第二章
Ⅱー1
あぁ、久しく忘れていたこの感じ。前世でも年に数回あるかないかのこの感じ。頭が妙にスッキリして身体もすぐに動けますという万全の寝起き。地面固いけど。
なんだろう、けど何か足りないような・・・。あぁ、いつもの餓えと乾きがないんだ。普通の目覚めだ。ないに越したことはないが、なければないで不安になる。
え?腹がなくなったとかないよね。
よくわからない不安にかられ、ボッコリお腹を
ベチ
「ウエッ!平たいッ!」
バチッと目を開け、飛び起きた。
「引っ込んだ、締まってる。」
筋骨隆々とまではいかないが、うっすらと割れた筋肉が見て取れた。あまりの変化に頭がついていかない。
「起きたようだね。気分はどうだい?」
頭上から声が降りてきた。萩月さんだろう。待っていてくれたのか、と振り返り見上げると、巨木の太い枝の上で、一匹の狐が寝そべりながらこちらを見下ろしていた。
白狐。
顔に朱が入り、野生の狐というよりは、神社のそれを連想させる。
「・・・萩月様、なのでしょうか?」
「あぁ、様なんてなしなし、堅苦しいじゃん。気楽に気楽に。それよりさ、どう?びっくりした?」
「ええ。それはもう。間違いなく。」
正直、姿は元より、あまりの気さくさに面食らっているけども。
「そっかそっか!シシシシッ。」
嬉しそうにしっぽフリフリしながら笑ってる。ナニワロテンネン。
「あの、随分と砕けたと申しますか、印象が違うと申しますか・・・」
「ん?公私は別けないとねー。元来僕らは遊ぶの好きだし。特に僕は面倒なの好きじゃないし。あぁ、心配しないで?琥珀君がここにいるのは、遊び半分などではないよ。」
公私とかあるのかよ。
「さてさて、それでは本来の目的を果たしますか。」
「あ、すみません。お待たせしたみたいで。」
「いやいや。いい気分転換になったし気にしないで。久し振りに走り回って狩りもできたし、木陰でまったり惰眠を貪るのも最高だったね。是非またお願いしたいくらいだ。」
「はぁ、それならば良いのですが。」
ウンウン、と頷いた白狐は、すくと立ち上がり飛び上がった。くるりと1回転し、姿を人のものへと変えると音も無く着地した。
何か違和感が。
「あの、すいません。ちょっと大きくなられました?」
「いいや。琥珀君が小さくなったんだよ。」
はい?
巨木に目を移すと見え方が確かに違う。周りを見渡す。全てが一段階、丈を上げていた。自分の身体を確認する。さっきは腹の変化に気を取られたけれど、ちょっと血色が良くなっているような。胸回りもしっかりしたし、肉がついて肌にも張りが出た。手足もガッチリしてむしろ筋肉質。これは例の物も・・・
あ、おっきくなっちゃった。
いや、角がね。
一回り太くなって伸びたかも。
いや、角だよ。上の。
「琥珀君は進化したんだ。餓鬼から小鬼に。」
「進化、・・・ですか?」
「そう。僕はそれについて説明する為に残っていたのさ。」
いや、もっと他に説明することあるよね?あるよね?
「では、ご説明頂く前に少し伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」
「応えられる範囲でなら。」
萩月は穏やかな顔で頷き、続きを促した。
「・・・ここは、ダンジョンですか?」
「そうだね、その認識で合っているよ。」
「ここは異世界なんですよか?それともゲームの中とか?もしくは知らない間に拉致されて、仮想空間の人体実験にされているとか?」
「君がいた世界ではなく、起きていることは全て現実。君は異なるこの世界へ転生した。」
「な、なぜ。私はここにいるんでしょう?」
覚悟をしたはずなのに、芯が震える。
「あの方が求め、君が応えたから。」
「なぜ、わ、私だったんでしょう。」
「君が望んだから。」
「・・・私でなくともよかった?」
「事実、君が一人目ではない。」
「その方は今どちらに?」
「彼等はもういない。」
「帰ったのですか?元の世界に!」
「帰る術はない。詳しくは言えないが、魂だけをこちらに喚んでいる。魂だけ送り返すことも、不可能ではないかも知れないが、受け皿がない。総てにおいて制約がある。ゼロではないかもしれないが万に一つもない。」
言葉が詰まる。
「帰りたかった?」
「あ・・・いえ、正直、わかりません。彼等は亡くなったのですか?・・・いや、終われるのですか?」
「願えば。」
「・・・前の方達は、願った、と?」
「残念ながら。あるものは餓えに耐えられず、あるものは重なる死の恐怖に錯乱した。望郷の念に苦しみ、自我を放棄した者もいた。他にもあるけど理由はそれぞれ。」
「それならば、もっと強いモノに転生させれば、生き残れる者もいたのでは?」
「最初から強い生物は創れない。少なくとも今は。仮に創れたとして、魂の質が見合わない。強靭な肉体には強靭な魂が必要だ。あちらで普通に生活しているだけでは魂の質は変わらない。人の生を全て魂の研鑽に捧げれば、あるいはといったところかな。」
「創れない・・・。つまり私は創られたのですね。皆様に。」
そう俺が投げ掛けた後、萩月は始めて表情を崩し、顔をしかめた。
「・・・つい乗せられちゃったなぁ。んー、まぁそうなんだけどね。取り敢えず聞かなかったことにしといて!」
「あ、いや、そんなつもりは全く。申し訳ありません。」
異世界やら転生やらの大事のせいで、創られたという事実ぐらい大差ないようにも感じるが、不可侵なものに繋がっていくのだろうか。
「いやいや。勝手に口を滑らせたのは私だよ。気にしないで。あ、そうだ。お腹へってない?」
「俄然減ってます。」
即答した。やや被り気味である。減っていないはずがあろうか、いや、あるはずがない。露骨に話を逸らさされたけど、その振りには抗えない。
餓鬼だった頃は、責め苦の如く餓えに襲われていたので、比べるものではないのだろうが、常識の範囲内で空腹だ。そもそも砂肝ニンニク(仮)と血生臭いレバー一つしか食べ物を口に入れていない。木の皮、木の枝、木の葉っぱを除く。
「だよね。では口止め料として、こちらを出そう。お茶でも飲みながら小休止といこうか。」
そういうと萩月は、柏手をぽんと打つ。一つ打つと重箱が。二つ打つと鉄瓶、急須と湯呑みが二つ。現れた。
やや蓋をずらした重箱から匂いが漏れだす。醤油のかおり、だしのコク、砂糖の甘み、米酢の酸味。口の中に味が再現される。ぎっしりと詰め込まれた姿は、まるで黄金色の米俵。そう、それは稲荷寿司。飲み込んでも飲み込んでも溢れ出す唾液の波。しんぼうたまらん。
「ま、魔法で作ったんですか?」
「ハハッ。まさか、そんな魔法ないよ。これは僕が作ったものを喚んだだけ。権能みたいなものかな。いなり寿司なのは、イメージを大切にしてみただけ。さ、好きなだけ食べて。」
重箱を笑顔でぐいと押して寄越す。
「萩月さんは、食べないのですか?」
「んー、うん。嫌いじゃないんだけど、最近はあまり食べないかなぁ。色々思い出すんだよね。いいことも悪いことも。」
聞いてはいたが、頭に入ってこない。
「そうですか。・・・それでは遠慮なく。」
箸もあったが手で掴む。ゆっくりゆっくり口に運ぶ。半分囓って咀嚼する。口の中に甘みと酸味としょっぱさが油と共に広がる。ああ、もう止らない。もう半分も放り込む。たくさん噛んでたくさん味わう。左手は次の稲荷寿司を掴んでいる。空いた右手は次の獲物に狙いをつける。口が空いたらすぐ入れる。ああ、永遠と味わっていたい。
「どう?口に合ったかな?」
「うま゛いッす。・・・う゛ま゛いッす。」
米粒が飛んだらもったいないから、口を両手で覆って感謝を伝えた。
「うばぃッずぅ。」
涙も鼻水もでてたけど、米粒が流れちゃったらもったいないから、下向いて全部受け止めて飲み込んでやった。
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