第177話~あたしの後悔~
それから数年が経ったわ。
「はいララノアっ!」
「わぁぁ、ありがとうお姉ちゃん! ララノア、大事にするねっ」
あたしが誕生日プレゼントで縫った服を手渡すと、5歳になったばかりのララノアは笑顔で服をギュッと抱きしめる。そして早速服を脱ぎ始めた。
あたしが作った服を着るためだろう。そんなララノアの肌は土ほどではないが茶色と呼んでも差し支えない肌色だ。
いや、肌だけではなく髪の色もあたしのような金髪ではなく薄い紫色に染まっている。とても普通のエルフと呼ぶには異端の容姿をしていた。
これには理由がある。母上が亡くなった後、闇の大精霊様は母上の体から近くにいたララノアに器を移したのだ。
その強大な力に耐えきれず、ララノアの髪と肌は変化した。その容姿に母上が亡くなった事も重なり、ララノアは忌み子と大人たちからは呼ばれている。
そのせいでまともにお外に出ることも出来ず、今もこうしてあたしと家の中で過ごすことしか出来ない。
「お姉ちゃん、どうしたの? お腹痛いのっ?」
「ううん、なんでもないのよララノア。あ、サイズとか大丈夫かしら?」
その時の感情が表情に浮かんでいたのだろう。ララノアが心配してきたので慌てて誤魔化す。
「うん!」
幸いにしてサイズは合っていたようで、ララノアは特に不満を口にしたりすることも無く元気に返事をした。
「それは良かったわ。後は帰ってきた時に父上からも何かプレゼントがあると言っていたから楽しみね」
「うん! 何かな~何かな~っ! ……あっ、もしかして──」
喜ぶララノアが無邪気な顔と声でこう口走った。
「──私にも母上が貰えるかもっ!」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの周りの気温が急速に下がっていく錯覚を覚えた。
「……ララ、ノア? 何を言ってるの? あなたにもちゃんと母上がいるのよっ!?」
あたしがララノアの両肩を抱きながら訴える。キョトンとした表情を見せるララノアだったけど、次第にその表情は曇ったように暗くなっていった。
「……でも、今居ないもん。ララノアだけ、会ったことないもん……!」
「それは……でも、ララノアが今ここにいる。それでちゃんと居てくれた事実は消えないわ」
ララノアには、母上が亡くなった理由を伝えていない。闇の大精霊様の器になったせいでずっと家に軟禁状態。その上、母上を間接的にとは言え自分が殺したと伝える事など出来るはずがないもの。
「……ララノア知ってるもん! 他のエルフの子たち、普通にお外で遊んでるの。近くには母上みたいな人もいて……ララノアとは、違って……。ララノアがこんな見た目だからっ? だからララノアには母上が居な──」
ララノアの言葉を遮るように、パチンと音が鳴り響く。何をされた分からないと言った顔をしたララノアが、ゆっくり叩かれた頬に手をやった。
次第にあたしを見る目から、溢れんばかりの大粒の涙が零れ落ち始める。
「訂正しなさい! 母上はあなたを産むために亡くなったのよ! それなのにそんな事を言うなんて母上に対する侮辱だわっ! ……ぁ……っ!?」
最後まで止まらなかった口を慌てて抑えるがもう遅い。ララノアは自身の瞳から流れる涙には注意を一切向けず、あたしに戸惑いの目を向けていた。
「ぁ、ち、違う……違うのっ……!」
何が違うのかを冷静に説明する余裕はなかったわ。ただ、ララノアの瞳に曇りが見えたから咄嗟に出た言葉がそれだっただけ。
「母、上……ララノア、産んで亡くなった……? っ~!!!」
「ぁ、待ってララノ──」
ララノアは悲痛な顔で扉に手をかけ、お外に出ていった。あたしはすぐに手を伸ばして……ゆっくりと下に降ろした。
だってそうでしょう? あたしが止めた所でどうなるの? 余計に拗れるだけだわ。だから……大丈夫、少ししたら、また、きっと、戻ってくるから……落ち着いたら、話し合おう。
そんな風に言い訳していると、キィーッと家の扉の開く音が鳴る。つい衝動的に出ていったララノアが戻ってきたのだろう。思ったより早かったけど、あたしもすぐに謝ろう。
「…………ち、父上。お、おかえりなさい」
そこにいたのはララノアではなく父上だった。いつもの癖で帰ってきた父上に帰宅時の挨拶をする。しかし父上は返事を返さなかったわ。いつもならあたしたちが言うよりも先に「ただいま」と告げるのに変ね……。
「大事な話がある。……ララノアはどうした?」
「ぇ、と……ララノアなら、ちょっと喧嘩して、出ていっちゃったわ」
歯切れは悪いけどちゃんと喧嘩したことを伝えたわ。やっぱり怒鳴られるのかな? 叩かれたりは……ううん、そこまでは父上もしないはず。
怒られることは嫌だな、と思いながら父上の表情を確認すると、そこには今までたことも無いほど焦った様子の父上がいたわ。
「父う──」
「今すぐ探し出せ! ララノアが危険かもしれん!」
その言葉を聞いて、あたしと父上は家を直ぐに飛び出した。何が危険なのかは知らない。ただモンスターが出たとか、そういう問題ではないはずよね。
だとすればさっき父上が話しかけた内容と、ララノア自身の問題に繋がりがあるんだわ。
「お前みたいなやつはエルフじゃねぇ!」
そんな怒鳴り声が急に聞こえてきた。その一言ですぐに事情を察する。ララノアが他のエルフ達からそんな酷いことを言われているのだろう。その場に向かうと、大人のエルフ達がララノアを取り囲んでいた。
「今すぐララノアから離れなさいっ!」
すぐにララノアを守るように前に立ち、キッと睨みつけて叫ぶ。あたしの姿を確認したエルフ達は一瞬ギョッとした後に後味の悪そうな顔をしたわ。
あたしは族長の娘だもの。もちろんララノアも同じく娘だけど、公的には認められていない。ララノアをエルフと認めなかったからだ。
だから目の前のエルフ達のようにララノアは虐めても、差別しても良い……なんて許せるわけないでしょうっ!!!
「いや、これはその……」
「失せなさい。父上に報告するわよ? 里全体から冷遇されたいのしら?」
族長の娘の立場を利用してエルフの大人達を脅す。ララノアは公的には認められなくても族長の次女に当たるわ。
父上が彼らだけに社会的な圧を掛けることも可能。だからこそ、この脅しは効く。もちろん父上はそんな事をしないからあくまでハッタリになっちゃうけど。
「お姉、ちゃん……」
ララノアが少し汚れた服で近づいてくる。道も分からず、ただがむしゃらに歩き回ったんでしょうね。……あの時に早く、追いかければ良かったわ……もう、後悔しても遅いけど。
「ララノアね……やっぱりみんなと違うんだって。さっきみたいに、色々言われて、怖がられたり逃げられたり……ひっぐ。誰も、ララノアに話しかけてこなかったの……」
泣きじゃくるララノアをあたしは抱きしめた。そんな資格、あたしにあるのだろうか? でも、自然と体が動いてたわ。
「お姉ちゃん……ララノアと一緒に、遊んだりしてくれてありがとう」
その言葉に胸が苦しくなる。だって妹と遊ぶのって当然じゃないの。なのにララノアはそれにありがとうとお礼を告げるのだ。
もちろん、教養や普段の感謝として告げるのは良いと思う。けどこのお礼にそんな意図は無いと分かる。ただ酷いことを言われたせいで、あたしが良い人みたいに錯覚しているだけなのに……。
「ううん、こっちこそ、こんなお姉ちゃんでごめんね……」
なら、せめてあたしだけはララノアを本気で愛そう。母上が与えられなかった愛情の分も、頑張って愛そう。周りがララノアに酷い仕打ちをするのなら、その分もあたしが代わりに愛そう。そう決心した。
「はぁ、はぁ……見つけたぞ」
後ろから息を切らした様子で父上が話しかけてくる。顎から垂れた汗はララノアを必死で探した事を意味していた。
「ヘレス、ララノア。大事な話がある。家に帰ろう」
真剣な眼差しを向ける父上に、あたし達は頷いた。そして家に帰り、汚れや汗を拭いてから再び話し合いの席を設ける。
「簡潔に言おう。ララノアを隔離することにした」
「ふぇ?」
「なんですって!?」
父上のセリフに思わず私が怒鳴り声を上げる。
「……ララノアももう5歳だ。1人でも暮らせるだろう。最低限の支援はする」
「暮らせるわけないでしょう!? 父上、本当にその判断が正しいと思っているの!?」
「そうだ。私は族長として、里全体を管理する義務がある。ララノア1人を隔離することで里の安寧が守られるなら安いものだ」
「…………見損なったわ……ました」
「いくらでも見損なってくれて構わない。ただこれは決定事項だ。覆ることは……ない」
その言葉通り、ララノアはあたし達の家から姿を消した。
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