第168話~私の運命の出会い~

 お外は酷い有様だった。あちこちの壁が崩れ、電信柱が倒れて民家に突っ込んだり、車が転倒しているのもある。そして……人の死体も。私は見る度に嘔吐えずいた。


 何これ、さっきのって、地震だよね? だって……他にこんな状況になる災害なんて、知らないもん。


 当初考えていた行先はおじさんが死んでいたため交番と考えていたが、この様子だと学校の方が良いかもしれない……私はそう思ってそちらの方へと歩き出した。



「はぁ……はぁ……」



 いつもは見慣れた近所の壊れた光景を目の当たりにしても、私の心はあまり動かない。先程の出来事が衝撃すぎたからかな?


 お母さんは無事だよね? ……きっと、多分……ううん、絶対大丈夫っ! 絶対……! 私は自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。



「……っ!?」



 私は角を曲がってすぐに、地面に倒れていた人を目にして驚く。驚いたのは人が倒れていたのもあるが、一番の理由は学校の制服を着ていたからだ。


 見たところ女の子……見た感じは同年代かな? 私はおっかなびっくりしつつ、できるだけ避け、離れて歩いた。しかしチラッと、その人の顔を見て固まった。



「陽菜、ちゃん……?」



 倒れていたのは同じ小学校に通っていた陽菜ちゃんだった。クラス替えがあってからは若干疎遠になり、中学に上がる頃にはほとんど縁も無くなっちゃった知り合いだが……。



「……死ん、で……? うぷっ……おえぇぇ」



 不自然に曲がった腕、酷く切り傷で荒れた肌……ギョロリと向いた目が、既に命が尽きていることを物語っている。


 視界に焼き付いて離れないその光景が、目を背けても何度も頭の中を過ぎる。既に空になった胃の中の胃液が口から溢れ出す。


 私は具体的に何かが出来るわけでも、ちゃんとした知識を知っている訳でもない。それでも両手を合わせて、今までありがとう……! とお祈りをしてその場から逃げるように後にした。


 自然と足が速くなる。早くその場から離れたかった……現実から目を、逸らしたかった……。そして再び角を曲がった所で私は運命の出会いをする。



「っ!? ……(パクパク)」



 そこに立っていたのは男の人だった。瞬間、おじさんの影が頭をちらつき、声にならない悲鳴が出る。しかしよく見ると幼さを残し、両手には女の子……意識のない少女が抱かれている。


 あぁ、この少年も先程の地震で訳あってあの女の子を助けるために動いているのだろう……私はそう判断する。


 もちろん男の人に対する恐怖はある。しかし目の前にいる少年は見た限り私と同じ年頃……つまりは年下だろう。


 女の子を大切に扱っていることからも、襲われる可能性は……多分、低い。今は1人で行動するよりも、他の人と一緒の方が良いはず……。


 そう考えていると、少年は興味を失ったように私から目を逸らした。まずい……!



「ぁ……まっ、待って……!」



 絞り出した声が出る。少年は私を値踏みするような目で見て、私の次の返答を待っていた。



「わ、私も……一緒に、付いていっても良い……ですか? お願い、します……!」



 頭を下げてお願いする。口調は慣れなくても、できるだけ丁寧に……。そうしないと、生意気だと言われて怖いことをされるかもしれないから……!


 それを見た少年は何事も無かったかのように、無視して歩き始めた。あぁ、ダメだったんだ……そう思っていると、再び少年が振り向く。……まるで、ついてこないのか? と言いたげな瞳を向けて……。



「……良いの? ……あ、待って……」



 尋ねるが返事は来ない。沈黙は肯定と取り、走って少年の隣に立って歩く。もちろん男の人はまだ怖い。でもこの距離なら、この人が大事にしている女の子を人質に取ることもできるはずです。


 これは、私が身を守るために必要な事なんです。危害を加えるつもりはありません。だから、ごめんなさい。そう意識のない女の子には心の中で謝罪をしておく。



「あの……わ、私は初芝、です」


「そう……」


「ね、ねぇ……私たち、どこに向かって、るんですか?」



 会話を試みようとするも、少年はとても薄い反応しかしない。それでも私は少しでもこの不安を和らげようと、話しかける。


 と言うかこの人、どこに向かってるんだろう? こっちに学校はなかったはずだし……。



「……病院?」


「? なんで、疑問形なんです?」


「さぁ? ……あぁ、水葉を……守らなきゃ……」


「???」



 行き先は判明した。それでも少年がなぜこんな反応をするのかまでは分からなかった。でも、ある程度察しはつく。


 多分、大切な人を失ってしまったのだろう。きっと、肉親とか……。私もお母さんがもし亡くなっていたら、まともでいられる自信がないし……。



「もしかして……道が、分からないんですか?」


「……いや、たしか……この先に……5キロ、ぐらい?」


「……なるほど。その子をお医者さんに見せるんですね」



 疑問形だった理由を尋ねると、案外ちゃんとした答えが帰ってくる。病院も……確かにあった気がする。



「っ!」


「ひっ!」



 そう考えていると、いきなり少年が私を抱き寄せてくる。驚き、恐怖で頭がいっぱいになる。離れようと暴れるも、片手なのに全然動けない……。


 少年はそのまま暴れる私を裏路地にまで連れ、体を密着させてくる。なに、なんなのっ? また私、襲われるの……やだよぉ……。


 次の瞬間、少年は口元に人差し指を立てて当てる。一瞬だけ頭に? が浮かぶ。叫ぶなってこと? すると次に少年は、その指を先程までいた場所を指さす。そこには蟻の化け物がいた。


 はっ、と息を呑む。そして遅れて理解する。少年は、見ず知らずの私を守ろうとしてくれたのだと……。


 しばらく隠れていると、蟻の化け物はどこかへと行ってしまった。それと同じタイミングで私を押さえつける……いや、覆い被さって守ろうとしていた体勢から解かれる。



「は、な、あれ、は……? え、モンスター?」



 あれがモンスターだとしたら、それまでに見た変な死体も頷ける。それと、あの衝撃も地震じゃなかったんだ。おじさんも……多分、モンスターにやられたんだろう。


 緑の何かを見た気がしたが、私ももう少し早く出ていれば死んでいた……。その光景を想像して震えた。体温が急速に低下するような感覚にも襲われる。実際は勘違いなんだけどね……。



「……行くぞ」



 いつの間にか少女を再びお姫様抱っこした少年が呟く。私は恐る恐る頷き、1歩を踏み出した。しかし……。


 足に何かが当たる感触。それとほぼ同時にカツン、と物音が鳴る。身体を震わせながら足元を見ると、そこには空き缶が倒れていた。私は運悪く空き缶を蹴り飛ばしてしまったのだ。


 キシャーーッ!!! 変な鳴き声が上がる。先程のモンスターが私たちの存在に気づいたのだろう。やってしまった……足を引っ張ってしまった。


 私のせいで、この人も殺されてしまうかもしれないっ! あぁ、私の最後は他人を巻き込む最低な終わり方なんだ……。そう、深く絶望した。



「わっ!?」


「預ける。守れ」



 するといきなり少女が手元に渡される。慌てて丁寧に受け取ると、少年は私が蹴飛ばした空き缶を手にそう言ってきた。


 呆気にとられていると、少年は空き缶をすごい勢いで壁にぶつけて、蟻のモンスターを誘導し始めたのだ。


 ……嘘、信じられない……。それを見て、私は驚愕する。だって、私のミスで危険な目にあの少年とこの少女は遭っているのに。


 普通なら私を無理やり囮にしてでも逃げるべきだ。それなのに……出会ってほとんど時間も経ってない私に大切な少女を預け、あまつさえ自分の命を犠牲になろうとしている……。


 私は逃げるべきだ。逃げろと言われたのだから……それでも、足は動かない。彼を見捨てたくなかったから。明らかに選択肢を間違えている。感情も行動も、矛盾だらけ……。


 そのまま立ち尽くす私は、寸前で繰り広げられる想像を絶する光景を目にする。少年は信じられない身体能力を有していていた。しかし蟻の化け物にはほとんど意味を生していなかった。蟻のモンスターの牙で脇腹に傷がつく。


 思わず叫び声が出そうになったところで、突然砂埃が起こる。緑蟻の肉片が辺りに飛び散り、その中から現れたのは成人したばかりに見える若い女の人だった。



「生きているか、少年……?」


「……生き、てま──」



 倒れた少年に現れた女性は手を伸ばすが、少年の手は届かずに地面に崩れ落ちる。私は無我夢中で少年が大事に守っていた少女を抱き抱えつつ駆け寄った。



「お、おい! うわくそっ、早くうちの回復系に見せないと……!」



 倒れた少年を抱き抱えた女性が、腹部の傷を確認して焦ったように呟く。回復系探索者!? そんなに酷い怪我なの?



「あ、あの……! 私の、私のせいなんです! 私が音を立てちゃって、それでその人が身代わりに……ぁ、傷が……」



 駆け寄って、改めて先程の出来事を後悔する。自然とポロポロと涙が零れ、泣きながら説明する私だったが、倒れた少年の酷い傷を見て目を見開き、顔を真っ青にした。




「な、治って……私の、私とせいなの!」


「お、おい!?」



 私は少年の血が流れ落ちる傷を、自ら破いた服の布で押さえつける。布がすぐに赤い血の色で染る。だめ、これじゃあ……この人を、助けられない……!



「治って! まだ私、名前も教えてないし、教えてもらってないの! あなたに命を助けてもらったお礼、まだ告げてられてないの! だから……っ!」



 流れ落ちた涙が地面にシミを作る。何故、私は彼を助けているのだろうか? 自分でも思っていたではないか……出会ったばかりの人間を助けることがなんで出来るのだろうか? ……と。


 だって、私のお母さんが結婚を約束して、私自身も多少一緒に過ごした時間はある。それでも、あのおじさんは私を襲おうとした。


 人間なんてそんなものなんだ。他人なんてそんなものだ。親の職業で人を虐めたり、クラスが変わればすぐ疎遠になる。1年を掛けても、その程度の付き合いしか出来ないのに……。なのに、あなたはどうして……?


 私の思い、問いかけや言葉が彼に届いたのかは謎だ。でも突然、私の手のひらから薄緑色が混ざったような、白色の光が現れる。


 その光は彼の傷口を押さえつける手から発せられ、そのまま少年の傷口から体内へと入っていった。



「回復系発現者だと? ……いや、足りない」



 隣にいた女性が何か呟いているが、私の耳に内容までは届かない。私はただ、彼を治したい……助けたい、その一心だった。



「お願いです! 治ってふわぁっ!?」


「手を止めんな。もっと良い回復系のとこに連れてく。応急処置にしかならんが、なりよりマシだ」



 女性は私にそう言い、次の瞬間に担ぎあげられる。少年も含めた3人を抱えだしたのだ。これには驚きつつも納得する。彼女もまた発現者だったのだと……あれ、この人どこかで……?


 そして変わらず傷を謎の光が治していると、女性が跳躍して建物の屋根を足場にして病院のある方向へと向かう。


 まるでジェットコースターみたいぃぃっっっ!?!? そう思い「きゃあぁぁぁっ!?」と叫び声を上げながらも、私は傷口を抑えて治療を続けた。

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