とある門番の夢

 レリフを起こし、リィンとケルベロスを起こすのに手間取っていたルウシアを助けていた時であった。


「ニールさん、ちょっとその馬車止めて貰っていいっすか!?」


 不意に、馬車の前方に立ちはだかるようにして門番のひとりが飛び出してきた。まだ門とは200メートルほどの距離があるにも関わらず、だ。門に改めて目をやると、先程伸びをしていた門番の姿が見当たらず、残りの一人がこちらに何やら大声で叫んでいた。その様子から察するに、なにかしらの事情があって二人のうち一人が馬車に駆け寄ってきたんだろう。


「無礼を承知でお願いしたいんすけど……、魔王様と直接お話したい事が有るんです!お願いします!」


 そしてその門番は馬車の進行を妨げていることを気にも止めず、その場で頭を下げた。見事な直角である。


「まぁグレイさん。そんなに慌ててどうかされたんですか?持ち場を離れてはガロアさんにまた叱られますよ?」

「んなことは分かってます!それでも伝えたいんです!どうか、お願いします!」


 ニールは困惑した様子で頭を下げている門番の名前を呼ぶ。グレイと呼ばれた彼は、どうやら犬の特徴を持った獸人らしい。耳は兜のせいで見えないが、だらりと垂れ下がっていた灰色の尻尾からそう推測できた。ともかく、彼の話を聞かない限り道は開かないと思って良いだろう。


「ニール、彼を乗せてやってくれないか。このままじゃ意地でも退きそうにないからな」


 ――――――――


 こうして、馬車は思わぬ乗客を乗せて再び進みだした。グレイは進行方向とは逆向きに、ニールの隣へと座る。二人並んだおかげで座ったままでは二人に遮られて前方が見えなくなってしまった。先ほど聞いた話からすると、門に着いたら彼にはキツイ説教が待っているのだろう。その前に伝えたい事を聞くために単調直入に要件を伝えるように言い放つ。


「で、だ。俺に伝えたいこととは何だ?凶悪な魔物でも出たのか?それとも……門番の仕事が暇でしょうがないから他の仕事をくれとでも言うのか?」

「ウェッ!?そ、そんなわけ無いじゃないスか?門番の仕事はそれなりにやり甲斐ありますしね……は、ははは……」

「はぁ……まあいい。それで、用件は?」

「し、失礼しました!用件なんスけど、実はさっきの門番の仕事に関係が有りまして……」


 そこで言葉を切り、ちらちらと俺の横に目線をやるグレイ。その先にはじっとりとした目で彼を見ているレリフがいた。どうやら先程のやり取りで彼がそれほど真面目に働いてないことを察知したらしい。グレイは話しづらそうにしながらも続きを話し始めた。


「オレは三年前、人間界で勇者が目覚めたと聞いて勇んで魔王軍に志願したんス。目的は勇者を倒して武勲を上げるとかじゃなく、ただ単に人間界に行ってみたかったんスよ」

「人間界か。行って何するつもりなんだ?」

「それは……観光?まぁただ単に一目見たかっただけっス。人間がどのように暮らしてるのかを見てみたいんスよ」

「ならこやつに聞くと良かろう。何せ二週間前までは人間界で暮らしておった人間じゃからの。なんやかんやあって今は魔王をしとるが。ともかく、我も最近の人間界がどのようになっているのか聴きたいのじゃ、はよ話せい」

「えっ!?そうなんスか?ずっと前からそうだったような感じ出てますよ!えーっと……」

「カテラだ。好きに呼べ」


 そう言って言葉を切ると、俺は今後の身の振り方を考えていた。もし俺が勇者を倒し、世界征服でもしようものなら目の前の男が抱いている夢は二度と叶うことは無いだろう。彼が見たいのは今の人間界であって、俺が征服した後のそれではないのだから。個人的な復讐か、それとも王としての責務か。その二つの間で俺の考えは揺れ動いていた。結局その後も答えは出ないまま馬車は停車した。つまりそれは門に着いた事を表しており、同時に目の前の男が叱られる時になったと言う訳だ。


「グレイ!貴様は守るべき門を放っておいて馬車に揺られながら談笑か!?いい加減にしないとクビにするぞ!?」


 もう一人の門番の怒声が辺りに響く。同時にグレイは縮み上がり、甲冑から出ている尻尾は力なくうなだれていた。それを見たレリフは軽いため息を一つ吐いて立ち上がると、俺についてきて欲しいとだけ言っておびえた様子のグレイに用件を伝える。


「ここは我らに任せておけ。じゃから、そこをどいてくれんかの?」

「あ、ありがとうございます!ご、ご武運を……」


 レリフは俺たちに向けて敬礼するグレイの横をすり抜けて馬車から降りる。それに続いて俺も降りると、怒声の主がレリフに向かって頭を下げている場面に直面した。


「こ、これはレリフ様!お久しゅうございます!」

「うむ、ガロアも達者で何よりじゃ。変わりは無いか?」

「はっ!城塞都市イルは50年前の勇者来訪から特に変わりは有りません!」


 下げていた頭を元に戻したガロアは、レリフの隣に立っていた俺に気付くと、誰はこいつはという目線を投げ掛けてきた。兜のバイザーを上げていた為、グレイとは違い顔の一部を窺うことができた。濃い灰色に白髪が混じった眉毛に、皺の寄った頬は長年生きてきたことを示しているが左目を通過している刀傷や、年老いて尚曲がっていない背中と今なお鋭い眼光を放つ蒼い瞳から、ただ単に歳を重ねて来たわけではない事が分かる。そんな彼は、門番らしく俺の身元を尋ねて来た。


「失礼ですがレリフ様。そちらのお連れ様は一体……?」


 その言葉を受けたレリフは思わず吹き出し、くつくつと笑った後に俺の身分を証明してくれた。……余計な一言付きで。


「お、お連れ様じゃて……。森人エルフ達の時とは真逆じゃのぅ…くくっ。ガロア。こやつは我の後継。14代目魔王、カテラ・フェンドルじゃ」


 すぐさまガロアは敬礼をし、自分の非礼を詫びる。レリフはというと、今回は俺がお連れ様だと言われた事が可笑しいのか、にやにやと笑いを浮かべて俺の事を見ていた。

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