第203話~3年越しの謝罪~

 空気が固まる。平塚さんがS級迷宮と呟いてからだ。当然、俺も体を震わせた。S級迷宮のゲートが日本で最後に開かれたのは3年前……一香さんが亡くなった時以来だ。



「……ある程度予想していたとはいえ~、言葉にされると心にくるものがありますわね」


「それで、今回の攻略人数はどうするつもりだい輝久てるひささん」



 吉田さんが最初に口を開き、その心境を述べる。代わって帯刀たてわきさんがそんな問いかけをした。



「……俺としてはここにいる5人と数人のA級探索者を──」


「A級じゃダメです。向かうのはS級以上をお願いします~」



 平塚さんが案を告げている途中で吉田さんが遮り、そんな提案を進言する。言葉通りなら、ここにいる5人だけで攻略する……という訳では無い。他国からS級探索者を呼び寄せろと、吉田さんはそう言いたいのだ。


 吉田さんがA級を入れないように判断するのも無理はない。と言うか俺も反対だ。3年前のあの日、一香さんはA級探索者を庇って殉職した。そんなミスを起こしたくないのだろう。



「……S級を、しかも他国の人間を呼び寄せるのにどれだけのお金がかかるか分かっているのかい? 呼び出すだけでも億単位の金額が動く。S級迷宮なら危険手当も含むと近場からでも50億ほどだろう」


「国に出させれば良いじゃないの~? お金で国民の命が買えると思ってるのかしら?」


「いや、もちろん50億円の予算を用意してもらった。だが、どの国にも断られたよ。最近、高等級の迷宮が多発していてS級を貸し出せる国は無かった……」



 平塚さんは悲しげな表情でそう告げる。だがこの話には裏がある。多発していること自体は本当だが、1番の問題は日本が3年前にS級が亡くなっていることだ。


 もし今の状況でS級を貸出し死亡でもされたら、自他国ともに国際的な問題に発展する。そう言った考えから、外国は50億程度では動かせないし、S級も動かない。


 最低でも300億は必要だろうな。わざわざ日本に行かなくても、他国のS級迷宮かA級迷宮を数回ほど回ればすぐ50億ぐらいすぐ集まるし。



「全く厄介な話だね。……所で篠崎君、君の系統はなんだい?」


「あぁ、一応スピード系です」


「回復系では無いのか。芽衣めい、ならば最低でもA級の回復系を連れていかねばならない。これは割り切ってくれるかい?」


「……分かってるわよ」



 帯刀さんが吉田さんを諭し、A級が入り込む余地を作り出した。回復系は戦闘能力に乏しいため他国に駆り出されるなどほぼ有り得ない。この判断は飲まざるを得ないだろう。



「あ、氷花は絶対に行かせませんからね!」


「烈火君の妹だったかしら。もちろんよ~、行きたがっても行かせないわ」



 烈火さんが氷花さんの参戦を予め防いでおくが、吉田さんがそれに強く賛成した。



「……ふむ、ではここにいるS級探索者5人とA級の回復系探索者は確定。以降の人数は追追相談と言うことで良いかな?」


「無しです!」


「異議なしだね」


「異議なしよ~」


「ありません」



 平塚さんの言葉に全員が賛成の意を示した。大本さんがホッと安堵しているのが見える。分かる、だって俺もそうだもん。



「うん、じゃあ大本、少し出て行ってくれ」


「はい? ……分かりました。用事が終わりましたら連絡をください」



 平塚さんのお願い……いや、雰囲気的に命令だ。大本さんも一瞬何故? と頭に浮かんだようだがすぐに一言ほど話して出て行ってしまった。



「さて、篠崎空君。ここにいる我々は君たちにお詫びをしなければいけない。それこそ私は土下座をしてでもね」


「本部長、止めてください」



 その口調、言葉から全てを察する。だから多少眉を顰めて怒りの感情を表してでも俺は止める。他の3人は事情を理解していないようだが、ただ事ではないとは分かっているようだった。



「いいや、君の家族を殺したのは私のようなものだ。いくら罵ってくれても構わない。それで家族だった一香さんを失った君の気持ちが晴れるならね」


「「「っ!?」」」



 平塚さんがハッキリと口に出した。ケジメだろうか、もしくは後悔の自責からだろうか? でもその事を言われたら関係が悪くなりそうだと思っていた。


 だから俺は一香さんの関係者だと言わなかった。でも言われてしまった以上は仕方がない。行動を合わせるしかないな。



「正確には養子みたいなものです。血の繋がりはありません」


「血よりも濃い絆で結ばれていたとしてもかい? ……あぁ、怒らないでくれ。一香さんの死を利用するようで悪いが、これは我々4人への戒めだ。二度と死者を出させない……その意識をよりはっきりさせるためのね」


「……一香さんは優しい人です。この場にいる……この場にいなくても、困っていたら誰彼構わず助ける人です。そんな人だから、こうして自らの死を利用されても怒りはしないでしょう。……でも、次に一香さんを利用したら怒ります」


「ありがとう……。済まないね。だから3人とも、俺に殺気を向けるのは止めてくれないか?」



 俺と平塚さんとの会話の間、残りの3人はそれぞれ違った怒りの表現をしていた。



「……一香の家族の人がこうして許しているのです~。怒ってなんてないですわ」



 吉田さんは同じ女性だったからか、1番の親友みたいな存在だったのだろう。パワー系としての力加減を忘れたような拳の力の入り具合は、俺を一撃で死ぬかもと思わせるほどの恐怖が宿っていた。



「あぁ、空君に免じて俺も怒りを沈めよう」



 帯刀さんはタンク系なのでそれほど実際の力は劣るが、それでもビジュアル的には力士がこちらを殺しに掛かろうとしている1歩手前のような迫力だ。怖い……て言うか空君呼びになってる。



「俺もです。彼女は人一倍良くしてくださった人ですが、空君に免じて……」



 烈火さんも俺が見たことの無い表情で小さな、しかし非常に強力な炎の球を指先に作り出していた。あんなの食らったら体貫通しちゃうよ……。



「……それじゃあ解散しましょうか! 俺、人を待たせてるんで失礼します」



 なんかこの空間に居るのは気まずそうだったので、雰囲気を変えるために明るく振舞ってその場を逃げるように後にした。ちなみに明確に待たせてる人はいない。みんな待っててくれるよな……?


 大本さんが連絡もなしに俺が飛び出してきたことに驚き部屋に戻ろうとしていたが、俺に止められて部屋の雰囲気を肌で感じとったのか固まっていた。


 俺は事情を聞かれるのが嫌だったのですぐに逃げ出す。道は覚えてるから大丈夫っ! そのまま廊下をちょっと駆け、足を止めて先程の出来事について思い出す。


 ふぅ……いけない、冷静になれ、俺。あの行動はどう考えても意図的だった。平塚さんはあぁして、ヘイトを自らに集めることで国への不満(主に吉田さんの)を自らに逸らした。


 一香さんを利用したのは命を守る士気の向上もあった。だが1番の狙いは自らの好感度を下げておくことだ。もしS級迷宮で何かが起こり失敗した場合、平塚さんは自ら命を賭してでも俺たちを逃がすだろう。つまりは囮だ……。


 士気の高さは攻略成功に一役買うが、失敗した際は一香さんの二の舞にはさせないと戦い続けられ、全滅する可能性を増す足枷にもなりうる。


 その際に平塚さんを囮にしやすくなるための一芝居だろう。強さも申し分なく、食い止め役として置いていく心理的ハードルも低い。


 そしてこの中で1番守られる可能性が高いのは……俺だ。一香さんを自らが参加していた迷宮攻略で亡き者にしてしまった。しかも俺は未成年。世間体としても死なせる訳には行かない存在。他の人達が全力で俺を守るように仕向けやがった。


 全くあの人は……1つの行動で俺たちの士気を上げて、自分が一番危険な役割を果たす予約を済ませておき、俺の命を1番重要視させるように、他の人達にもできる限り気づかれず、無意識下に張り巡らせた。


 あれは自らを犠牲に、たとえ誰かから怒りを買われるような行いでも、信念を貫き通す人だ。サリオンさんと似ている……。


 あれが、俺の憧れた人物か……。当初の人物像とはかけ離れた人だ……だが、尊敬の想いはより1層増えたな。

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