ディール平原

 俺とドラゴの二人で作った昼食を四角い手提げ籠に入れて大広間へ向かうと、リィンとケルベロスがもう待ちきれないといった様子で俺の元へ駆け寄ってきては懇願する。その様子をルウシアは笑顔で見ていたが、若干そのテンションに着いていけて無いように見えた。


「やっと来ましたねお兄さん!私もケルベロスちゃんももう待てません!一刻も早く出発しましょう!」

「ご主人、ケルベロスもはやく出発したいー!」


 そう言いながら抱きついてくるケルベロスの頭をわしわしと強めに撫でてやると、ブラウンの尻尾は先程よりも勢いを増して左右へ揺れる。その手を止めずにリィンへレリフが何処に居るか聞くも、答えは分からずじまいだった。


「朝食を食べてからフラッとどこかに行ってしまったようで、自室にいらっしゃるかと訪ねて見ましたがもぬけの殻でした」

「そうか。なら探してこよう。皆はここに居てくれ」


 そういい残して大広間を後にした俺は、まずテラスへ向かった。自室、食堂に大広間。この全てに居ないとなればそこしか考えられなかった。そして、その予想は正しかった。彼女はテラスの手すりに体重を預け、城下町を眺めていた。その背中からは、そこはかとなく哀愁が漂っている。彼女は俺が声をかける前にこちらに気付き、ゆっくりと振り返った。


 その表情はいつも通りの物であったが、瞳の奥からは隠しきれない悲しみが見て取れた。それに気付いていたことが顔に出ていたのだろう。彼女は小さくため息を吐くと呟くように俺に告げた。


「お主か。突然ですまぬが、イルから帰ってきたら聞いて欲しいことがある。良いかの?」

「ああ。心の準備が出来たらで良いから話してくれ」

「そう言ってくれると助かるのぅ。さて、そろそろあやつらも待ちきれなくなるじゃろ。さっさと行くぞ」


 彼女はそう言って俺の隣を通り過ぎる。振り返って彼女の背中を改めて見ると、それは先程よりもとても小さく見えた。


 ――――――――


 その後、全員揃って馬車に乗り込むといつのまにかレリフはいつもの調子を取り戻していた。ぎゃあぎゃあと騒ぐリィンとケルベロスを呆れた目で見つめ、ルウシアに目に写る風景の説明をしている。


「なんといってもディール平原最大の特徴は農耕に適した土地であることじゃな。広く、川も何本か通っており水に困らんここは、農作物を育てるのにうってつけでの、魔界の約8割の食料を生産しておる。加えて牛や馬、鶏に豚などの酪農や畜産もしておるぞ」

「つまり、魔界の食糧庫と言っても過言ではないと言うことですね?」


 そうじゃ、とやり取りする彼女達は馬を操る為に一番前に座るニールのすぐ後ろ、風景がよく見える前の方に互いに向かい合って座っていた。俺はレリフとドラゴに挟まれて、目の前にいるリィンがケルベロスと騒いでいるのを小耳に挟みながら風景を楽しんでいた。


 レリフの言う通り、今馬車が進んでいる道の左右にはよく育った麦が織り成す黄金の絨毯が敷かれていた。視界の遥か先まで続くそれの合間に、時たま顔を覗かせるのは農業で生計を立てている者達であろう。……たまに顔ではなく動物を模した耳だけが絨毯の上を滑るように移動することもあるが。


 風景を見ていた俺に突如声が掛けられた。その主は俺の向かいに座るリィンの物である。


「そういえばお兄さん、技名とか付けないんですか?」


 突然何を言い出すんだコイツは……と言いたくなる気持ちを押さえて疑問に疑問を返す。


「急にどうした?脈絡もあったもんじゃない話を振るんじゃない」

「あのですね、昨日ドラゴさんとの模擬戦をしてる間に、魔王様やルウシアさんと話してたんですよ。『お兄さんの技のレパートリーが増えてきたなぁ』って」

「それで?」

「魔王様が、『魔王たるもの技名にも拘んとな』と言ってまして、三人で案を出してたんですよ」

「あ、ああ……」


 何故そこに拘るのか、別にどうだって良いじゃないか――そんな俺の考えとは裏腹に話は進んでいく。


「ということで、これからお兄さんには技を使う度に技名を叫んで貰うことに―――」

「断る!」

「えぇー。私たちだって一生懸命考えたんですよ?聞くだけ聞いてくださいよー」

「……聞くだけならな?よほど気に入らない限りは絶対に言わないが」

「じゃあいきますよ?まず、『冠を剣にする技』の名前は『魔剣』です。ルウシアさんが考案しました」

「僭越ながら、陛下があの大蜘蛛を斬り伏せた際に脳裏に浮かんだ言葉を付けさせて頂きました」


 魔性の剣という意味で、人間界にも魔剣と呼ばれる武器はあることにはある。それを含めてまぁ許容範囲だろう。


「続けて、『魔力を通して対象に魔法を使えなくさせる』技ですが、『ディスペる』です。

 由来は――」

「イントネーションおかしくないか?てかお前が考案者だな?」

「バレました?まぁお兄さんの好みは手に取るように分かりますからね。今の魔剣も―――」

「分かった分かった!次!次は何だ!?」


 満更でもないことがバレるなんてもっての他だ。さっさと聞いてしまって別の話題に持っていこう。


「最後に、昨日見せて頂いた『飛ぶ斬擊』ですが……『魔刃剣』に決まりました。魔法の刃を発する剣ということで……」

「待った!そのネーミングは些か危ないだろうから一部を取って『魔刃』にしよう!そうしよう!」


 訳もわからず、なんとなく危ない気がした俺は結局彼女らの発案を全て受け入れる事になった。


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