締めて行こう』とだけ言った。


 それからというものの、いつでも戦闘に入れるように警戒しながらも洞窟へ歩みを進める。近づくにつれて、その大きさがはっきりと分かってきた。恐らく100人ほどであれば優に行き来できるほどの規模を誇るそれは、軍事的な事情で作られたものだと推測できた。


 いつもの様に、俺が先頭、アリシアとエルトが続いて最後尾にロズ、といった陣形で洞窟内部へと侵入し、そのまま深部を目指す。これほどの規模の空洞、しかも魔界への入り口だということで激しい戦闘が繰り広げられるかと思いきや、最深部まで戦闘一つ起こらずに辿り着いた。


 今までの通路から一転、視界が開けると、紫色の光を湛えた魔方陣がそこに鎮座していた。エルトはその陣の様子がおかしいことに気付いたのか、立ち止まった俺の横をすり抜け、駆け寄っては陣の縁でしゃがみこんで何か調べていた。そして、衝撃の一言を発する


「恐らく、封印は壊されています……。誰がやったのかは分かりませんが……」


 何故か、あの無能の顔が脳裏をよぎる。いや、そんなはずは無い。アイツは魔力こそあれど魔法は使えない無能だ。奴がこんな芸当出来るはずが無い。頭ではそう考えていても、魔方陣の中心へと急ぐ足は止まってくれない。


「待って下さい!陣を解析して細工されてないか……」


 後ろから聞こえるエルトの制止を振りきって中心へと立つと陣が発動したのか、俺の視界は紫へと染まっていった。


 気がつくと、見知らぬ城のエントランスに居た。城への出入り口に向けて立っていた俺と向かい合うようにしてアリシア達も一緒に転移してきたようだった。彼女達もきょろきょろと周囲の様子を窺っていたが、ある一点を見たきりその視線は釘付けになっていた。俺は彼女達の目線の先を見るために振り返る。


 城の内装は人間界にあるものと同じで、白を基調にしたものだったが、俺たちにはここが魔王城であることは人目で分かった。


 出入り口の正面には、俺達の身の丈以上の枠に収められた大きな風景画が鎮座していた。だが、その風景がどこかは分からない。その絵は所々を覆われていた為だ。


『魔王城へようこそ』という、滴る血によって記された乱雑な血文字によって。

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