【勇者Side】国王との密約

 使用人に案内され、国王が待つ食卓へと通された。およそ10m程の長さを誇る長テーブルの短辺、いわゆるお誕生日席に王は座っていた。その前にはこれまた豪奢な食器に盛り付けられた色とりどりの料理達が所狭しと並べられている。彼は湯気が出ているそれらには手を付けずに俺の事を待っていた。だが、側にあるワイングラスに赤い跡が残っているのを見る限り、酒の方は進んでいるようだった。彼は仄かに赤くなった顔で俺に座るように言う。


「おお、勇者よ。話を受けてくれて感謝するよ」

「王からの誘いを断る度胸など持ち合わせておりませんので。それに、一度陛下とはじっくり腰を据えて話してみたいとおりましたので丁度よい機会だと思い……」

「そうかそうか!ならば心行くまで語り合おうではないか!時に勇者よ。酒は嗜む方かね?」

「はい。ただ、ワインは余り飲む機会が無かったもので……」

「ならば持ってこさせよう。どれ、立ち話もなんだし座るがよい」


 その声と共に、先程俺をここまでつれてきた使用人が席まで案内する。テーブルの長辺の真ん中、王とは約5m程離れた場所に座ると、すぐに料理の数々が運び込まれて彼との間は所狭しと並ぶ料理で埋め尽くされた。俺の対面にも食器などが置かれた事から、後から誰かがそこに座るのは明白だった。俺の右手に置かれたワイングラスに赤ワインが注がれると料理を運び込んできた使用人たちは部屋を後にし、残ったのは俺と国王の二人だけ。扉が閉まる音がすると彼は待ってましたと言わんばかりに口を開く。


「さて、そなたをこの席に招いたのは単純に食事を共にしたいからという訳ではない。儂もそなた同様、話したいことがあったのでな。何、そんなに長い話しでもない。料理が覚める前には終わる類いのものだ」

「……といいますと?」

「これからの旅で一つ、そなたに頼みたいことがある。数々の国へ赴いた際、国王に会うことがあればこう名乗って欲しいのだ。『フェレール王国から来た勇者だ』とな」

「事情は大方把握しましたが、私にメリットはあるのでしょうか?」


 彼の考えていることは大方こうだろう。勇者

 が聖剣を得た今となっては100年続いた魔物との戦争が終わるのも秒読みである。ならば、自国の名前を出し、『フェレール王国が戦争を終わらせた』と暗に示すことは終戦後に優位に働くだろう、と。100年続く大戦を終結させたという手柄は今後の国政にも多大な影響を与えるはずだ。


 王の思考を読み取っていると、彼は俺が享受するメリットを提示してきた。


「メリットか。フェレール王国を名乗った上で魔王を討ち倒せば、名実ともにフェレール王国、いや王家の一員として迎え入れよう。サーシャ、入ってきなさい」


 そう言われて入ってきたのは、正に『姫様』と呼ぶに相応しい気品と美貌を備えた女性だった。胸までの長さを誇る、ゆるりとウェーブがかかった金髪は、純白のドレスによく似合っていた。彼女は背筋をピンと伸ばし、両手を体の前で揃えてお辞儀をする。顔をあげた彼女は水色の目で俺の事を真っ直ぐ見据え、自己紹介をした。


「サーシャ・フェレールと申します。勇者様、お会い出来て光栄ですわ」

「ヒスト・ヴェルデールです。サーシャ姫、こちらこそお会い出来て光栄です」

「サーシャ。勇者殿の前に席を用意してある。そこに座りなさい」


 彼女は父親の言葉に従い、俺の対面へと移動する。毅然とした姿勢で移動するその姿には思わず目が奪われてしまう。俺の視線に気付いたのか、着席した彼女はくすりと微笑んだ。その顔は先程の凛としたものではなく、恋に恋する年頃の少女がするような、愛くるしいものだった。いつの間にか、彼女から目が離せなくなっていた俺に向かって国王が先ほどの続きを話し始めた。


「もう分かっていると思うが先の話を飲んでくれれば儂の愛娘、サーシャをやろう」


 その提案は俺にとって魅力的なものだった。彼女と婚約する事は王家の一員になるだけではなく次期国王の座に座ったも同義なのだから。それを、ただ言葉を発するだけで貰えるとなれば引き受けない手はなかった。ただし、それならばとあっさり引き受けてしまうのも彼女の心象に余りよくないのではないのだろうか。


「大変魅力的な提案ですが、何分私は農家生まれの身。余りにも釣り合わないのではないのでしょうか」

「何を言う。そなたはもう農民ではなく、『勇者』ではないか。王家としてもその血は取り入れたいのだよ」

「そう……ですか。サーシャ姫はそれで宜しいのですか?」

「ええ、勇者様。この話は3年前、貴方が『勇者』として目覚めたときから度々挙がっていました。とうに覚悟は出来ておりますわ」

「……それほどまでに強い意志を持たれているのであれば断る方が失礼ですね。分かりました。その話、お受けいたしましょう」

「勇者殿。そう言ってくれると信じておったよ。どうか娘をよろしく頼む……。さて、そろそろ手を付けないとせっかくの料理が冷めてしまう。そろそろ頂こうではないか」


 こうして、魔王討伐の暁には国王の座が約束された。その事実は、食卓に並んでいる一級品の料理の数々よりも、遥かに『美味しい』ものであった。



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