出発の準備
ニールが獣の都市へ帰る、即ち俺たちもそこへ赴く日の朝がやって来た。窓から差す光により俺は自室のベッドで目覚めたがどうにも起き上がれずにいた。昨日、慣れない力仕事に加え、何時間にも及ぶ模擬戦を経た体は当然ながら筋肉痛になっている。その中でも両腕は殊更に重症だった。そのため腕を使って起き上がるのに躊躇いがあり、ベッドで横になっている内に二度寝三度寝と繰り返し、未だに微睡みの中にいた。
意識を飛ばすのが恐らく十度目になろうかという頃、ノックの音で現実に引き戻される。「んー……」と声にならない声でそれに返事をすると、勢いよく扉が開かれた。
「お兄さん!起きてください!早くお出かけしましょうよ!!」
入ってきたリィンはいつもより浮き足立った様子で俺を急かす。どうやら久々に城の管理をしなくていい事に喜んでいるようだ。だが、起き抜けの俺はそのテンションについていける訳もなく、上体こそ起こしたものの、完全には起きていない頭でボケッとしていた。その様子にリィンは両手を腰に持っていき、俺をせっつく。
「もー。早く起きないと置いていきますよ?お兄さんもそれは嫌でしょう?」
俺はそれに大きな欠伸で返し、伸びをしようとすると全身が悲鳴を上げた。出掛かっていた欠伸は引っ込み、口からは実際に悲鳴が飛び出す。
「あだだだだだ!!!」
「え、お兄さんもしかして筋肉痛ですか?そんなもの、回復魔法でどうとでもなるじゃないですか」
「…………そんなこと知っているさ。ただ、起き抜けの頭には浮かばなかっただけだ」
当然だろう?という顔をして言うと、リィンは呆れた顔をする。
「はいはい。分かりましたから。パパッと魔法かけて起きてください。もう皆朝ごはん食べ終わっちゃいましたよ?」
「分かった。すぐに向かうよ」
彼女への返事をしながら、
食堂ではドラゴが何やら作っていた。俺の朝飯はテーブルに出ていることから、恐らく昼飯の準備をしているのだろう。ニールの話では城塞都市イルまではそれなりの距離があるらしく、今から出発すると到着は日が暮れ始める頃だそうだ。例え仕事だとしても、その距離を定期的に行き来してこの城に食料を届けてくれる彼女には頭が下がる。ドラゴを観察していると俺の視線に気付いたのかこちらを見ずに挨拶が飛んできた。
「ようカテラ。パパッと喰っちまってくれ。昼飯作っててよ、皿洗いがまだ出来てねぇんだわ」
「なら食べたら俺がやっておこう。遅くなった原因は俺のせいだしな」
「悪ィな。助かる」
一連のやり取りを終えると、俺は食べることに、ドラゴは昼飯作りに集中していたため食堂にはいつもの賑やかさはなく、食材を切り分ける音やスープの皿とスプーンが触れあう音位しかしない。そんな中、俺はパンの最後の切れ端を口に放り込み、食べ終わったことを彼女に伝えた。
「ご馳走さまでした……。ドラゴ、食べ終わったから手伝うぞ」
「おう。そこにまだ手付かずの皿があるからそれを水に通してくれねェか。あとはやっておく」
「それだけで良いのか?他にやることが有ったら手伝うが」
「王様なんだから座っとけ。後はアタシがやっとくから」
「そういうわけにはいかない。いつも美味しい飯を作って貰ってるんだ。俺にもなにかさせてくれ」
その言葉を受けて、ドラゴは肉を切る手をはたと止めて、俺に向き直る。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねェの。ならそれが終わったらアタシが切った食材をこれに挟んでくれ」
そう言って彼女が指差したのは先ほどまで俺が食べていたのと同じ、楕円形のパンだったが一つだけ違いがある。それは挟み込む為のスペースを作る為に切れ込みが入れてあることだ。そして、ドラゴの前には鶏肉のローストだろうか、ともかく肉や野菜が細長く切られて並んでいた。
「こうすりゃ食器を使わずに、手を汚さないで肉が食えるだろ?我ながら名案だと思うぜ」
「あーうん、そうだな。ドラゴの焼いた肉を外で喰えるのは確かに魅力的だ」
「だろ?一昨日だったか、森から帰ってきた魔王ちゃんが『外で食べられるものを考えてくれ』って言ってきてよ、そしたら昨日リィンがアドバイスをくれて実際に作った。で、今に至るってワケよ」
思い返して見れば昨日、ニールと会った時に食べていたものもこういったものだった。今まで外に出る機会がなかった彼女たちにとって、食料に携行性を持たせるという概念は薄かったのだろう。
ともかく、昼食がいっそう楽しみになった俺は皿洗いと、昼飯作りを手伝うことにした。俺とドラゴの二人だけという珍しい状況のため、以前から気になっていたことを訊いてみた。
「なぁドラゴ。前々から気になっていたんだが、何故料理を作ろうと思ったんだ?戦闘とは余り結び付かないような……」
「いやいや、重要だろうが。飯を食わねぇと強くなれねぇ。なら、強くなるためにただ単に鍛練を積むだけじゃなく飯も見直さなきゃいけねぇって思ったんだよ」
「なるほど。じゃあ次に竜人の都市に関して訊きたいんだが――」
こうして俺達は、料理をしながら色々な事を互いに聴くのであった。
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