城塞都市

 俺の技名付けから暫くして、ぎゃあぎゃあと騒いでいたリィンとケルベロスは疲れたのか、昼飯を食べた後は互いへ寄りかかって眠ってしまった。レリフも同様で、眠たげな眼をしながら意識を手放すまいと睡魔と戦っていた。そんな彼女に俺は『寝ておいた方がいい』と助言をすると、それに従って彼女はあっさりと抵抗を止めて寝息を立て始めた。


 それから時間は経ち、天高く君臨していた太陽は低い角度で橙色の光を俺たちに投げ掛けていた。もうじき日が沈む、それは目的地への到着時刻が近いことを語っていた。出発してからしばらくは話題に事欠かなかったものの、三人が寝入ってからは起こさないようにするため殆ど会話は無くなった。俺はその分景色を楽しむためにレリフのいる前列へ移動したかったが、当の彼女が右肩に頭を載せてきた為身動きが取れずに居た。


 肩を少し揺すろうが、声をかけようが一向に目を覚まさない事から、昨日は余り寝れていなかった事が窺える。いつもであれば『遠足が楽しみなお子様かな?』と茶化すが、出発前のあの表情を見るとそう思うのも憚られた。何かしら、吐き出せない思いがそうさせたのだろう。その為、俺の思考は到着が近づきつつある獣人の都市そのものよりも、帰った後に彼女から何が語られるのかに焦点が置かれていた。だからだろうか、目的地が見えてきたというニールの声に反応できず、顔を覗き込むルウシアと目が合って初めて気が付いた。


「陛下?もうすぐ到着だそうですよ。それにしてもレリフ様はよく眠っておられますね……」

「ん?ああ、分かった。そろそろこいつらを起こさないとな。ルウシアは二人を頼む。おいレリフ、いい加減に起きろ」


 肩を強めに揺さぶって何とか起こすと、彼女はねぼけまなこながらもその紅い瞳に抗議の色を滲ませていた。もう少し長く寝ていたい気持ちも分かるが、仮にも先代魔王なのだ。民の前でうつらうつらと惰眠をむさぼる姿を見せるのはいかがな物か。最悪、魔王のフリをした子供と見なされる場合もある。前回、森人エルフ達に会いに行った時も彼女は先代魔王だという事に気付かれなかった。その時は大層ご立腹だった為、今回は誰か彼女の身分が分かる人が居ればいいのだが。


「そろそろ起きとけ。寝てて弁明できず、前回みたいに『お連れ様』扱いされるのは嫌だろ?」

「……じゃな」

「じゃあキッチリ頑張れ。『先代魔王様』」


 彼女は短く答えると、欠伸と一緒に伸びをした。俺はそれを目線の端で捉えながらいよいよ到着する目的地の外観を観察していた。俺たちの遥か後方から続く金色の絨毯に、赤レンガ造りの壁が鎮座していた。門の前に立つ、甲冑で全身を防護した番人を縦に5、6人並べてやっと届くだろうそれは、そこが『城塞都市』と呼ばれるほどに堅牢な守りを誇ることを語っていた。だが、二人いる門番のうち、俺たちから見て右にいる奴は気が緩んでいたのか、伸びをしている有り様である。


 ――――――――


 その日も変わらず、門番という仕事は『商人以外が通ることのない門の前にただただつっ立っているだけ』といった退屈な物で終わろうとしていた。オレがここに配属されてから三年。当時は『人間界で勇者が覚醒した』という噂でもちきりで、もしかしたら軍に入れば人間界に行くチャンスがあるかも?と思って魔王軍に志願したのに……


「はぁ~、退屈っすね~。こうも平和だとオレ達の存在意義ってなんなんっすかねぇ~」

「馬鹿野郎。俺達の仕事がねぇってことは平和そのものってことじゃねぇのか。今ここで勇者でも現れてみろ、ここの住人はパニック起こして逃げ惑うだろうよ」


 オレのボヤキに隣に居た大先輩が苦言を呈する。甲冑のバイザーを上げ、目元を晒している先輩の左目には大きな刀傷があり、もともとイカツイ銀狼族の顔をさらにイカツくしていた。いつだったか話してくれたがその傷は50年前に勇者と一太刀交えたときに付いたものらしい。そんなスゲー人と一緒に働けるといった興奮は、平和な日常に溶けてゆき、最初こそ畏まった敬語を使ってたけども今じゃ砕けた口調で話すようになっていた。


「そりゃそうっすけど……。来る日も来る日も商人たちの馬車を止めて荷物の検分するだけだったら他のヤツでも出来そうじゃ無いっすか」

「……それは違うぞグレイ。俺達は魔王様から仕事を貰って――」


 大先輩の長々とした説教が始まろうとしていた。逃げ出すために話題を逸らせる物が無いかと必死で探すと、こちらに向かってくる一台の馬車を発見した。


「あ!ガロア先輩!馬車が来ました!オレが行ってきますね!」


 オイコラ!と怒声を背中に受けながら守るべき門を放棄して馬車へと一目散に向かう。そもそも魔王が軍の配属を決めるなら、一言文句を言ってやりたいくらいだ。……顔どころか何一つ知らないオレには到底無理な事は分かっているけどな。


 駆け出した目的は二つあった。説教から逃げる為と、馬車に乗っている人と話す為だった。ニールさんは珍しい黒狐族で、ご両親が始めた商会の仕事を受け継いで自身も商人として生計を立てていた。一週間に一回、魔王城へ食糧を届けているため頻繁に顔を合わせる事の多い彼女は、オレの退屈な日常に華を添えてくれる人でもあった。何より美人だし。


 魔王城へ頻繁に通う彼女であれば、魔王がどんな人なのか知っているかもしれない。話を聞いてみて、直談判出来そうなら「所属を変えて欲しい」と言ってみるのも良いかもしれない。


 だが、実際はニールさんに魔王の人となりを聞く必要はなかった。オレが近づいた彼女の馬車に、そいつが乗っていることが分かったからだ。


「期待に胸が躍りますね、陛下」

「ああ、そうだな」


 今の時点では魔王が男で、女性の臣下を連れている事だけは分かった。

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